第115話
仕事が終わる頃には陽が沈んでいた。
魔物を沢山吸収できたし、悪い仕事ではなかったよね。
働きたくない事には変わりないけど。
あのギルド長は俺の需要を理解してる節がある。
良いように利用されてると感じるが、美味い仕事を回してくれる相手でもあるので断り切れないでいる。
「でもなぁ……働きたくねぇ」
今回の件で、俺がどうこうしなくても人類が勝手に『外なるもの』に勝てるようになっていれば良いんだが。
混沌の神様にでも聞いてみようかね。
祈って念じてみる。
『まだ無理だよ!』
そんな事をしていたら神様の声が聞こえてきた。
とうとう例の空間すら介さなくなったか。
まあ良いけどさ。
遠くでは傭兵達が魔導髄核の調査を進めていた。
イナーシャも調査に参加していて、俺は一人で何もせずに立っている。
夕暮れ時、人の居なくなった復興中の町を、なんとなく眺める。
陽が沈むと魔導灯が点かない場所は真っ暗になってしまう。
更に季節は冬。
普通の人には寒さも厳しく、暖を取らねば病気に罹る心配もあった。
健全な状態で残された僅かな建物の中で、密集して生活をしているのだから、その中で風邪が流行でもしたら大変な事だ。
そんな理由で復興作業は早めに切り上げられている。
俺はまだ仕事中なのにね。
魔物吸収しただけなんだけどさ。
実際、一般人から見た魔物の脅威ってどの程度なんだろうか?
後でソノヘンさんにでも聞けば良いか。
そんな感じで考え事をしていたら、調査が終わったのかガザキがやってきた。
「アリド、今の地点で調査は最後だ」
「ん、分かった。ここで解散で良いのか?」
「いや、仮設ギルドに戻り報告の必要がある。だから帰還の号令を頼む」
「りょ……仕事は終わりだ、ギルドに帰るぞー!」
傭兵達が応えたのを確認して、帰路につく。
イナーシャをあしらいつつ、拠点となっている仮設ギルドに到着する。
内部は様々な店舗がごちゃ混ぜになったような感じで賑わっていた。
報告はガザキに任せ、俺は適当なテーブル席に座る。
一緒の班になった傭兵達も周囲に集まってきた。
「あ、そうだ、これ返す」
そう言って隣に座ったイナーシャが剣の柄を渡してくる。
「アタシ魔術あるし、結局使わなかったし、それアイツのなんでしょ? イラナイ」
「俺もいらんのだが」
「じゃあ捨てちゃえば?」
「うーん……」
元の持ち主、ジレンの過去を見ると、中々重いものが込められてんだよねコレ。
それに結構貴重な物っぽいから、捨てるのは勿体ない。
俺が悩んでいると、ガザキが報酬を持ってきた。
「報酬を分配する。代表者はテーブルの周りに集まってくれ」
ガザキがそう言うと、イナーシャは席を離れて少し下がった。
入れ替わるように各傭兵団の団長がテーブルを囲う。
報酬は団員の人数で分配するのではなく、団の総力から考えて負担をどの程度したのかで分ける事にした。
累進課税的な考え方だ。
生き残った傭兵の数によって負担が変わるし、負担が偏ると不和が生まれる。
そんな感じでギルド長に進言したら導入された。
面倒な事態にならないようにしたが、計算が面倒になった。
「……すまない、アリド。計算を手伝ってくれ」
ガザキが申し訳なさそうな顔で言ってきた。
最後の最後まで仕事をしろというのか。
「まあ良いけどさ」
報酬の額と、渡された傭兵団の情報を元に計算を行う。
前世じゃ無理だった暗算も、魔力で脳を強化すれば問題なく行える。
少々面倒だったが、算出した値をガザキに渡す。
「ほい」
「感謝する……よし、分配するぞ」
確か前に計算方法は教えたと思ったが、一回じゃ覚えきれなかったか。
報酬を受け取ると、傭兵達は解散していく。
少し雑談した後、ガザキ達もイナーシャの手を引いて去っていった。
俺も帰るか。
宿泊に使っている建物を目指して歩いていると、馬に跨った使徒と出会った。
「アリド、時間はあるな?」
「今から陸に打ち上げられた魚の練習をする予定なんだが?」
「ついてまいれ」
最近はどいつもこいつも俺の話を聞きやがらねえ。
質問の形式を取ってるなら俺の回答に反応しろよ。
