第126話


 拠点ホームに戻ると、既にガザキが戻っていた。


 どうやら思った以上に寄り道に時間をかけてしまったらしい。


 拠点に入ってすぐに、ガザキと副団長の顔が俺に向けられる。


「遅かったな」


「貴族の不審死について調べてきたわ。そっちは何の話だったん?」


 ガザキに聞きながら、リビングの適当な椅子に座る。


「相変わらず、言動の割に働くな……ギルド長からはナッツィナの一件について事細かく聞かれたよ。アリドの事も、嘘は言えなかった」


「俺に関しては別に良いよ。どうせ、いつまでも隠せないと思ってたし。あと働いてるのは、今すぐ動かないと後で死ぬほど面倒になるからだよ」


 俺の言葉を受けて、ガザキの顔が曇る。


「……そんなに厄介な事件だったのか?」


「たぶん『外なるもの』か、その眷属が関わってる」


「――――――」


 ガザキの顔が強張り、息を呑んで数秒固まった。


「また……ナッツィナの時のような事が、この町で……?」


 ナッツィナの一件がトラウマになったのか、ガザキから悲愴な声を漏れる。


 口の端が痙攣しているし、かなり精神的にまいってるな。


「させないように早め早めに動くんだろうが」


「あ、ああ……そうだな……そうだよな」


「アリドさん。掴んだ不審死の情報とは、どのようなものか聞いても?」


「うむ。まず情報源はサロエレスって人」


 二人の顔が驚愕に染まる。


 どうやら、この二人から見えるサロエレス嬢は、あっさり情報を渡してくれる人ではないようだ。


「あのサロエレスが……いや、という事は……アリド、お前色町に行ったのか?」


「外からの貴族が不安を紛らわせたくてウジャウジャ居たよ」


「成程、アリドさんは人の心理を読むのがお上手なようですな」


「姿消して盗撮と盗聴しようとしたら見つかったんだけどね」


「良く無事だったな……」


 まあ俺が教皇に呼ばれてなかったら、無事じゃなかった可能性もあるんだよね。


「まあそれはともかく、情報出すぞ。死んだ貴族は外傷、内傷、病気、毒物など一切無かったので死因不明。死亡現場は宿の自室で、現場も一切荒れていない。枕元に魔除けアミュレットがあったが、起動した痕跡はない。死亡は就寝時刻から朝の間で、宿の職員か従者か知らんが、誰かが死んでるのを発見して発覚した。検死は教会が行い、ハーゲンディが立ち会ったらしい。以上だ」


「ハーゲンディ様が……となると、死因は本当に分からないのでしょうね」


 難しい顔で唸る副団長。


 ガザキは目元を指で強く抑え、何事かを考え込んでいる。


「物理的にも魔力的にも、それに毒も一切関係なく、健康体の人が突然死んだ……この情報から至る結論はこうなるね」


「到底、人にできる芸当ではない……だからアリドはあの化け物が関係してきてると判断したと」


「そゆこと」


 時間経過で綺麗さっぱり消える毒とかあるかもと思ったけど、結局何かがダメージ受けないと死なないよな。


 前世の友人曰く、そもそも毒が何で人を死なせるかと言われれば、血中や細胞の成分と化学反応を起こし、肉体の機能が壊れたり狂ったりするのが原因との事だ。


 そうなれば体のどこかに損傷が発生する……はず。


 本当にこの知識正しいかな……ちょっと不安になってきた。


 明日教会でハーゲンディに会えたら聞いてみりゃ良いか。


「アリド、これはどう調べれば良い?」


 ガザキが縋るような目で見てくる。


 自分で決めろと言いたいが、状況が状況なので俺の考えを伝える。


「死因と動機は調べなくて良いよ」


「……なぜ? どういう事だ?」


「『外なるもの』ってのはこの世界の『外』の存在だ。つまり世界の法則とか、因果関係とか、そういったものが何の意味も成さない。ナッツィナでの、あの『虫』の生態とか、模倣の原理とか、説明できるか?」


