第113話


 ※ 三人称視点



 二体の『外なるもの』を倒した後に歓声は無く、町は静寂に満ちていた。


 誰もが疲れ切っていたのだ。


 僅かに残った無事な建物の中には、先の戦闘の功労者や、労力にならない老人や子供が身を落ち着けていた。


 その中には、宿屋「積木亭」で強力な眷属を撃退したクタニアとユーティも居る。


 彼女達は一つの部屋で一緒になって休んでいた。


「クタニアちゃん、そろそろ寝ましょうねぇ」


「ですが、私だけ休むというのは……」


「大丈夫ですよぉ、私も一緒に寝てあげますからねぇ」


 ユーティはクタニアを抱きかかえ、胸に顔を埋めさせて頭を優しく撫でる。


 そのままベッドの上に倒れ込んで、一緒に横になる。


「休んで万全の状態に整えておくのも重要ですからねぇ」


「そうかもしれませんが……」


「夜更かし……いえ、徹夜ですねぇ。とにかく、寝ないのは肌に悪いですよぉ」


「私は別に……そういう、のは……」


 クタニアは言葉で抵抗感を示すものの、目蓋はゆっくりと落ちていく。


 ユーティの言葉や仕草によって眠気を誘われて、しばらくすると寝てしまう。


 クタニアが寝た事を確認すると、ユーティは精霊に監視と警護を頼む。


「私も寝ますかねぇ」


 自身の体に異界の魔術をかけて、強制的に眠りに落ちる。


 夢の世界に向かう為に。




 枯れ朽ちた緑の偽神グリーンアルコーンの骸を這い、町から離れる一匹の白い虫が居た。


 残っていた虫が居たのだ。


 力の大半を失ったものの、緑の偽神グリーンアルコーンの核を喰らい、その特性を引き継いだ虫だ。


 今、この虫の中には二体の『外なるもの』の精神が避難していた。


 全速力で逃げる虫に追いつく人影があった。


 それはユーティの眷属、オーベッド。


「見つけました」


 彼が虚空に向かって報告すると、右目の瞳の色が変化していく。


 黒から、くらい虹色へと。


 弱った『外なるもの』を捕らえる為に、ユーティが夢を介してオーベッドの瞳だけを奪う。


 その瞳に映った『外なるもの』の精神が、彼女の夢に引き込まれる。


 虫が一度ピクリと跳ねた後、動かなくなった。


 用が済んだユーティは瞳をオーベッドに返し、夢の領域へ向かう。




 ユーティの夢の中は美しい珊瑚礁の海なのだが、その光景に馴染む事を全力で否定しているような緑と白の闇があった。


 二体の『外なるもの』の精神体の前にユーティが現れる。


「ごきげんよう、


「夢の領主か、なにゆえ儂らの邪魔をした?」


 ユーティの挨拶に対し、緑の闇、緑の偽神グリーンアルコーンの精神体から疑問の声が返ってくる。


「そちらが私の目的の邪魔になったからですけどぉ?」


「ほう、これは異な事を言う……儂らと召喚者は同じと見るが」


「でしょうねぇ。でもアレの要求は『好きに暴れろ』でしょう?」


 彼女ら『外なるもの』は、何者かによって呼び出される事でこの世界にやって来たのだという。


「いいや、儂らは『人類へ害を成せ』であったのう」


「あら、呼んだ相手によって願いを変えているみたいですねぇ」


「……貴様ら、何を暢気のんきに話してる」


 呆れたような口調で白い闇から言葉が零れる。


「良いではないか。この世界において我らはじゃが、所詮は異界の存在。このように話が通じるとも限らんのじゃからのう」


「他の世界に呼ばれても大抵は無関係か敵対してますからねぇ」


「……いや、だから、敵同士だし、こちらを助けるつもりもないんだろ?」


「ええ、これから貴方達の権能を剥ぎ取って、私が取り込みますねぇ……残りは、たぶん要らないし、消しましょうかねぇ」


 さらりと死刑宣言をするユーティ。


「うむ。どうせ退場するなら、その前に楽しめるもんは楽しむがよいじゃろ」


 それに対して軽い調子の緑の偽神グリーンアルコーン


「……はぁ」


 ため息が零れる白い闇の『外なるもの』。


 ユーティは二体の『外なるもの』の解析を進めながら、暇潰しに会話をする。


「一応、念のため聞きたいんですけど、召喚者も私達のですよねぇ?」


「そうじゃな、『全知的生命体の絶滅』などという大層な目標を、大真面目に頑張る阿呆じゃ」


 緑の偽神グリーンアルコーンの言葉に、自分をこの世界に召喚した者は同じと確信する。


 次はユーティに対して、緑の偽神から質問がされる。


「こっちからも聞きたいんじゃが、おぬしの目的とは何ぞや?」


