第116話


 ※ 三人称視点



 王都消失。


「王都が、消えた……? どういう意味……いや、どういう状態だ?」


 疑念の声を零し、その報告を受け取ったのはデュオイット王国軍の将軍。


 暗い色の全身鎧に覆われた姿は威圧感に溢れている。


 この将軍は『外なるもの』に対する備えとして、王都を囲むように展開し、防衛網となる軍隊を指揮していた人物だ。


 王都へ定期報告に向かった部下が、信じ難い情報を持ち帰って来た。


「はい……何というか、まるで地面が巨大なスプーンでくり抜かれたようなクレーターになっていまして……」


「与太話にしか思えんが……」


 頭を振って深く息を吐く将軍。


 王都はおおよそ五万の人口を擁する。


 天を衝く王城、その足元に広がる都市、それら全てを覆い守る何重にもなる城壁。


 優秀な貴族、騎士、傭兵、学者が集まり、大陸東部の国々を先導していた人材。


 この全てがたった数日で根こそぎ無くなったなどと、誰が信じられるだろう。


「例の……『外なるもの』と言ったか……それは発見できたか?」


「いいえ、何も発見できませんでした。地上、地中、空と調査しましたが、異常は見られませんでした」


 将軍は彼らが嘘を吐いているとは思っていない。


 だが、信じ切ることもできないでいた。


「……学者と聖職者を集めろ。私が直接王都を確かめに行く」


「了解しました」


 報告に来た伝令兵に次の命令を与え、副官にも指示を出す。


「防衛網の指揮は副官に預ける。それと、王都の外で活動中している王族の安全確認を急がせろ」


「はっ、承知しました」


「もし先の報告が真実であれば、我々の防衛網はすり抜けられた事になる……念のため、各所の計測魔導器の観測結果を改めておいてくれ」


 恭しく一礼をする副官に後を託し、将軍は急ぎ部隊を編成する。


 時刻は空の大半がまだ暗い早朝。


 どうか何かの間違いであって欲しいと祈りながら王都を目指す。




 一方、『外なるもの』によって異界に取り込まれた王都。


 正気を保ったまま生き残っているのは、たった三人。


 太陽神の聖女エスリン、王都の守将ハイノース、稀代の傭兵ヴォーケン。


 それ以外の人類は、異界化した王都に一人も居ない。


 民も、貴族も、聖職者も、騎士も、兵士も、傭兵も、誰もかもを眷属にされた。


 異界化に呑まれた食物や水を口にすれば眷属化が進むのだから、こうもなるだろう。


 三人が例外的に正気を保てているのは、聖女の力が大きい。


 エスリンの祝福によって、食物と水を飲食可能な状態にできたのだ。


 ただし量は少ない。


 一人でも少ないほどで、それを三人で分け合えば限界はおのずとやってくる。


 今では三人とも目元は窪み、唇はカサカサでひび割れ、頬はこけ、息をするだけで喉が痛み、指先を動かすことにすら苦しみを覚えるほどに追い詰められている。


「げほっ……太陽が、ない……神の声が、気配が、もうどこにもない……」


 エスリンの言葉を聞き、他の二人も限界が来たことを悟る。


 太陽の無い異界において、太陽神の聖女は徐々に力を失っていった。


 それが今、完全に失われたのだろう。


「――だから、今日で決めるよ」


 しかし、目は死んでいない。


 三人とも、心はまだ折れていなかった。


 眷属や『外なるもの』の目を盗み、異界化した王都の端まで到着していた。


 脱出する作戦を立てていたのだ。


 内容は、まずヴォーケンの魔法によって異界を斬り裂き、外と繋がる事でエスリンの力を取り戻す。


 そして社会的な地位と信用のあるハイノースが真っ先に脱出し、外にあの『外なるもの』の情報を届ける。


 二人は最後まで戦い、抵抗する。


 ハイノースが確実に逃げ切れるように、少しでも多くの時間を稼ぐ。


 これが三人の立てた作戦だった。


 最後まで戦う事を選びたかったハイノースだが、自分の力では足止めをできないと判断したため、この役割を不承不承受け入れた。


「……行くぜ」


 剣に手をかけ、異界の端、脈動する赤い境界を睨む。


 魔力を限界まで込めた一閃が、一面の赤の中に黒一文字を刻んだ。


