第120話


「そういや、ここが傭兵にとって安全てのは何でだ?」


 教会自治領の町を歩きながらガザキに質問をする。


「教会は表向きには軍を持たない。傭兵ギルドと契約して自衛力を補っている事になっている。だからここでは傭兵の立場が保証されている。もっとも、それ相応の立ち振る舞いも要求されるがな。あと国家と違って市民権が無くとも家や土地を買う事が出来るから、ここに団の拠点を構える傭兵は多い」


「ふむ」


 思ってたより傭兵ギルドと教会の関係は、蜜月ではないようだ。


「傭兵が衛兵の代わりか。で、表向きってのは使徒や聖女が単体で軍隊並みの戦力だからか?」


「そうだ、それと自衛目的という名目で聖騎士団という組織がある。これは噂だが、いざという時は民間人も戦力になるらしい」


 バリバリ軍事力あるな。


 まあ戦力ないと他国から蹂躙されるだけだろうし、当然と言えば当然か。


「国際的には永世中立を謳ってるんだっけ」


「ああ、それが認められるだけの力があって、傭兵の立場が保証されている。だから教会自治領は安全なんだ」


 うーむ……この関係、教会にとって何がメリットなんだろう。


 戦力だけなら使徒、聖女だけで足りると思うんだがな。


 ならそれ以外で教会に足りないのは……人員か?


「ギルドと教会の契約って、情報よこせって言われんの?」


「……流石だな。説明するまでもないか」


「ガラの悪い傭兵は排除されるんだろ? その時点で傭兵ギルドより教会の戦力が上ってのが分かる……鞭は厳しいようだが、与えられる飴が他所の国より美味いから受け入れてるって所か」


