第118話


 ※ 三人称視点



 ――復興とは、新たな利権の温床である。




 現在のナッツィナでは人の出入りが激しく、年若い領主は多忙を極めていた。


 面会の申し込みが後を絶たず、復興作業は終わりが見えない。


 極めつけに自国の王都が陥落したとかいう話も飛び込んできた。


 完全にキャパオーバーである。


 多忙の原因の一つは商人。


 コーラス商会の不祥事を聞きつけた中小規模の商会、商人がこぞってナッツィナに訪れた。


 その為、食糧難に陥る事もなく、町を覆う大量の『外なるもの』の残骸は、良質な木材として商人たちが伐採していった。


 それ自体はありがたい事であっただろう。


 問題はその後、中小規模の商会の長達がこのナッツィナにて一同に会し、協議の結果「民間商業連合」なる連立組織が結成された。


 これまではコーラス商会が商人ギルドを介して監視していたが、ナッツィナにおいて商人ギルドは壊滅状態にあり、商人たちは自由に行動ができたのだ。


 様々な分野のシェアの大半を占めているコーラス商会に、個々では太刀打ちできない彼らは今まで辛酸を舐めさせられていたため、この動きは非常にスムーズだった。


 そしてシェアを奪われ、仕事を失くした人々をナッツィナに呼び寄せる。


 結果、大量の移民によって建物が足りなくなった。


 彼らは自分で家を建てると言うが、領主としては勝手に住み着かれては困るのだ。


 土地の権利は領主が持つものであり、商人が勝手に売買して良いものではない。


 なので商談が始まるのだが、これが非常に多い。


 ただでさえ復興で忙しい中、移民の代表や商人からの面会が後を絶たない。


 次の原因は教会からの使者。


 厳密には彼らの行動が悪いわけではないのだが、原因となってしまったと言える。


 前任の司祭の不祥事をなかった事にしたい彼らは、イメージアップの為に善意と慈愛に溢れたボランティアを行った。


 それは町民に対して、炊き出しや負傷者の治療などを無償で施すというもの。


 これに後から来た移民があやかろうとし、町民との衝突が起こったのだ。


 騎士や衛兵は大半が戦死したため、こういった事態を鎮圧する力が不足していた。


 傭兵を雇って解決しようとしたが、そうすると相手も傭兵を雇い出す始末。


 頭の痛い問題であった。


 教会はイメージアップしたい。


 移民は仕事を失くし、金欠の人がほとんどで少しでも節約したい。


 元々の町民は失ったものが多すぎて余裕がない。


 傭兵は金さえ積まれれば、規則に違反しない限り大抵の仕事は受ける。


 商人や移民の護衛などで、外から新しく傭兵が多い事も事態悪化の一端を担っていた。


 人が集まれば金や物資が集まる。


 そこに目を付けたマフィアや盗賊などの反社も領主を苦しめる要因だ。


 元々いたマフィア「森竜会フォレストドラゴン」が壊滅した結果、新しい市場を開拓しようとして、そういった連中が密かに入り込んで来ていた。


 反社は「土地さえ買ってしまえば」と、商人を仲介して足場を築こうとしている。


 民間商業連合が結成されたが、全ての中小の商人がそこに属した訳ではない。


 コーラス商会相手に上手く立ち回れるか様子見する勢力も居る。


 あるいは元から反社と繋がりのある商人も居るだろう。


 そういった細々こまごまとした商人と癒着して、徐々に町へと入り込んできた。


 当然、取り締まる衛兵の数が足りない。


 傭兵を雇うにはお金が必要で、お金を稼ぐには商人と商談しなければならず、商人の要求を受け入れると移民が流れ込んできて、移民が増えると町民の感情が悪化して、移民と町民の関係が悪化すると治安が悪くなり、治安が悪くなると反社が増えて、反社に対応するには傭兵を雇う必要があって……。


