第121話


 ※ 三人称視点



 大教会に辿り着いたソノヘンニールは、すぐさま入口に待機していた聖騎士によって奥へと案内される。


 案内をする聖騎士が、やや緊張気味に部屋をノックする。


「失礼します。司祭、ソノヘンニールが到着致しました」


「入りなさい」


 部屋の中から声が返ってくる。


 震える手でドアを開き、ソノヘンニールに入るよう促す。


 それに従い、中に入ったソノヘンニールは、思っていたものと違う光景に驚く。


 部屋に居たのは枢機卿ではなかった。


 枢機卿は特徴的な緋色の祭服に身を包んでいるからすぐ分かる。


 てっきり枢機卿へ報告するものと思っていたため、予想を裏切られた形となった。


「(この方々は……まさか)」


 六人分の視線がソノヘンニールに注がれる。


 中には見知った顔が二つ。


 ナッツィナで共闘したハーゲンディ。


 そして教会に身を置く者であれば誰もが知るであろう、教皇ロフェト。


 どちらも使徒である人物だ。


 他の四人は面識がないが、ソノヘンニールは恐らく使徒、又は聖女だと予想する。


「よく来てくれた。そこの空いている椅子に腰を掛けるといい」


 ロフェトが代表してソノヘンニールに語りかける。


 後ろから扉の閉まる音が聞こえてきて、ソノヘンニールは困惑しながらも促されるまま席に着く。


「……失礼します」


「そう緊張する事はない。ハーゲンディとは普通に話せるのだろう? ここに居る者は皆、同じようなものだ」


「はい、善処します……」


 やはり使徒、聖女かと思う一方で、教皇自らが……ましてや使徒達が一堂に会する程の話なのかと疑問に思うソノヘンニール。


 しかし考えてみれば思いたる節は多い。


 アリドの正体、クタニア達の存在、眷属に成りかけた精霊遣いの少女。


「(あの方々の事を隠すのは、無理そうですね……)」


 何より、実際に『外なるもの』の異能によって、一度精神を囚われた状態から生還している。


 ソノヘンニールの持つ情報は、本人が思っている以上に教会から重視されていた。


「我々は君の事を知っているが、君は我々の事を知らないだろう。軽く自己紹介でもしようか。私はロフェト、教皇をやっている」


 にこやかに、軽い口調で自己紹介を始めるロフェト。


「好物はフワンダ・ピラフ。趣味は美食巡りだ。最近は商人の流動が悪くなっていて、気軽にお忍びで町に下りても……」


「猊下、話が長くなるなら吾輩の番で良いな?」


 教皇の愚痴が始まりそうな中、ハーゲンディが割って入って黙らせる。


 ロフェトの長話を知る使徒、聖女は内心で安堵する。


「既にナッツィナで知り合った身だが、今一度名乗ろう。吾輩は正義の使徒、ハーゲンディである」


 続いて他の使徒、聖女が名乗る。


 まずは獅子の獣人の青年。


「私はキドフォンス。守護神の使徒だ」


 次に中性的なエルフ。


「愛の神の使徒、ヘルマロディだよ。よろしくね」


 次は白虎の獣人の女性。


「ラミトです。契約神の聖女を名乗らせて頂いております」


 最後に鳥人の女性。


「あ、私はフィロフィーヤと言います。新しく太陽神の聖女となりました」


 フィロフィーヤだけ、少しだけ自信がなさそうに名乗った。


 彼女は先代聖女が焼失した後、太陽神から聖女に任命された少女だ。


 まだ聖女になってから日が浅く、慣れないながらも努力を重ねている。


「自己紹介も終わったし、早速ソノヘンニール君の話が聞きたいね」


 にこやかな顔のままロフェトが告げる。


「……何から話せば良いでしょうか? ランゴーンの事は手紙でお送りしましたし、ナッツィナの事件はハーゲンディ様からお聞きになっている事でしょう」


「そうだね、いきなり『話せ』と言われても困るか……では、手紙に無かった死神の聖女と、混沌神の使徒候補の話が聞きたいね」


「(やはりそこを聞いてきますか……)」


 使徒と聖女の視線が再びソノヘンニールに突き刺さる。


 強い興味と関心がありありと感じ取れた。


「申し訳ありませんが、私も多くは語れません。『外なるもの』に対して協力関係となりましたが、全てを話してくれた訳ではないので……」


「構わないさ、君から見た印象や性格なんかが知りたいね」


 ロフェトの返答は素早く、ソノヘンニールの回答は想定通りなのだと分かる。


 能力までは詳細に把握してるとは思われない。


 なぜなら、そこを詳しく知るのは、神秘の侵害、神権への冒涜となる、という常識がある為だ。


 ソノヘンニールは、アリドがその脆弱性について語っていたのを思い出した。


「分かりました、では……」


 ソノヘンニールは、アリドとクタニア達に対して、自身が感じた事を語る。


「死神の聖女様ですが……精神的に若いお方だと感じました。主張は控えめで、自分から話す事は稀です。されど功徳くどくを積み、利益を与える人であって、悪道、外道に堕ちる事はないと感じます」


