第122話


 俺は今、ガザキ率いる傭兵団「快刃大牙」の拠点ホームでくつろいでいた。


 めっちゃ広いリビングのような場所で、俺はソファを占領して寝転んでいる。


 理由は中々イナーシャが帰ってこないからだ。


 ガザキはしきりに足を揺すり、落ち着かないでいた。


 何言っても面倒そうだし、何も言わず、ただひたすらだらけよう。


「……遅すぎる。やはり探してこよう。カフィード、留守を頼む」


「団長、過保護は嫌われますよ」


「ぐっ……いや、しかしだな……」


「イナーシャと行動を共にしている方々は、そちらのお客人――アリドさんの仲間なのでしょう? そのアリドさんは落ち着き払っているというのに、団長は何をそんなに心配しているのですか?」


 ガザキをたしなめたこの人は、快刃大牙の副団長だそうだ。


 戦闘力よりも、事務や計算などに優れているらしい。


 その為、ガザキが仕事で拠点を離れる時は必ず彼が残るという。


 濃い灰色のオールバックに片眼鏡モノクルという、いかにも執事然とした風貌だ。


 顔には深い皺が刻まれ、綺麗に整えられた髭と合わさって「老練」といった感じの雰囲気が伝わってくる。


 彼はガザキの耳元でそっと囁く。


「……それに、イナーシャの心配を過剰に心配する事は、客人の仲間を疑う事にもなりかねませんぞ」


 こちらに配慮してか、非常に小さな声で、そう付け加えた。


 まあ聞こえてるんだけどね。


 復興作業中に吸収した魔物の因子で強化が進んだからね。


 結構チート化が進んでると思うが、何一つ安心できない今日この頃。


 仮想敵『外なるもの』クソすぎるんだわ。


「……ううむ、いや、話は分かる。分かるんだが……だがなぁ……」


 ガザキの親馬鹿ぶりに、副団長は大げさに溜め息を吐いた。


 仕方ない、助け舟の一つでも出すか。


「ナッツィナの一件の傷は根深いんだろ? 身内だからこそ言えない事もあるだろうし……で、今、あっちはあっちになりに疲れや傷を癒してるんだろ、たぶん。行っても邪魔にしかならんと思うぞ」


「ぐうっ……アリドまでそんな事を……!?」


 言うに決まってんだろ。


 行かせた方が、ここで喋るより面倒になるのは確実だろうしな。


「二体一ですね。大人しくするか、落ち着けないなら事務仕事をお持ちしましょうか? 働けば気も紛れるでしょう」


 トドメとばかりに代案を提示する副団長。


「それは遠慮しておく」


 しかしガザキ、即答で拒否る。


「では団長はそのまま大人しくしていて下さい。アリドさん、お茶菓子のおかわりはいかがでしょう?」


「貰う」


 他人の好意を無碍にするなんてとんでもない。


 俺に不都合がなければ大歓迎で受け入れよう。


 まあ実際は、さっきの援護口撃のお礼なんだろうけど。


 俺と副団長のやり取りで気付いたのか、ガザキが訝しげに口を開く。


「……アリド、実は今の話、その場で考えたものか?」


「そうだよ」


「…………」


 名状し難い表情になったガザキ。


「つまり、少し考えれば分かる事でもある。視野が狭くなってなきゃね」


「………………」


 更に名状し難い顔になった。


 俺が反撃の口実を与える訳ないだろ。


 しばらく一人で百面相をした後、ガザキは黙り込んでしまった。


 ついでに足を揺するのも止まり、悩ましげな顔で不動となった。


 そのタイミングで茶菓子を取りに行っていた副団長が戻ってくる。


「アリドさんは大変頼りになりそうですね」


「こんな事で頼られても困る」


「茶菓子のおかわりです、どうぞ……こんなでも団長なものでしてね、彼の下につく者としては、何かと難しい事もあるんですよ」


 にこやかにそんな事を言ってくる副団長。


 出会ってあまり時間も経ってないはずだが、随分と好意的に見えるな。


 ふむ……これ、遠回しに勧誘されてたりする?


 あるいは同盟みたいな関係を結ぼうとしているのかね。


 だとしたら結構、したたかだな、この老人。


 内心で副団長への評価と警戒度を上げていると、拠点ホームの玄関が開いた。


「ここがアタシの傭兵団『快刃大牙』の拠点だぞ」


 イナーシャがクタニア達を引き連れて、拠点へと到着したようだ。


「戻ったか、イナーシャ」


 ガザキがスッといつもの顔に戻り、背筋を伸ばし鷹揚とした態度でイナーシャを迎え入れる。


 さっきまでとの落差よ。


「ただいま親父。先に戻ってたんだ」


「ああ、町の案内は順調だったか?」


「それがさー……」


 ガザキの問いに言いよどむイナーシャ。


 何か問題でも起きたのか?


