第123話
ガザキは暗く難しい顔で考え事をしている。
女性組は少し離れた所で雑談に花を咲かせている。
そして俺は相変わらずソファの上でくつろいでいる。
眠気はないが、思考を停止してぼうっとしてると、足音が近付いてきた。
三人分だ、なら副団長ではない。
誰かと思って目を向けてみると、地下迷宮で共闘したガザキ、イナーシャ以外の三人だった。
三人は俺に気付くと頭を下げてくる。
「あ、アリドさん、どうも」
共闘後、こいつらは俺に対して下手に出るようになった。
なぜかと聞いてみたら、俺が強いからだと言ってた。
「ん」
起きるのも面倒なので軽く手を上げて挨拶を返す。
ガザキも三人の方を向いて口を開く。
「お前ら、暇か?」
「すまん団長。カフィードさんから頼まれ事されたんだ」
「ああ、そうか。なら良い」
俺達が急遽ここに泊まる事になったせいだろう。
忙しそうに三人は拠点から出ていった。
対価は支払うし、悪いとは思わんぞ。
またしばらくぼうっとしていると、憂鬱そうな顔のガザキが俺の方を向いた。
「……アリド、少し相談させて貰って良いか?」
「駄目」
「少し前に、教会自治領では傭兵は衛兵の代わりとして使われると言っただろう? こういった事件が起きたからには、我々も招集される可能性は高い」
駄目って言ったんだが?
「今の『快刃大牙』には余力どころか、人員も戦力も無い。町で起きてる厄介事の内容次第だが、巻き込まれたら我が団は潰れるかもしれない」
ガザキはイナーシャに聞こえないよう、声を抑えて深刻そうな事を言う。
「単刀直入に言うと、力を貸して欲しい。俺が払える報酬は、金なら貯蓄があるし、情報ならカフィードが得意分野だ。最悪、イナーシャだけでも守ってやってくれ」
「知るか、自分で守れ」
縁起でもない事を言ってんじゃないよ。
「俺らだけで『外なるもの』と遭遇した場合、正直どうしようもない。単純に力が、知恵が、知識が足りない。お前だけが頼りだ」
「なら鍛えろ、考えろ、学べ。一人で無理なら分担しろ」
「しかし……」
「やる前から諦めてたら何も成せねえよ」
なぜだかガザキはいつになく弱気だ。
だが俺に寄りかかるのは許さんぞ。
逆なら許す。
「……そうだな、俺が団長なんだ。弱音は吐けんな」
「俺に吐くなってだけだ。仲間に吐け。イナーシャでも良いだろ」
「いや、それは……」
「仲間を頼れん理由でもあるのか? お前の自尊心以外で」
「………………」
責任感がある、と言えば聞こえは良いが、前世ではその責任感が原因で精神を病む奴が大量にいたんだよな。
今のガザキからは、そういった手合いの連中と似たものを感じる。
こいつがダメになると、ここが宿として安心できなくなるし、仕方ない。
「例えばその自尊心を責任感と言い換えたとしよう。で、どこからどこまでがお前の責任だと思ってるん? まさか部下が死んだの自分の責任とでも?」
「……違うと言うのか?」
「言うよ。お前の部下を殺したのは『外なるもの』だし、悪いのも『外なるもの』だ。対策しようにも情報は無く、敵も情報を漏らさないよう動いていた。これで責任負ってたらキリがない」
「それは……言いたい事は分かるが……」
見るに、何だかんだ言ってガザキも精神をやられてたんかね。
ギリギリで耐えてた所に――しかも安全だと思ってたのを裏切れる形で――ヤバそうな案件が追加でやってきて、パンクしたのかな。
仕方ないね。
でも持ち直せ、俺の為に。
「たぶん、お前は『誰かが悪い』と思いたいんだろうな。でもどこ探しても居ないから……正確に言えば、もう既に居ないから、自分を悪者にしてるんじゃないか? それが一番気持ちが楽になるって理由で」
カウンセリングの真似事をしているが、上手く行くかは知らない。
俯いて黙りこくるガザキを見ながら、性格や傾向を分析する。
地頭は悪くないのだから、心理的な理屈も言った方が良いかもしれんな。
「そうだな、一つ問題を出そう。ある商店の売り上げが先月、先々月に比べて大きく下がったとして、その理由は何だと思う?」