 異界が鳴動し、それに気付いた眷属と『外なるもの』が三人を捕捉した。


 一斉に三人を目指して集まってくる。


 ヴォーケンの一太刀では、異界を覆う赤を突き破れなかった。


「(なら何度でも斬りゃ良いだろうが!)」


 彼の『切断』の魔力は、時間をも斬る。


 膨大な魔力を使い、一太刀に十の剣閃を込め、再度異界を斬り裂く。


 亀裂など入らない。


 綺麗な異界と現実世界の切断面を、外から注がれる太陽の光が照らしていた。


「我が身、我が魂をもって、あまねく照らし渡らん」


 聖女としての力を取り戻したエスリンが祝詞のりとを唱える。


 彼女の体が太陽のように光り輝き、赤い異界を白く染め上げ、駆逐していく。


 そして光速で『外なるもの』に向かい、極光の剣を作り出して振るう。


 巨大な体が熱したナイフで切るバターのように真っ二つになった。


 断面から溢れ出る黒い血が踊り、異界の文字を象ろうとする。


 それが呪文となるより早く、エスリンの放った光が黒い血を蒸発させた。


 左右に分かれた『外なるもの』は、触手を振るってエスリンを攻撃する。


 極光の剣で触手を切り捨てようとするが、剣は触手に弾かれる。


「――ッ!?」


 光速で動くエスリンは、触手に掠りもしないが、攻撃が弾かれた事に驚く。


「(どういう事だい? クソッ、私に残された時間も少ないってのに……!)」


 エスリンは自分の体と魂を光に転換して力にしていた。


 出力を上げれば、その分限界は早くなる。


 再び溜まりだした、とめどなく溢れる黒い血を光で蒸発させようとするが、こちらも蒸発させられなかった。


 仕方なく出力を上昇させ、光の強度を上げる。


 そうすると何の抵抗もなく蒸発させる事ができた。


 襲ってくる触手も、強度を上げた極光の剣であれば切断できたが、しばらくすると効かなくなる。


「(これは……『ダメージ抗体』とでも言えば良いのかね? 一度受けたダメージ以下のダメージに対して抗体を得る……つまり火力を上げて行かないとダメージが通らない……この情報はハイノースに渡さないと不味いね)」


 エスリンは光速で二人の元に戻る。


「ハイノース、聞きな」


 急に現れたエスリンに驚く二人を無視して、先ほど知った『外なるもの』の能力を手早く説明する。


「頼んだよ」


 そう言い残し、エスリンは再び『外なるもの』との戦いに向かう。


「だ、そうだ……行ってくれ、旦那」


「……分かった」


「ハッ、なんて顔だよ」


 ハイノースは酷く顔を歪め、歯を食いしばっている。


 そんな顔を見たヴォーケンが茶化すように言う。


「なあ旦那、いつかあの化け物に勝てたら、俺らの戦いを語り継いでくれや」


「ヴォーケン……」


「金貰ってもしゃーねーしよ、報酬はそれで頼むわ」


 異界化した王都から、何十、何百もの眷属が二人に迫ってくる。


 見えてる範囲ではそれだけだが、実際は何万という数が集まっている。


「行けッ!」


 ハイノースは、ヴォーケンの言葉に背を押されるように異界から脱出する。


 彼は防衛戦線として展開された軍隊を目指して走る。


 幸いな事に、太陽が方角を教えてくれた。


 ヴォーケンはハイノースが無事に脱出したのを見て、安堵したように息を吐く。


「さーて、最後のお仕事と行くか」


 津波のように押し寄せる眷属の群れを前に、彼は不敵に笑って見せた。


 その時、空に二つ目の太陽が現れたと思うほど明るくなる。


 エスリンが『外なるもの』を一撃で仕留めるために、体と魂の全てを光に転換したのだった。


 殉教と共に放たれた一撃は『外なるもの』の巨体の九割を焼滅させた。


 その余波で後続の眷属が幾らか焼かれる。


「(婆さん……)」


 ヴォーケンは魂の残照に一瞬目を奪われるものの、すぐに自分の仕事に戻る。


 眷属を斬って、斬って、斬って、斬り続ける。


 ヴォーケンは、最終的に千を超える眷属を単独で斬り伏せた。


 彼の最期は壮絶で、残酷で、けれど名誉あるものであった。




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