「うふふ、聞きたいですかぁ?」


「……出会い厨だし、察せるだろ」


 楽しそうなユーティを見て、ぼそりと呟く白い闇。


 昏い虹色の瞳が白い闇を捉える。


「ええ、そうなんですよぉ。この世界で運命の出会いと巡り合ったんですよぉ」


「……その何人目か分からない運命の相手を憐れむよ」


「小さな混沌――恐らく、貴方が戦った存在ですよぉ? あとアリド君レベルの魂は初ですねぇ!」


「……アレかよ」


 白い闇はうんざりしたような声を零しつつ、迷宮をぶっ壊した小さな混沌――アリドを思い出す。


 物理攻撃が効かず、雛による捕食も通用しない。


 この世界の人類から得た情報を元に開発した対魔力アンチマナも十全に機能しなかった。


 時間を稼ごうと思ったら、迷宮は触手伸ばして強引に踏破するし、戦闘では自爆までして速攻仕掛けられた。


 体に穴さえ開けられてなければ、あの魔術も耐えられたはずだった。


 搦め手は無意味に終わった。


 仲間なら攻撃を躊躇うかと思ったら、一瞬の迷いもなく殺してきたし、あまつさえ吸収したのだ。


 それに精神の守りは異様に硬かった。


「……精神に対して対策がやたらと多彩だったが、もしかしてお前のせいか?」


「私のおかげでしょうねぇ!」


「嬉しそうじゃのう」


「……好きに暴れろと言われたらしいが、そういう暴れ方はどうかと思うぞ」


 楽しそうなユーティに苦言を呈する白い闇。


「良いじゃないですかぁ。私の世界に連れ帰った時に、魂が壊れないくらい強くなってくれた方が嬉しいですし」


「……絶対、足元掬われるやつだ」


「別の世界の文化で知ったやつじゃな。フラグというやつじゃ」


「だって、お持ち帰りしようにも今の私だと返り討ちにされちゃいますもの。実を言うと、アリド君が強くなるのを止められないんですよねぇ……私がもっと手助けしてあげられれば、成長を遅延させられたんですけどぉ」


 アリドが強くなるのは嬉しいが、強くなり過ぎると計画が壊れるので困るというジレンマであった。


 ユーティは二体の『外なるもの』の解析状況を確認する。


「まだもうちょっと解析に時間かかりますねぇ……もう少しお話しましょうか。貴方達は何かやりたい事があったんですかぁ?」


「うむ、儂はな、世界樹になりたかったんじゃ」


「世界樹?」


「宇宙に届くほど高く、一国が収まるほどに太い幹を持つ大樹じゃ」


「そんなものになって、一体何をしようと?」


「そこでな、こいつと協力しようと考えたのじゃ。幹の内側に様々な環境の迷宮を創り、迷宮を攻略して様々な資材を得る為に世界中から人が集まる……そんな浪漫溢れる世界樹に、儂はなりたかったのじゃ」


 ユーティは首を傾げる。


 それのどこに浪漫があるのだろうか、と。


 彼女の思考は――アリドに言わせれば「恋愛脳」と言った所で――冒険や未知の探求に何の魅力も見い出せないのであった。


「そう、儂はこの世界における『世界樹の迷……」


「あ、解析終わったので権能貰いますねぇ」


「ぐわあああああああああああああ!!」


 興味の失せたユーティは緑の偽神グリーンアルコーンから権能の略奪を行う。


 緑の闇が分解され、夢に溶け、どんどん小さくなっていく。


 夢に溶けた闇が、青褪めた光に変わり、ユーティに吸い込まれる。


「……自分はランダムダンジョンの方が良いと思うんだけどな。繰り返し挑戦して、装備の強化、道具の充実をさせていって、徐々に先へ先へ進めるようにな……」


「あ、そっちも頂きますねぇ」


「ぎゃああああああああああぁぁぁぁ……」


 白い闇も、緑の闇と同様になった。


 ユーティは昏い虹色の瞳を明滅させて、自分に適応するように転換コンバージョンさせた権能を確認する。


「……こういう感じになりましたかぁ。まあ使い方は時間がある時に考えましょう」


 確認作業を済ませて、じっくりと権能を馴染ませていく。


 今にも消えてしまいそうな『外なるもの』へ、不意に目を向けるユーティ。


「さて、宣言通り消しましょうかねぇ……それとも何か使えるでしょうか?」


 ユーティは新しく得た権能と『外なるもの』を合わせて、何か面白い事が出来ないか思索する。


 彼女もまた、今回の戦いを乗り越えて強くなった。


 アリドお持ち帰り計画は、大きく前進したと言えるだろう。




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