第128話
早朝、部屋から出てリビングに向かうと副団長が居た。
「おはようございます、アリドさん」
地平線に太陽が見え始めるくらいの時間だが、既に活動しているのか。
「おはよ。早いね」
「いえいえ、それほどでもありませんよ。それはそうと、昨晩は聞きそびれてしまったのですが、食事はいかがなさいますか?」
教会からは朝来いと言われているが、細かな時間までは聞いていない。
昨晩は何も食べてないし――腹の減るような体ではないが――頂こう。
「食べる」
「では、適当に座ってお待ちください」
言われた通りに座って待っていると、クタニアとアルシスカが起きて来た。
「おはよ」
「あ、おはよう、アリド」
「早いな……ぉはよう」
俺の隣にクタニアが座り、クタニアの隣にアルシスカが座る。
クタニアが俺の方を向いて、上目遣いで質問してくる。
「あの……アリド、私達に何かできる事あります?」
俺を見る紺碧の瞳には力が込められているように感じた。
やる気があるのは良い事だが、不審死の一件もあって動かしづらい。
「んー……今はまだないな」
「そうですか……」
しょんぼりするクタニアを見て、アルシスカの視線が険しくなる。
理由はちゃんとあるんだよ。
「俺が教皇に呼び出されたから、まずは様子見だ」
俺のその言葉に驚いたようで、二人して口を開けて一瞬固まった。
「えっ? だ、大丈夫なんですか?」
「いきなり教会のトップとだと? 相手は何を考えているんだ?」
「それを確認しに行くんだよ」
そんな会話を交わしていると、良い匂いが漂ってきた。
副団長が朝食を持って来てくれたようだ。
「アリドさん、どうぞ。おはようございます、クタニア様、アルシスカ様。お二人の分も持ってまいりますね」
「あ、おはようございます……」
「おはよう。感謝する」
「いえいえ、これも私の仕事ですから」
持って来られた料理は、豆のスープと、良く煮込まれた骨付き肉、黄金色に色付いた米に大ぶりの海鮮が沢山盛りつけられているパエリアっぽいものだ。
スープをスプーンで掬い口に運ぶと、豆の香ばしい匂いが鼻から抜ける。
優しい甘味があり、舌触りは濃厚だが、飲み込めば味はしつこく残らない。
次いで食べた骨付き肉は柔らかく、簡単に噛み切れるし、歯を立てると肉汁が音を立てて溢れる。
甘味と酸味のあるソースが骨にまで染み込んでいるようで、それが肉の油と調和していて、美味いとしか言えない。
主食のパエリアっぽいのは、海鮮にも米にも味がしっかりついていて美味しい。
米と一緒に食べる海鮮を変えれば味変になって舌を楽しませてくれる。
体感では、あっという間に食べ終わってしまった。
美味い食事は精神的健康に良い。
ソースは俺。
「お口に合いましたか?」
俺が全部食べ終わったところで副団長が聞いてきた。
「美味かったよ。そこらの店よりよっぽど良い腕してるんじゃないか?」
「そのように評価して頂けるとは、ありがとうございます」
謙遜して優雅に一礼をする老紳士……もとい副団長。
「片付けはどうすればいい?」
「片付けはこちらで行いますので、そのままで大丈夫ですよ」
なんというか至れり尽くせりだな。
まあ楽ができる分には問題ないけど。
「そっか、じゃあ俺は大教会行ってくる」
席を立つと、副団長とクタニアが俺に声をかけてくれる。
「分かりました。いってらっしゃいませ」
「むぐ……いってらっしゃい、アリド」
言葉のないアルシスカは、口いっぱいに料理を頬張っていた。
美味いからね、分かるよ。
目だけはこちらを向いていたので、生暖かい視線を返してから、軽く手を振って
大教会に到着する頃には、太陽が地平線から完全に顔を出していた。
教会前の長い階段を慌ただしく往来する人々を横目に、大教会の中に入る。
すると、見覚えのある人影が近寄ってきた。
「アリドさん、こちらです」
声をかけてきたのは昨日ぶりのソノヘンさんだ。
「おはよ」
「おはようございます、依頼の件ですよね? 私がアリドさんの案内をしますので、ついて来て下さい」
「り」
特に交わす言葉もなく、やたら広い大教会の中をソノヘンさんの後ろに付いて歩く。
なんとなく、忙しそうにしている他の人達の会話に聞き耳を立ててみる。
「また不審死が起きた」とか「一体何がおきてるんだ?」とか「余所者がデカイ顔してるから」とか……。
わあ、面倒臭そう。
特に三つ目。
でも、そんな話が聞こえてくるのは最初だけで、奥へと進んで行くと徐々にすれ違う人が少なくなる。
