第117話


 ※ 三人称視点



 デュオイット王国の首都陥落は疾風迅雷の如く各国へ伝わった。


 たった一体の『外なるもの』が強国の首都を落とせるとなると、他の国々も他人事ではなくなる。


 次は自分の国かもしれないのだ。


 大きな被害が出て、ようやく各国家は『外なるもの』の脅威を正しく認識しようと努力を始めた。


 自国が『外なるもの』の被害に遭っていない国は、「なんかやたら強い魔物が居る」という程度の認識だったのだ。


 唯一生き残った軍人の情報を頼りに各国は対策を考案するが、実の所『外なるもの』は個々に大きく異なる特徴を持っている。


 一体の『外なるもの』の情報を元に対策を講じても、別の『外なるもの』が相手では意味が無い場合が多い。


 しかし他の情報が無いので、その問題点に気付くのはまだ先の話だ。


 教会と疎遠な国は、特に。




 ハーゲンディが教会自治領に到着すると、ナッツィナへ向かう前より見ない顔が増えている事に気付いた。


 馬に跨って町を走る彼は、言うまでもなく目立つ。


 ハーゲンディの帰還に気付いた領民達が、彼の元に集まる。


「使徒様、おかえりなさい!」


 笑顔になる領民の表情から「安堵」を読み取ったハーゲンディは、質問を投げかける。


「うむ、今戻った……して、吾輩が少し離れた間に随分と客人が来たようであるな」


「ええ、そうなんですよ。自分はどこどこの貴族だーって感じの連中とか」


 一人が喋り出すと、次々と領民が見聞きした事をハーゲンディに伝える。


 貴族がどうとか、急に傭兵が増えたとか、隣国で大事件が起きたとか。


 他愛のない雑談程度のものから有用そうな情報まで、とにかく沢山の声が彼の耳に入る。


 その全てを聞き分け、理解し、自治領で起きている事を把握した。


「(目立つ客人は、他国の軍人や貴族……どこかで大きな被害が出て、目を逸らせなくなったが故に慌ててすり寄って来た、といった感じであるな。傭兵の方も似たようなものか。行き先や帰り先、あるいは暮らしていた場所に問題が生じたか)」


 他国の貴族は『外なるもの』に現状一番詳しいであろう教会を頼って集まった。


 教会は最初、民衆の不安を煽らぬよう秘密裏に『外なるもの』という脅威を排除しようとしたため、情報統制がされていて、今は教会自治領の研究所が秘匿している。


 どうも客人はそれを知っているらしいと言うのだ。


 だが民衆はそれを知らないので、客人を不信がっているようだ。


「(どこでその情報を掴んだのだか……少し洗った方が良いか……?)


 ハーゲンディは持ち前の信用と話術で、民衆の感じている不安をケアをしてから、まずは自宅に戻る。


 彼の自宅は教会のすぐ近くにある。


 愛馬を自宅に併設してある小屋に戻し、その足で教会に向かった。


 教会自治領の教会は城としての役割もあり、城壁に似た巨大な壁に覆わている。


 巨大な門があり、そこを潜ると長い道と階段が眼前に広がる。


 約三百段の階段を上った先に教会がある。


 元は小高い丘の上にあった小さな教会であったそうだが、使徒の降臨に伴い、人が集まり、機能が集約された結果、山のようにそびえ立つ教会となったという逸話が存在する。


 他の教会とは一線を画す大きさから、大教会などと呼ばれる事もある。


 難なく階段を上り切り、大教会へと帰還した。


 ハーゲンディに気付いた聖職者が彼に声をかけた。


「ハーゲンディ様、よく戻られました」


「うむ、今戻った。して、猊下は何処に?」


「今の時間であれば、高塔の執務室に居られるかと」


「あい分かった」


 大教会は非常に広大で、入り組んでいる。


 慣れない者であれば、迷宮を歩いている気分になれるだろう。


 ハーゲンディは迷いのない足取りで教皇の居る執務室を目指す。


 途中、聖職者にどこかへ案内をされている貴族風の人とすれ違う事もあった。


 気にせず進み、目的の部屋に到着すると、ノックをして返事を待たずに扉を開ける。


「入るぞ」


 部屋の主、絹糸のように綺麗な白色の髪と髭を生やした壮年の男性は、書類から顔を上げて闖入者に目を向ける。


 彼こそが教皇ロフェト。


 大教会の精神的指導者であり、秩序の神の使徒でもある男だ。


「ハーゲンディ、勝手にどこに行っていた? 枢機卿共がな……」


「そんな事より、『外なるもの』を二体、撃退に成功した」


 教皇の言葉に割り込んで情報を伝えるハーゲンディ。


 温厚で知られるロフェトも苦言を呈したくなったが、内容が内容なため、ハーゲンディの話に興味を持つ。


「二体だと? 詳しく話せ」


「その前に、死神の聖女と、混沌神の使徒候補も見つけた。そしてこの使徒候補だが、混沌神から猊下と似た予言を聞いていたと言うのだ」


「……分かった、一つ一つ丁寧に話せ」


 ハーゲンディはナッツィナでの出来事を話し出す。


 途中ロフェトの質問を受けながら、話は深夜まで続いた。






 異界に呑まれ、滅びた王都ゼミドット。


 その奥で、銀色の肉塊が蠢く。


 再生が上手く行かないようで、膨れ上がった肉が形を維持できず崩れる。


 魂を燃焼させて放たれた極光によって、存在という概念ごと体の九割を焼滅させられた『外なるもの』は、修復困難な損害を被った。


 だが死んではいない。


 仮に、ここに同類が居たら、きっとこの『外なるもの』をこう呼ぶだろう。


『因果侵犯者』


 今の場合だと、死に至る要因を侵し、至る結果を歪める事で生き残っている。


 他には「触手を斬られた」という要因から導かれる「当たらない」という結果を侵犯し、攻撃が当たるように現実を改変するなどが可能となる。


 黒い血文字が呪文を象り、眷属に張り付く。


 そして因果を侵し、犯す。


 『外なるもの』は眷属を変化させ、新しい体を創造する事で傷を癒そうと考えた。


 黒い血も多くが焼失し、量は少なく、再生速度は遅々としたものである。


 それでも、この異界に侵入してくる外敵は居ない。


 ヴォーケンが斬り拓いた境界の穴は、既に埋められていた。


 眷属化した元王都の住民、累計約四万の内、百や二百を修復に費やした所で痛くもかゆくもない。


 概ね順調に愉悦目的達成できていると、『外なるもの』は考える。


 完全再生までに非常に時間がかかるので、暇潰しに外に出した眷属の視界を通じて世界を俯瞰する。


 すると、以前の裏切者の子供見つけたではないか。


 山間の湖のほとりの町で、眷属化を振り払った裏切者の子供。


 再生を終えたら、あの子を狙おう。


 きっとあの町で上手くやっているだろう。


 きっとあの町に大切なものが沢山できただろう。


 きっと、そうであってほしい。


 眷属越しに子供デュアンを観察しながら、『外なるもの』は次なる愉悦目標を思索する。


 一応、この『外なるもの』に世界を滅ぼすつもりはないが、愉悦目的のために楽しんだ結果滅ぶなら、それは仕方ない事だと考えていた。


 アリドが知ったら、きっとこう言うだろう……「ゲーム感覚かよ」と。


 そして、それは正しいのだ。




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