「……? いや、分からないが……」
「想像で良い。勘でも良い。あてずっぽうでも良いから答えろ」
「……店員が失敗をしたとかか?」
少し悩んだ後、ガザキはそう答えた。
前世で学んだ雑学を思い出しながら喋る。
「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない」
「結局、正解なのか? 違うのか?」
ガザキの質問は無視して続ける。
「人は悪い問題が起きた時、その原因を内的要因と外的要因の二つに分ける傾向がある。今ガザキの答えた内容は内的要因に該当する」
俺の唐突な雑学の披露に困惑した顔になったガザキ。
「内的要因とは人に起因するもので、外的要因は人以外に起因するものだ。例えば、その商店の近くに、より良質でより安価な店ができたとかだと、外的要因となる」
「なるほど……いや、それが何だ?」
「この問題では、解答者が、どこに原因を求めるかが分かる」
ここまで言った所で、ガザキは自分が分析されてた事に気付いたようだ。
「ちなみに解答者の大半は、感情的に考えて内的要因が原因だと思うらしい。そして現実的な問題の要因は、大半が外的要因によるもので占められるらしい」
「……それはつまり、俺が感情に流されてると言いたいのか?」
ガザキは僅かに憤りを見せる。
やはり、いつもより感情的になってるな。
「そう言ってるし、『外なるもの』が悪いって言った時も、理解はしてたが納得してなかっただろ。感情的になってた証拠じゃないか?」
なので、つい先ほど実際に自分が言った事を思い出させる。
「…………あ、あぁ」
思い当たる所があったのだろう、目を見開いた後、空気が漏れるような声を零す。
肩の力も抜けたようで、顔の険も取れる。
少しはマシになったか。
「なんぞ町で面倒事が起きてるようだが、後にしろ。どうせ今考えても大したことは分からん。休むのも仕事だ。だから俺は休む。休ませろ」
「はぁ……そうだな。サロエレスにも言われたな、俺は背負い込み過ぎると」
「そういや言ってたな。なんだよ良い相談相手いるじゃん。あっち行けよ」
「いや、彼女はちょっと性格が……」
渋い顔でサロエレス嬢の事を
俺とガザキの話が終わったタイミングで、丁度良く副団長が戻って来た。
「すいません、大変長らくお待たせしました。お部屋の用意ができましたので、よろしければ案内します」
副団長の言葉に女性組が反応してやってくる。
「カフィード、変なのがある部屋とか外から見える部屋じゃないよな?」
「ええ、勿論です。良好な状態の部屋を見繕いました」
イナーシャの小生意気な質問にも柔らかな微笑みで答え、案内を始める。
「じゃ、俺も行くから」
「ああ、何というか、世話をかけたな」
「そう思うなら次は自分でなんとかしとけよ」
「分かってるさ……感謝する、ありがとう」
後半の部分は小声だったので、聞こえない振りをして案内に追いつく。
これでやっと一人で休めるんだなって……、
「団長! 居るか!?」
そう思った所で、出てった三人の内の一人が大慌てで帰ってきた。
どうしよう、嫌な予感しかしない。
「何事だ?」
「アリドさんと団長を呼んでくれって言われたんだ!」
「落ち着け、どこで、誰に、いつまでに、だ?」
「えっと……傭兵ギルドで、ギルドの副長に、可能な限り早い内……できれば、今日の内が良いって……」
バツの悪そうな顔で俺を見てくるガザキ。
俺の肩にポンと手が置かれる。
アルシスカだ。
「傭兵ギルドでの情報収集は、お前の仕事だよな? 行ってこい」
「おっま……」
クッソ良い笑顔しやがって……後で憶えてろよ。
「アリド、すまないが休むのはもう少し後になりそうだ」
「はあぁぁぁぁ…………」
悲哀を込めてクソデカ溜め息を吐くが、誰も俺を助けてはくれなかった。
何だろう、定時迎えて帰ろうって時に残業言い渡されたようなこの気持ち。
殺意かな?
殺意だな。
ああ、働きたくねえ……。
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