「……無理だな」


「この死因の解明は、説明不能な事象の解明しようとしてるようなものだ。仮に解明できたとして、普通の人は理解できないか、信じないかのどっちかだろうよ」


 動機も同じだな。


 俺が遭遇した『外なるもの』はどれも目的が不明だ。


 だが放置した先の結果は分かる。


 混沌神の予言した滅亡が現実のものになるだろう。


「だから考えるべきは、どうやったら未然に防げるか、標的に法則性はあるか、死因はどこに居て、どこを移動しているか……この四つだ」


「普通は方法を調べてから真相に至るものですが、アリドさんの考えは違うのですね」


「その方法が世界の法則を無視してる場合、普通に考えても正解に至らない可能性が高い。それにその普通の考えは教会やギルド、それと他の貴族とか、頭の良い奴らが必死に考えてるだろ。なら俺がやるべき事は、


 俺の言葉に、副団長は頷いて理解を示した。


「確かに私達が普通に考えても、そういった人達を上回れるとは思えませんね」


「そうそう。適材適所だよ」


「私は団の中だけで役割分担を考えてましたが、アリドさんはどこまで見ているのですか?」


「さあ? 強いて言うなら、巻き込めそうな奴ら全員?」


「それはまた、随分と広く視野をお持ちで……」


 広いとか言われても、『外なるもの』が敵なら巻き込まないと勝ち目が薄くなる。


 だったら隙あらば巻き込みに行くしかないよね。


 まあ今回の場合、敵が勝手に貴族を巻き込みに行ったんだけど。


「使えるもん全部使わんとな。それがモノであれ、状況であれな」


「成程、では先ほどアリドさんが口にした四つを、どのように対処しましょう?」


 それ、なんも考えてないんだよね。


 だから巻き込む。


「今から考える。お前ら二人もなんか案を出せ」


「承知しました。非才の身ですが、尽力いたしましょう」


「……分かった、俺なりに考えてみよう」


 ガザキは元気がないな。


 面倒事の話はこの辺にしとくか。


「今すぐ案を出せって訳じゃないし、明日明後日で良いよ」


 俺は席を立って副団長に問う。


「で、俺の部屋ってどこになった?」


「案内いたします……団長も、今日はお休みください」


「ああ、そうだな。そうしよう」


 その後は三人で歩き、俺が寝泊まりする部屋の前で別れる。


「どうぞ、こちらでお休みください」


 部屋の扉には俺の名前が書かれたプレートが貼られてた。


 分かり易くて良いな。


「把握。んじゃおやすみ」


「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 お前もなーって言いたくなるな、ガザキの顔。


 扉を閉め、鍵があったので掛けてから中を確認する。


 短い通路があり、その先のリビングは六畳くらいの広さで、椅子と机、ベッドにタンスなどの家具が一式揃っている。


 窓が一つあるようだが、カーテンが閉められていて外は見えない。


 入口と部屋までの短い通路にトイレがあるようだ。


 前世の感覚で言うなら狭いアパートくらいの広さだろうか。


 風呂はないが、俺には必要ないからどうでもいい。


 一人で過ごす分には問題ないな。


 とりあえず窓に寄る。


 カーテンを少し開けて外を見ると、魔導灯が人の居ないどこかの路地を照らしているのが見えた。


 この辺りは夜は静かになるのだろうか。


 触手を伸ばして上空から町を俯瞰したくなるが、サロエレス嬢に見つかった事もあり、迂闊な行動は控えておこうと思う。


「はぁー……嫌だなぁー」


 教会の本拠地であり、恐らく世界で最も『外なるもの』への警戒心が強いであろうこの町に、既に敵が入り込んでいるこの状況を鑑みて、一つ最悪な仮説が浮かぶ。


「これさー……俺が行った先で問題が起きるんじゃなくて、もしかして世界中で問題が起きてるんじゃないだろうな?」


 ここも、ではなく、ここですら、入り込まれてる。


 他所の貴族が自治領に来てるのって、実は避難が目的だったりしてな。


 だとしたら、あの死んだ貴族に「何か」が憑いて来てた可能性も出てくるだろうか……。


 嫌な想像ばかりが頭に浮かんでくる。


「これもう世界中巻き込まないとかなぁ……でも内ゲバ起きそう」


 どうすりゃいいんだろうね、ホント。


 こういう時、眠らなくて良い体が恨めしく思ってしまう。


 何も考えず不貞寝したい。


 したいけどできないので、結局朝まで色々考える事になるんだけどね。




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