第125話


 俺はガザキを置いて円形闘技場傭兵ギルドから離れる。


 真っ直ぐガザキの拠点ホームに帰るのも何だし、少し散策がてら町を歩くか。


 面倒事に巻き込まれるのが確実なら情報は早めに集めとかないとな。


 陽が沈んでから良い時間が経っている。


 酒場に行けば口の滑りやすい輩が出来上がってる頃合いだろう。


 聞き出したい情報は、貴族の不審死……今のところこれくらいか。


 聞いてる内に何か閃く事もあるだろう。


 とりあえず動こう。




「騒がしい方に歩けば酒場に着くやろ……そう考えてた時期が俺にもありました」


 はい、迷った。


 いやまあ、来た道は覚えてるから帰れはするんだが。


 一応、頭の中で地図が出来上がっていくので無駄ではない。


 喧騒のする方へと歩いていたはずなのに、気が付くと随分と狭く入り組んだ裏道っぽい所に来ていた。


 今でも奥から喧騒は聞こえてくるが、この先にあるのは酒場ではないのかもしれない。


 まあ良いか、進もう。


 そのまま進んで行くと、色々混ざったような異臭が鼻を突くようになる。


 更に進み、大きな道に出ると臭いの原因を察した。


 道なりにはケバい煌びやかな魔導灯に照らされる建物が並び、客引きと思われる人が通行人に声をかけている。


 大人の歓楽街だ。


 時折、女の嬌声が壁越しに聞こえてくる。


「(教会自治領でもこういう場所あるのか)」


 よく観察してみれば、身なりの良い男がチラホラ居るな。


 ここには自治領の外から来た人が多いのかもしれない。


 一度裏道の狭い道に戻り、魔物吸収のおかげで新しくできるようになった光学迷彩を自分に施してから、適当な建物の屋根に上る。


 糸触手を使って建物内の盗撮盗聴をやって行こう。


 見るからに貴族って感じの男が入っていく建物がターゲットだな。


 セキュリティも硬そうだが、駄目だったら逃げよう。


 少しの間、眼下の色町を観察して、触手を入り込ませる建物に目星をつける。


「あそこが良いかな」


 入る人は多く、出る人は少ない……そんな店を見つけた。


「良い店に目を付けたね。あそこは外からの客に特に人気があってね、一部のお貴族様はわざわざ遠くから通いに来る程さ」


「へぇ、色々と情報集まってそうだね」


 急に上から聞こえてきた声に、慌てたり驚いたりしてない風体で対応するが、俺がスライムじゃなかったら絶対顔と声と態度に出てた。


 後ろや上に目を生やすのも止めた方が良いな。


 とりあえず下手に動かず、様子を見ようか。


「君、確かアリドって言ったよね?」


「そう言うお姉さんはサロエレスだったね」


 上に顔を向けてみれば、何もないはずの空中で、見えない何かに座っている黒いドレスに黒髪赤目の女性。


 魔力と視線から強い圧を感じる。


「こんばんは、お姉さん。そこ寒くないの?」


「あら、心配してくれてありがとう。でも平気よ」


 圧を衰えさせないまま妖艶に微笑んでみせるサロエレス。


 器用だな。


「それで、あなたはこんな夜更けに、こんな場所で何をしているのかしら?」


 この場では相手の方が上っぽいし、素直に答えるか。


「情報収集」


「何の情報?」


「貴族の不審死に関してだね。貴族の事は貴族に聞けば良いと思ってね」


「着眼点は悪くないけど、姿をしてコソコソしてると、何か悪い事企ててるって思われちゃうわよ?」


 ですよねー。


 一応、ダメ元で聞いてみるか。


「仕事の邪魔とかしないで、こっそり盗み聞ぎするだけだから、ちょっと行ってきて良い?」


「あなた、状況分かってる?」


「分かってるから確認取ってるんだけど」


「普通はもっと下手に出るものよ? 例えば跪いて命乞いするとか」


「まだ屋根の上で透明になってるだけだし」


「それ、普通は怪し過ぎて捕まっても文句言えないわよ?」


 それはそう。


 まあ頷いちゃうと後々面倒になりそうだから言い訳するけど。


「犯罪した訳でもないのに捕まったら、冤罪だって抗議するだけだよ」


「ふふっ、良く回る口だこと」


「あと捕まったら捕まったで、大変な事になるのは俺を捕まえた人だと思うよ」


「あら、どうしてそう言えるのかしら?」


「今日ギルド長から直々に、明日の朝教会行けって言われた」


