第124話


 俯き気味に足を引き摺って歩き、気怠さを全力で体現しながらギルドに向かう。


 ついでに定期的に溜め息を吐く。


 何でこんな態度を取っているかと言われると、尾行されてるから。


 ガザキ達の拠点ホームを出てから視線を感じたので、後ろに目を生やして周囲を見回したら、こそこそついてくる奴が居たのだ。


 生やした目には過剰なまでにカモフラージュを施したのでバレてはないハズ。


「はぁ……メンドイ」


「一応、教会自治領の傭兵ギルドは最も優秀な人材が集められている。呼び出されたなら相応の案件なんだろう」


「余計メンドイ、確実にメンドイ」


 金はナッツィナで十二分に稼いだんだよ俺は。


 一般的な傭兵なら武具の更新や、団の維持費とかでいくらあっても足りないんだろうが、俺は個人だし装備も必要ない。


 おかげで余る一方だ。


 今からでもヒモではない普通のニートになら成れるくらい金がある。


「そうだ、あまりに面倒だったら傭兵辞めるか」


「おい、流石に冗談だろう?」


「だって金余ってるし、個人だし、面倒を越えるだけの利が無ければ傭兵続ける意味がない」


「……ギルド長なら、ちゃんとこっちの事も考えて仕事を振ってくれるはずだ」


 だと良いけどね。


 と、こちらの後をつけている人物が離れて行くのが見えた。


 念のため魔力視でも周囲を確認する。


 んー……特に怪しいものは無いな。


 声を潜めてガザキにだけ聞こえるよう声を零す。


「尾行が離れたな」


「……居たのか?」


 少し驚いたようにガザキが聞いてくる。


 ガザキの実力で気付かないか。


 余程の手練れか、俺しか見てなかったのか。


「うむ。どこがどう動くかで、どこの尾行だったか分かるかもね」


「成程、良く考えてる」


「それはそれとして、辞めたいのは本気だけど」


「それは冗談だと言ってくれ……」


 そもそも気怠いのも演技じゃないし。




 その後は何事もなく円形闘技場傭兵ギルドに到着した。


 ガザキに絡んでくる傭兵もおらず、順調にギルドの事務所的な場所まで辿り着いてしまった。


 受付嬢がこちらに気付くと笑顔で声をかけてくる。


「ガザキ様、アリド様ですね。お待ちしておりました、奥へ案内いたします」


 受付嬢が持ち場を離れて俺達を奥へと誘導する。


 魔導灯に照らされた長い廊下を歩き、ある一室の前で止まった。


 扉にはプレートが付いていて、そこには「会議室」と書かれていた。


 受付嬢がノックをすると、中から「どうぞ」と声が聞こえてくる。


「お二人とも、中へどうぞ」


 受付嬢は扉を開き、俺達は中に入るよう促された。


 なんか前世を思い出すなぁ。


 若干嫌な気分になりながら入室すると、大きな机の向こうに一人、人が座っていて、左右に一人ずつ立っている。


 真ん中に座ってる人物がギルド長なんだろうが、見た目的には一番幼い。


 ただこの世界、獣人とかエルフとか、見た目で判断できないんだよね。


 淡い薄ピンクの髪と端正な顔立ちで、大きな目が幼さを際立てている。


 その顔と、豪華なサークレットと可愛らしい服装から女性だと思う。


 こちらから見て左に立っている男は薄い唇に鋭い目つき、神経質そうな顔をしていて、眉間には深い皺が刻まれている。


 頭髪は無く、青みがかった肌が特徴的で、体も大きい。


 眼鏡にピシっとした黒スーツ姿で、いかにも仕事ができるって印象だ。


 右に立つ人は、太もも辺りまで届くくらい長い髪の女性。


 青髪に金色の瞳をしていて、白いスーツを着ている美人。


 スーツ姿だけど、キレイ系というよりカワイイ系な顔をしている。


 左側の男が口を開く。


「よく来てくれた。適当な椅子に座ってくれ」


 座れと言われたので座る。


 ガザキも同様に、しかしいつもより丁寧な動作で座った。


 若干緊張しているようだ。


 俺は前世でこういうのは慣れてる。


「用件は?」


 手早く終わらせたい俺は早速呼び出しの理由を問う。


「あー、えっと、まず自己紹介くらいしない?」


 真ん中の推定ギルド長が、若干舌足らずな口調でそう言ってくる。


「そんな頻繁に会う事もないだろう。必要性を感じない」


「えぇー……ど、どうしよう……」


 推定ギルド長が左右に立つ二人に助けを求めるように交互に首を振る。


 ギルド長にしては随分と頼りないな。


 男は僅かに顔を顰め、女の方は困ったような顔になった。


「で、用件は?」


 このまま気にせず行こう。


 こちらのご機嫌を取ろうとするなら、尾行者はこいつらの使いの可能性が高い。


「……うん、じゃあ説明するね。と言っても、あまり説明するような事もないんだけど……」


 じゃあ何で呼んだんだ……まあ人伝にできない内容なんだろうが。