「成程、君の目と感覚では、そのように感じたのだね……ではもう片方の人物についても頼むよ」


 頷いてアリドの事を話す。


「混沌神の使徒候補……彼は精神的に成熟していて、落ち着いているように見えます。性格は少々掴み所がありませんが、その分、知恵に優れております。一方で知識に乏しく、故にこそ、常識に縛られない柔軟な発想を持っている人物です」


「うん、やっぱ聞いただけじゃ分かんないね」


「アレは生きた混沌であるぞ。吾輩が見ても分からぬのだ」


 ハーゲンディが横から言葉を挟んできた。


「だから複数の視点が欲しいんだよ……で、ソノヘンニール君、その彼、ここに呼べるかね?」


「彼は傭兵ですので、依頼を出せば呼べるとは思いますが……」


「よし、思い立ったが吉日という言葉もある、早速呼ぼう」


「余計に分からなくなると思うのである……」とハーゲンディが小言を漏らす。


 ソノヘンニールはその小言に内心で同意する。


 アリドとは付き合うほど分からなくなると感じていたからだ。


 浅慮さと思慮深さ、慎重と大胆、誠実と不誠実、相反する性格的な性質を反復横跳びしてると感じていた。


 実際の所アリドは、相手と相手の解像度、部分的な状況、巨視的な状況、彼我の状態に合わせて臨機応変に動いているだけなのだが、応変の振れ幅が広すぎて今一理解されないでいた。


 熱心な信徒や、使徒、聖女からすれば尚の事だ。


 彼ら彼女らは、信仰する神の意向を一本の芯として心に据えている。


 だから芯などなく、状況に合わせて千変万化するアリドを理解できない。


 いや、理解はされるかもしれない。


 だが共感は絶対にされないだろう。


「それじゃあソノヘンニール君。次は君の『外なるもの』への見解を聞かせてくれ」


 ロフェトは次は話題に移る。


「見解、ですか……」


「そうだね……例えば、実際に対峙してない我々では知り得ない事とか。ハーゲンディからも聞いているが、この馬鹿力の視点と、一般の司祭である君の視点では、きっと見え方が違うだろう?」


「あまり吾輩の不名誉な渾名を増やすでないぞ……猊下」


「『猊下』の部分を取って付けたように言う奴に配慮とか要る?」


 仲が良いのですね、という言葉を飲み込んで、ソノヘンニールは端的に事実を話す。


「実の所、私が直接相対した『外なるもの』は、ハーゲンディ様が討伐した存在だけです」


「ではランゴーンの『外なるもの』は誰が? あそこの領主から『外なるもの』が創ったとされる、夢の世界の消失が確認されているが」


「混沌神の使徒候補である彼が何か知っていると思います」


 アリドは多くを語らない。


 必要な事は惜しまず共有してくるが、それ以外は面倒くさがるのだ。


「アリドであるな。あの者はどうも功績を隠す」


「いえ、聞かれないから話さないのかと……」


「なんで? 彼は隠居でも希望してるの?」


「……恐らく、面倒だからという理由だと思われます」


 ソノヘンニールは少々言い辛そうに話す。


 他の使徒、聖女も口を開けて「えぇ……」といった感じの顔をしている。


「ははっ、なんか面白そうな人だね、そのアリドって人」


 好意的な態度を示したのは愛の神の使徒、ヘルマロディ。


「常識的に考えてありえん。仮にも使徒候補だと言うのに……」


 厳しい言葉は守護神の使徒、キドフォンス。


「同意します。人類全体の危機だと理解しているのでしょうか?」


 アリドを非難する言葉を、契約神の聖女、ラミトが続ける。


 太陽神の聖女、フィロフィーヤは開いていた口を閉じて、恥ずかしそうにそっと口元に手を添える。


「まあまあ、皆落ち着いて。そうだソノヘンニール君、何か、こう、彼について我々が好意的になれそうな話、何かない?」


 教皇であるロフェトに言われ、ソノヘンニールはこれまでのアリドの発言を思い出す。


「(……難しいですね。教会の教義には懐疑的ですし、私達のような信仰心は持っていないようですし……というか既に教義破ってるんですよね、アリドさん)」


 頭を抱えたくなるが、それを堪えて必死に何かないか思い出していく。


 ふとアリドが混沌神から頼まれた事の内容を思い出した。


「(いや、駄目ですね。アリドさんが混沌神から与えられた使命は、ここの使徒様、聖女様と絶望的に合わない)」


 五秒、十秒と沈黙が続き、ついにソノヘンニールが口を開く。


「……すいません。ありません……」


 教皇が天を仰ぎ、額に手を当てた。




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