 だとしたら勘弁して欲しい。


 俺の行く先々で問題起きてんじゃん。


 探偵モノの主人公じゃねぇんだぞ、俺は。


「何かあったのか?」


「うん、他所から来た貴族が不審死だって。それで、どこも外から来た人に対して警戒が強くって……」


 ウッソだろお前。


 吐きそう。


 吐くものないけど。


 一応、確認するか。


「アルシスカ、宿は取れたか? 結果だけ言ってくれ」


「無理だった……私もクタニア様も、職を言えないから、身元を怪しまれるのを避けられないんだ」


 後ろの部分を周囲に聞こえないよう小声で耳打ちしてきた。


 今のこの状況、情勢、かなり面倒事の気配を感じる。


 ガザキは副団長の方を振り返り口を開く。


「厄介な事になっているようだな……カフィード、情報を集めてくれ」


「分かりました。ですが今現在でも貴族に関しての情報は少し僅かにあります。それは、ここ数週間で急激に貴族の滞在者が増えているという情報です」


「……貴族連中の目的は?」


「不明ですが、貴族のほぼ全員が大教会に赴いてる事は判明してます」


 俺も少し真面目に考えるか。


 死んだのは他所から来た貴族。


 そういや、ナッツィナでどっかの国の首都が一夜にして消滅したとかなんとか聞いたな。


 あっちのギルド長が何か大変そうだったのを憶えてる。


 首都が落ちると、国家の視点でも他人事では済まないんだろう。


 上の方は『外なるもの』に関して知っているだろうし、高確率でそれ関連だな。


 この町で貴族が死んだ理由……死なせた、あるいは殺した者の目的は不明。


 ただ不審死というからには、変な死に方だったんだろう。


 その「死に方」が、何かのヒントになるかもしれないな。


 ならないかもしれないけど。


 こっちに飛び火しないなら放置したいけど、経験上、面倒事を放置すると、もっと面倒な事態に発展する場合がほとんどだ。


 結局、ここでも何かする羽目になりそうだ。


 何とかしないと俺が死ぬ気がするし。


 ガザキ達は今からでも動くつもりのようだが、俺達はまず、目先の問題解決してからだな。


「宿、どうすっかねぇ」


「なあ親父、アリド達を泊めるのは無理か?」


 俺の独り言に反応してイナーシャがガザキに問いかける。


「む……? 確かに部屋はかなり空いてしまったが……」


「客人として滞在を許可すれば良いかと。無償でなければ他の団員も不満を言ったりはしないでしょう」


「……アリド、そちらの意思はどうだ?」


 ガザキの視線を受け流してアルシスカ、クタニア、ユーティに目を向ける。


「良いんじゃないでしょうかぁ。真っ当な宿以外しか取れなさそうですし、仮に良い宿を取れたとしても貴族が居るでしょうし、変な事に巻き込まれかねませんよぉ?」


 真っ先に答えたのはユーティ。


 確かに経営に問題がない宿なら、余計な問題を抱え込まないよう客を取らなくなる可能性はある。


 逆にあくどい商売をしている所は、今の状況をチャンスと見るかもしれない。


 そして貴族とか、お偉いさんは面倒事の臭いしかしない。


 余計なトラブルを避けるなら、無理にでも宿を取るという選択肢は除外されるか。


「アリドが良いなら、私は問題ないです……」


 アルシスカの後ろから顔を出して、クタニアがそう言った。


 人見知り発動中の彼女は、俺に判断を委ねるらしい。


「私はクタニア様に付き従います」


 アルシスカ、お前はそうだろうな。


 意見が出揃ったので、ガザキ達の方に向き直り結論を告げる。


「じゃ、しばらく世話になる。金は相応にあるから問題ない」


「そうか、分かった。カフィード、悪いが先に部屋の確認と清掃を頼む」


「承知しました。皆さんはここでくつろいでお待ち下さい」


 副団長は洗練された動作で恭しく一礼した後、静かに拠点の奥へ向かって行った。


 あの人、元はどっか大層な場所で働いてた執事だったりしない?


 何はともあれ、宿の問題は解決した。


 下手な宿に泊まるより安全性は高そうだし、まあ問題ないだろう。




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