「アリド。君には教皇猊下から直々に呼び出しがされている」


「は? めんどくさ」


 ギルド側の三人は、俺の反応に酷く驚いたようで、それぞれ大きく反応した。


「えぇー……仮にも教皇猊下だよ? 教会で一番偉い人だよ?」


「つまり確実に面倒臭いじゃん」


「否定はしないけどもぉ……」


「へえ、しないのか。ギルド長が。これは良い事を聞いた」


「ギルド長……」


 男の方が苦々しい表情で、戒めるようにギルド長に声をかける。


 ギルド長はビクリと肩を震わせて慌てて口を開く。


「あ……いや、ちょっと待って! 今のナシ!」


「別に良いだろ。個人の感情まで好き勝手にする権利が教会にあるのか?」


「ないけどぉ……そういう問題じゃなくてぇ……!」


 立場的なアレコレがあるんだろうが、俺の知った事ではないな。


 弱みを一個握ったかもしれんが、別にどうこうしようというつもりもない。


「で、呼び出されたのは良いとして、いつ、どこに行けって?」


 頭を抱えて机に突っ伏したギルド長の代わりに女の方が答える。


「明日の朝、大教会を訪ねてくれれば、入口で貴方を迎えてくれるようです」


「把握。じゃ、帰って良い?」


 ギルド長が顔を上げて、うるんだ瞳で上目遣いに俺を見てくる。


「あの、僕が言った事、言いふらさないでね?」


「一つ言うなら、俺は面倒が嫌いだ」


「うぅ……僕は君に迷惑をかけるつもりはないよ……」


 つもりがなくとも、そうせざるを得ない状況もあるだろうに。


 まあ言うまでもない事だろうが。


 しかし、これだけ横暴に振る舞っても苦言の一つも無いか。


 尾行してたのはギルドの線が濃厚かね?


 いっそ直接聞いてみるか。


「ああ、そういえばここに来る途中まで尾行されてたんだが、アレはギルドの人員か?」


「え、何それ? 僕知らない」


 キョトンとした顔で首を傾げるギルド長。


 両脇の男女は表情が消える。


 さて、これは本音か演技か、どっちだろうな?


「まあギルドでも教会でも貴族でも、何でも良いか」


「えっ、良くないよ!?」


「俺が、利が無ければ傭兵辞めるって話を聞かれただけだぞ」


「良くないよっ!!?」


 ギルド長が頭を両手で抱えて慌てふためく。


「君、自分が教皇猊下に呼ばれるだけの人物って分かってる!?」


「どうせ一回だけだろ」


「その一回でも凄い事なんだよぉ!!」


 両手で握りこぶしを作って叫ぶギルド長。


 察するに、名声的なものがかなり上がるんだろうな。


「アリド。君の言う『利』とは何を指すのだ?」


 男の方が聞いてくる。


「状況による。誰だってそうだろう? 腹が減ってる時に、食えない金貨とパン、どっちに利があるかなんて分かり切っている」


「君の性格を鑑みて察しろと?」


「俺は相手次第で付き合い方を決めるだけだよ。そっちが誠実なら、こっちも許容できる範囲で誠実にするさ。不誠実なら……言うまでもないだろ?」


「ふむ……では誠実に、傭兵ギルドの副長として責任を持って言おう。君を尾行した者に、我々は一切関係が無い」


「分かった、信じよう」


 俺の即答にまたギルド長が首を傾げる。


「僕達がこんな事を言うのもなんだけど、そんなあっさり信じてくれるの?」


「最初から疑うと全部疑う事になるからな。まずは信じて、後から情報に齟齬が生まれたらそこを疑う」


「ああ、面倒が嫌いってそういう所にも……」


 大分俺に対して理解が深まってきたようだ。


 さっきから女の方がじっと俺の事を観察してるし、分析されてるんだろうなと感じる。


 分析をするのは事前情報が無いから。


 最初に下手に出たのは、俺の性格や態度を計るため。


 自己紹介を促したのは、俺の自己顕示欲を計るため。


 情けない姿を晒すのは、俺がギルド長を見くびるか確認するため。


 そう考えれば「尾行者と関係が無い」という言葉に不和は無いな。


 これで分かるのは、見た目とは裏腹に油断ならないって事だ。


 素でアレって可能性もあるが、甘く見ても自分の足元が掬われるだけだ。


 用心に越したことはない。


「じゃ、帰るわ」


「はぁー……うん、気を付けて帰ってね」


 俺を止めはせず、代わりにガザキの方に顔を向けるギルド長。


「あ、でもガザキは残ってくれる? 君はまた別の話あるから」


「……あ、はい、分かりました」


 急に話題を振られて一瞬固まった後に頷くガザキ。


「ガザキ、俺は先帰る」


「あ、ああ……こっちは、気にしなくて良い……」


 そうは言うものの目では残ってて欲しそうにしている。


 まあ帰るんだけどね!




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