「つまり、それだけの相手に呼ばれたと……あなた、その上でこんな事やってるの? 普通明日に備える所じゃない?」


 なんか珍妙なものを見る目をされた。


 どういう感情かは分からないが、悪感情ではなさそうだ。


「教皇とかさぁ、別に会いたいと思わんのよね」


「それ、私に言っても大丈夫なやつ?」


「知らない。言いふらすなとも言われてないし、良いんじゃない?」


 俺がそう言うと、サロエレスは肩を竦めて苦笑してみせる。


「あなた、自由ねぇ」


「縛られたくないだけだよ」


 動きを縛られると対『外なるもの』で詰むと思うし。


 ふわりとドレスを翻して、俺の隣にサロエレスが降り立つ。


 さっきまで感じていた圧は、随分と弱くなった。


 だからと言って油断はしないけどね。


 前世での経験が、ここで気を抜くなと俺に囁くのだ。


「まあ良いわ。貴族の不審死については私が教えてあげるから、聞きたい事を聞いたら、ちゃんと帰りなさい」


「助かる」


 どうやら向こうから折れてくれたようだ。


 俺の相手をしていると面倒が増えると思われたのかもしれないが。


「じゃあ貴族の死因、時刻、現場の状態がまず知りたい」


「遠慮もないわねぇ……まあ良いわ、今更かしこまれても困るし……で、死因ね。これは分からないわ。次に時刻。夜から朝にかけての間のどこかね。最後に現場の状態だけど、おかしな所はない、という話よ」


「死因が分からない理由は?」


「そうねぇ……外傷なし、内臓も全部無事、怪我も病気もないで死んだのよ」


「なるほど、魂を直接引っこ抜かれたみたいな感じか」


 サロエレスの顔に少しだけ驚きが混じる。


「そういう発想が出てくるのね」


「あと寝てる間に死んだって事なんだろうけど、その間に様子を見る人は一切居なかった感じで、貴族が泊まってた宿なら当然警備は厳重だよね。争った形跡は当然として、寝てる間に苦しんだような痕跡や表情も無かったって事で良いのかな?」


「そうね……ねぇ、あなた、何か思い当たる事でもあるの?」


「ないよ」


 前世の推理モノだとありがちなシチュエーションだってだけ。


 この世界、魔法とか魔術があるから、トリックなんて考えるだけ不毛だけど。


 更に物理的、魔力的法則を無視する『外なるもの』とかいう存在まで居るしな。


 使徒や聖女が発現できる神の奇跡もあるが、可能性は薄いと思いたい。


「じゃあ次の質問。その貴族って魔法とか魔術を防げるものを身に付けてた?」


「魔法に対して抵抗レジストするための魔除けアミュレットが枕元にあったらしいわ。発動した形跡は無し」


「毒っていう線は? 検死したんだろうけど、どこがやった?」


「教会が嘘を言っていないなら、その線は無し。だから有り得ないわ。検死には、あのハーゲンディが立ち会ったもの」


 確かに人類神の使徒がやったなら間違いはなさそうだが……。


「そうなると人智の及ばない方法で死んだ事になるな」


「そんな方法があるのかしら?」


 あるんだよなぁ。


「その魔除けアミュレットって、使徒とか聖女の奇跡に反応する?」


「しないと思うけど……流石にそれは有り得ないわよ」


「まあ、だよね」


 使徒、聖女じゃないなら、もう奴らしか思いつかない。


 聞き込みのおかげで、『外なるもの』か、その眷属が既に教会自治領の内部に紛れ込んでる可能性出て来た。


 勘弁してくれよ。


 万が一、使徒や聖女だったら、それはそれで内ゲバ起きそうなんだよね。


 勘弁してくれよ……。


「あー……うん、もういいや、帰る。色々教えてくれて、ありがとう」


「ねぇ、やっぱりあなた、何かに勘付いてない?」


「そのような事、あろうはずがございません」


「なんで急に敬語になるのよ? あ、ちょっと……」


 再度、光学迷彩で姿を消してサロエレスから離れる。


 彼女の情報が正しければ、自治領でも、また敵に対して後手に回っている状況だ。


 という事は、敵は教会や傭兵の目を欺ける「何か」を持っている。


 考えるだけで、凄く気が重い。


 クタニア達に何を頼むか考えながら、屋根伝いに拠点に戻った。




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