これでついて行かなかったら、それはそれで面倒そうなので仕方なくついていく。
人気の無い場所で、使徒の足が止まる。
「単刀直入に言おう。アリド、うぬはヒトではないな」
「……一応聞くけど、根拠は?」
「吾輩の信仰する、神の恩寵である」
……どうすっかね。
「早とちりはするな。吾輩は何もうぬと敵対しようという訳ではない」
「なら何の神様なのか、教えてくれても良いんじゃない?」
「よかろう」
あ、教えてくれるんだ。
「人類の神――それが吾輩の主たる神である」
「なるほど」
そりゃあ俺が人じゃない事くらい一瞬で分かるだろうな。
その言葉が真実であれば。
「疑問に感じていよう。故に説明するが、吾輩は人類の為し得る行動、起こし得る事象であれば、その全てを達成できる」
なにそれチートじゃん。
「種族的な壁とかは?」
「無論、何の障害にもならぬな。とは言え、神の恩寵で人類全ての知識が得られる訳ではない。吾輩自身が知らぬ事はできず、学ばねばならぬ。それと人類の為し得ぬ神の奇跡、つまり他の使徒、聖女の権能はどうあっても再現不可能だ」
「ふーん。じゃあ何で正義の使徒だなんて名乗ってんの?」
「それは吾輩の矜持によるものだ。少し長くなるが……」
「あ、じゃあそこはいいや」
なんとなく予想はできるし。
「んで、先の質問に答えるなら、心は人のつもりだと言っておく」
「で、あるか……ならば良い」
「俺は混沌神のせいで普通じゃないけど、心は普通のつもりだから」
「普通ならば、働いて衣食住を充実させようとするものであるぞ」
「こういう言葉もある……『俺は俺、他人は他人』とな」
使徒から呆れたような顔をされる。
心外だ。
「……混沌神に目を掛けられる魂が真っ当とも思えんのだが、うぬが招く混沌はどうも気が抜けるものばかりであるな」
「褒めても何も出ないぞ」
「褒めてないのだが?」
「ナイスジョーク」
今度は溜め息まで吐かれた。
「……ともあれ、吾輩はうぬの内心を計りたかったのだ。教会自治領に戻る前にな」
「つまり、さっきまでの話で俺がどう反応するかを試したと」
「然り、その頭の巡りの早さは褒めるに値するぞ」
「えー……仕事が増えそうな事で褒められても……」
「うぬの価値基準は理解できぬ……いや、自堕落な者に見られる傾向と一致するが、その割に責任感が強いのが何とも意味不明である」
俺はヒモニートになりたいだけで、人類が滅びるとヒモニートになれないから、結果として『外なるもの』と戦う羽目になってるってだけなんだよな。
眷属とかが社会を築いたとして、奴らは『外なるもの』の狂信者的な側面があるし、ヒモニート生活とか絶対送れない確信がある。
そんな世界になったら、きっとそこは奉仕と労働でできた地獄だろう。
絶対ヤダ。
「俺はただ、働かずに、誰かの脛を齧って、寄生虫のように生きたいだけなんだ」
「目標としては最低最悪だが、その為に『外なるもの』とも戦うというのは、大概に狂っておると思うぞ、吾輩は」
そうかな……そうかも……。
いやでも結構追い詰められてるんだぞ、人類。
「じゃあ死ぬか、眷属になって死ぬまで奉仕労働しろと?」
「どうしてそう極端なのだ?」
「混沌神が世界滅ぶって予言したし、極端にもなるべ」
「……待て、混沌神が……いや、嘘ではないようだな」
嘘を見抜く技能でも……まあ、あって当然か。
先ほどまでの緩い空気が一変し、険しい表情になった使徒。
「吾輩はこれより急ぎ教会自治領に戻る。うぬには司祭ソノヘンニールの護送を完遂して貰いたい」
「ソノヘンさんから受けた仕事だし、途中で投げるつもりはないよ」
「そうか、やはり混沌神に見込まれるだけの事はあるな」
「それ褒めてる?」
「さてな……では、さらばだ! 行くぞ、チャリデー!」
「それ馬の名前?」
俺の質問に対する回答はなく、使徒は空に架かった光の道を馬と共に駆けて行く。
とりあえずあの使徒、ハーゲンディと敵対する心配はなさそうだ。
心配の種が一つ消えたし、まあ良しとしようか。
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