 そんな感じで負の連鎖が止まらない。


 成人すらしてない年若い女領主という事実も原因の一つなのだろう。


 老獪な連中は、付け入る隙を虎視眈々と狙っているのだ。


 とにかく、領主は多忙を極めていた。


 朝起きてから寝るまでの間で、仕事のことを考えない時間が無い程に。


 当然だが、内政を傭兵に手伝って貰う訳にはいかない。


 もし「領土の運営を国籍の無いの人に任せます」なんて言う領主が居たら速攻で縛り首だろう。


 正規雇用しようにも、今となっては誰かの息のかかった者しか来ない。


 そうなれば内側から誰かの都合の良い町に作り変えられてしまう。


 まだ十三歳という若さだが、領主であるロナはきちんと現状を理解していた。


 執事の一人がコーラス商会と癒着していた過去から、身をもって学んだ事だ。


 彼女は同じ過ちは繰り返さないと、あの夜に父祖に誓ったのである。


 だが、それはそれとして、忙しすぎて精神を病みかけていた。


「もう一度、お父様たちとお話ができれば……」


 彼女は弱音を自室で一人、誰ともなく零す。


 しかし死神を崇拝するのは邪教徒呼ばわりされてしまいかねない。


 秘密裏に頼もうにも、聖女とは否応にも目立つ存在だ。


 簡単にできる事ではないし、何よりそんな暇もない。


 どれだけ必死に働いても一向に楽にならず、つらい事ばかりが増えていく。


 疲労困憊の体をどうにか動かし、明日に備えて眠ろうとした時、執事として働いてた男が、断りもなく部屋に入って来た。


「……貴方、どういうつもりですか?」


「お嬢様には、これから過労で倒れて貰いたいと思います」


 引き攣った笑みを浮かべ、じりじりとにじり寄ってくる男。


 弱り目に祟り目と言った所だろう。


 彼は反社に買収され、前の執事がやったようにまつりごとを裏から操ろうというのだ。


 王都が落ちて、国家全体が浮ついているという事も大きい。


「誰かっ!?」


「誰も来ませんよ。他の連中もを見つけて仲良くしてますから」


 男の言葉に、ロナはとうとう何も言えなくなってしまう。


 もう自分ではどうしようもないと絶望してしまう。


「私は、ただ、この町を……」


「分かってます。みんな分かってるんですよ……でもね、理想で現実は変えられないんです」


「いやはや、まったくもってその通りね」


 唐突に割り込んだ第三者の声に、ロナと男は驚いて扉の方を見る。


 赤褐色の髪と、髪よりやや薄いが同色の肌をした女性が居た。


 彼女の身に纏う服装は学者然としたもので、如何にも賢しいといった雰囲気を醸し出している。


 黄色の瞳に横長の瞳孔で、どこか愉快気に二人を見つめる。


「だ、誰だ!?」


「いやなに、私はちょいと死者の声が聞こえるクチでね、案内された通りに来たらこんな有様だったのよ」


「死者の声……まさか!?」


「ああ、この町を守って救ったっていう聖女とは無関係……ではないけど、まあ良い関係ではないわね」


 彼女は蛸の魚人であり、かつては死体を操り、港町ランゴーンの地下で『外なるもの』の招来を成した者。


「私はね、所謂いわゆる死霊術師ネクロマンサーというやつなのよ」


 アリドの足取りを、少し遅れて辿って来た死霊術師であった。


 ニヤニヤとあくどい笑みを浮かべて、彼女は男を指差す。


「その証拠に、君に死者の声を届けようじゃないか」


「えっ、何? ……あ、待ってください、違うんです、これには……あ、ああアアアアァァ……」


 男は次第に正気を失って行き、最後には何かに必死に謝りながら体を丸めて蹲る。


 両耳を掌を押し潰しているが、それは何の意味もない。


「……あ、あの!」


 それを見たロナは、彼女が死霊術師である事を確信して声をかける。


「ああ、少し待って。今この霊から報酬貰うから」


 その言葉にロナは素直に従い、ちょこんとベッドに座る。


 死霊術師は救出の対価として、この町で起きた出来事の情報を得る。


 言葉ではなく、イメージや概念として受け取るのだ。


 そこで彼女は、アリドの近くに、眷属を乗っ取り現れた昏い虹色の瞳をした少女が居る事を知る。


「(これ、下手な情報売るとこっちが危ないわね)」


 アリドと接触するには、大きな危険が伴うと知った。


 死霊術師の計画は少し狂ったが、まだ軌道修正できる。


「……はぁ、まあ良いか」


「あの、もうよろしいですか……?」


「ん? ああ、駄目よ」


「あ、はい。待ちます」


「そうじゃなくて、貴女、領主なんでしょう? 何でそんな下手に出てるのよ。そんなだから商人にも反社にも舐められるのよ」


「え、えぇ……?」


 急な駄目出しに困惑するロナ。


「急ぐ理由もなくなったし、一応残骸でも研究材料になるかもしれないし、暫く私が貴女をサポートしてあげるわ」


「ええっ!?」


「後はそうね。死者の声が聞きたいのでしょうけど、駄目よ……引き摺られるから」


 ロナは内心を見透かされて言葉を失う。


「死者の影を追った先にあるのは、貴女自身の死よ? それとも、もう諦めて死にたい? もしそうなら、楽に死なせてあげるし、貴女の死体は私が有効活用するわ」


「い、嫌です……」


 死霊術師の圧のある言葉にしどろもどろになって答える。


 しかし確かな拒否をした事に満足し、死霊術師は頷く。


「なら、まずは私を雇用しなさい。契約内容は私が貴女を支え、貴女は私に『外なるもの』の残骸を私に提供する事。期限は町の復興が軌道に乗って、後継ぎの人材が揃うまで、又は、私が死霊術師である事を貴女が口外するか……どちらかを満たした時点で契約は終了。これで良いかしら?」


「きゅ、急に言われても……少し考えさせて下さい」


「良いわよ。私はこの男をちょっと加工してくるから、帰って来るまでに決めてね。それはそうと、雇用を断られたら私、きっと不安になって何するか分からないわ」


「え……?」


 この後も色々あったが、死霊術師ネクロマンサーは晴れてロナの専属メイドとして雇用される次第となった。


 古人曰く、「蛇の道は蛇」と言うように、死霊術師の手腕は邪道ではあったが反社や悪徳商人相手には極めて効果的であった。


 彼女は復興や政治、商談を手伝う一方で「世界の外」に関する研究を進める。


 いつか世界を越えるために。




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