「何なら鞭も他の国より痛くはない」


「随分上手く使われてるんだな」


「それで利益が上がるなら、ギルドは受け入れるだろうさ。恐らく今に至るまで『無駄死にしてこい』と依頼された事例は無いはずだ」


 傭兵を使い捨てにしない。


 あるいは使い捨てられてると傭兵が感じないように使われている。


 中々大事にしてくれているようだが、理由はなんだろうか。


 神々の信徒は多いのだろうが、使徒や聖女が必ずしも教会に属する訳ではないと記憶している。


 もし使徒や聖女の独占を目論んだら、世界が敵に回るからだろう。


 案外「神様は信仰してるけど教会に入るのは遠慮する」って感じの人も多いのかもしれないな。


 ついでにナッツィナの司祭が腐敗してた件もある。


 遠くの同業者より、近くの信頼できる人材を確保する方が重要なのかね。


「とりあえず教会についてはなんとなく把握した」


「そうか。役に立ったなら何よりだ」


 その後は特産品っぽい果物っぽいのが大量に整列されてるのを見たり、買い食いしたり、ちょっとした観光気分でギルドまで移動した。


 前世だと外国に行った事ないんだよな、俺。


 実際行ってみると食事とか水が合わないとかで大変だったりするらしいが。


 今の俺の体ならそんな心配はいらないな。


 そうこうしてると傭兵ギルドに到着したらしい。


「ここ? てかアレ?」


「そうだ、アレがこの町の傭兵ギルドでもある」


「闘技場も兼ねてたりすんの?」


「よく分かったな」


 いやだって完全に円形闘技場って感じの見た目してるし。


 ギルド兼闘技場の大きさはどれくらいだろうか。


 前世の記憶と比べると、東京ドームより大きいと思う。


「数年に一度、戦神に捧げる祭事として闘技祭という行事があるんだ」


「何人収容できるんだよ」


「分からん。ただ闘技祭の時は町の人の半分が入れたと聞く」


「いや流石に盛ってるだろ」


 そんな話をしていると、横から割り込んでくる奴が現れた。


「それが盛ってないんだよ、お嬢ちゃん」


 そう言って、男は人懐っこい笑みを俺達に向けてくる。


 このおっさん、毛深くて、しかも毛の色が赤いものだからやたら目立つ。


「ルーブルムか」


 ガザキがおっさんの方を向いて、たぶん名前を口にした。


「知り合い?」


「ああ」


「ガザキか!? 懐かしいな! 戻って来たんだな!」


 上機嫌に笑ってガザキの方をバシバシと叩くおっさん。


 ガザキも特に警戒などしてないようで、旧友と再会したような雰囲気だ。


 ただ、おっさんが目立つので周囲の視線が集まりつつある。


「何でもいいけど、入口はどこだ?」


 昔話に花を咲かせそうな二人に水を差しておく。


 結構な数の人が出入りしてるのは見えるが、出入口が複数あるようで、どこがどこに繋がってるか分からない。


「ん、ああ、すまない。ルーブルム、積もる話はあるが……」


「いやいや、こっちこそすまねえな。そっちの子が持ってんの依頼書だろ? 依頼の報告が終えるまでが仕事だしな、引き留めて悪かった」


 おっさんはそう言い残した後、軽く手を上げて去っていった。


 前評判通り、ここの傭兵は行儀が良いらしい。


「他にも知り合い居たりする?」


「ああ、拠点もここにあるしな……知り合いは、死んでなければそれなりに居ると思う」


「それもそうか」


 知り合いの一人や二人居て当然か。


「イナーシャの事もある。足止めは食らわんようにする」


「人付き合いも武器の一つだし、別に多少は構わんよ」


「ふむ……そうか」


 少し安堵したように息を吐いたな。


 つまり今後も絡まれそうって事か。


 円形闘技場に入ると、中は広く、あちこちに道や看板がある。


「傭兵ギルドは……あちらだな」


「色々な施設が併設されてるんだな」


「ああ、鍛冶屋に武具や魔導器の販売所、酒場に屋台と、まあ傭兵に需要があるものの大半がここに揃ってる。それと役所の代わりみたいな事もしていて、とにかく多機能な場所だ」


 傭兵ギルドと言うより、傭兵のための施設を一か所に集約した感じだな。


 ガザキから他の場所の説明を聞きながら数分歩いてギルドに着いた。


 受付に向かうと職員の女性が反応する。


「ようこそ、本日はどのような御用件でしょうか?」


「依頼達成の報告」


 依頼書と傭兵のドックタグを提出して、奥に行った受付嬢が戻ってくるまで待つ。


 受付嬢は割とすぐ戻って来た。


「照合が完了しました。こちらが報酬となります、お受け取り下さい」


 持って来た報酬とドックタグを受け取り、その場を離れる。


「この後はあっちと合流か。確かガザキ達の拠点だっけ?」


「そうだな。次は俺達の拠点に案内しよう」


「おや、ガザキじゃないか。また小さい子を誑かしたのかい?」


 お、またガザキが絡まれた。


 相手は黒い髪と赤い目をした妙齢の女性だ。


「笑えない冗談はやめてくれ、サロエレス」


「あんたは自分から面倒を負いに行く癖があるからね、釘を刺してやってんのさ」


 女の人は悪びれもせず、恩着せがましく言い放った。


 中々良い性格をしているようだ。


「一応、アリド――この傭兵は俺より強い」


「……へぇ」


 ガザキの一言で女の視線がこっちに向く。


 巻き込まないでくれる?


「見た目通りじゃないって事かい……成程、魔力を隠してるね?」


 なんか気付かれたし。


 何とかしろという意味を込めてガザキの脇腹に肘を入れる。


「ぐほっ……サロエレス、俺達も予定がある、急ぎじゃないなら後で頼む」


「ふぅん、まあ良いよ。相変わらず尻に敷かれてるのが似合うあんたに免じて、今日はこの辺にしとこうじゃないか」


「あー分かる。ガザキって苦労人感凄いからな」


 おっと、思わず同意してしまった。


「あら、アリドって言ったっけ? 中々話が合いそうじゃない」


 悪そうな顔で微笑んでくるサロエレス嬢。


 これまた随分、さでずむに富んでそうなお姉さまで……嫌いじゃないよ。


 内心と能力はまだ不透明だが、ノリは良さそうだ。


「ごほんっ……ではまた、機会があれば」


 ガザキが割り込んできて、俺を引っ張ってその場から離脱する。


 急ぎ足で離れるのを見るに、どうもガザキは彼女の事が苦手なようだ。


 その後は他のガザキの知り合いと遭遇する事はなく、目的地であるガザキ達の拠点に着いた。


 イナーシャが案内してる方はまだ到着していなかった。




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