喧騒がまったく聞こえなくなるほど奥まった場所で、ソノヘンさんは一つの扉の前で止まる。
「ここです」
そう言って、やや緊張した面持ちで扉をノックするソノヘンさん。
「ソノヘンニールです。傭兵アリドをお連れしました」
「入ってくれ」
扉を慎重に開けて、俺に「どうぞ」と促す。
ソノヘンさんでも偉い人には緊張するんだねぇ。
そんな風に思いながら部屋に入る。
中に居るのは六人の男女。
一人は見覚えがあるが、他は知らないな。
「アリド君……で、良いんだよね。あまり緊張しなくて良い、そこに座ってくれ」
入口から見て縦に長い長方形の机、その一番奥に座す、髪も髭も新雪のように白い男が俺に声をかける。
他の五人は左右に分かれるように座っている。
で、俺が座れと言われたのは一番入口に近い場所。
俺に声をかけてきた男とは対面となる位置だ。
緊張しなくて良いとの事なので、言われた通り、足を組んでリラックスした姿勢で座ろう。
「………………」
二人ほど視線が険しさを増す。
ライオンの
他の男……いや女? ……まあ性別不明な、たぶんエルフは、その二人とは逆に愉快そうな顔になった。
ソノヘンさんより緊張してるように見える金髪金眼の女は表情が固まっていて良く分からん。
ハーゲンディは呆れ半分、苦笑半分みたいな顔してる。
対面の男は俺が部屋に入った時から表情に変化が無い。
にこやかで優し気な
「ああ、ソノヘンニール君。君も中に入って、適当な所に座りなさい」
対面の男は、退出をしようとしていたソノヘンさんを引き留めて、適当に座れと言った。
これ、ソノヘンさんに「立ち位置を示せ」と暗に言ってる気がする。
「……いえ、私如きに、この場は身に余ります」
「大丈夫だよ。ここに居るみんなは君の事は評価しているからね。この場に居ても問題ない人材だと、私達みんなが判断したんだよ?」
うーむ、パワハラされてるな、ソノヘンさん。
善意に見せかけた強制だろコレ。
「じゃあ俺の隣に座ったら? なんか怖い目つきの人が居て心細いからね、俺」
助け舟を出しつつ、なんか目つきが険しい二人を牽制しておく。
自覚があったのか、一つ瞬きした後に二人共無表情になっていた。
「おや、そんな思いをさせてしまっていたとは……きっとアリド君への興味が強くて視線が強くなってしまったんだろうね。許してやってくれ」
「良いよ、許す。でも心細いのは変わらないから」
「うん、そうか。じゃあソノヘンニール君、彼の隣に座ってあげてくれたまえ」
茶番にも程があると思うが、望み通りの流れになった。
ソノヘンさんは少しだけ口をモゴモゴと動かしていたが、諦めたように口を開く。
「……はい、分かりました」
胃が痛そうな顔をしているが、自分で選ばせるよりマシだろう。
ソノヘンさんが席に着いたのを見て、俺の方から口を開く。
「じゃあ、俺を呼んだ理由を聞かせてくれる?」
対面の男に単刀直入に聞く。
「もちろんだとも……しかし、我々はアリド君に心細い思いをさせしまったようだからね、まずは親睦を深めようじゃないか」
「今回しか会わないかもしれないのに? 必要性を感じないな」
「今後も会うかもしれないだろう? あの時ちゃんとしとけば……と言う未来の後悔をしないで済むようにもなる。杞憂で終わらない可能性が一つでもあるなら、した方が良いと私は思うがね」
交錯する視線から、何となく察する。
……これはどう言ってもゴリ押しされるな。
そして下手なことを言うと、後から揚げ足取られるタイプだ。
「そこまで言われたら仕方ない……で、何? 自己紹介でもすれば良いの?」
こちらから折れて、相手の意見を受け入れる形で話を進める。
こっちは一つ譲ってやったんだぞ、という意味を込めて。
「そうだね、まずはそうしようか。言い出しっぺである、こちら側から始めよう」
対面の男が名乗る。
「私の名はロフェト。後ろに長ったらしい言葉が続くが、私という存在を示す名はこれだけさ。それと、私は『竜』と言う魔物の因子を持っていてね……所謂、『魔人』という人種なんだ」
オイオイオイ、随分衝撃的な自己紹介だなオイ。
「私は秩序神に仕える使徒であり、あと一応、教皇なんかもしている身だ。よろしく頼むよ、アリド君」
一応て……なんか「ついで」みたいな感覚で教皇って名乗ったなこの男。
ちなみにハーゲンディ以外の全員が驚きに目を見開き、教皇ロフェトを見ていた。
何で取り巻きに驚かれてんの?
ひょっとしてオリチャー勢ですか?
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