第111話


 人の体は再構築できた。


 ただ魔力が無さ過ぎて服まで作れない。


 つまり今の俺は全裸なのだが、まあ別に良いだろう。


 羞恥心とかはスライムになってから大分薄れてしまった。


 結局服も自分の身体の一部だし、常に全裸みたいなものだったから。


 それはともかく、『外なるもの』は倒したが、アレは虫が一匹でも残ってると何度でも復活されてしまう。


 そして恐らく虫はどこかに残ってる。


 現に『外なるもの』の権能で創造された迷宮は健在だ。


 迷宮の位置や仕組みを考えると現実世界に造られたものではないはず。


 なら『外なるもの』を倒せたら、この迷宮も無くなるのが道理だろう。


「めんどくせえ……」


 倒すのと同時に『破壊』の魔力で包めば精神ごと殺せると思ったが、そんな事をやる余裕が無かった。


 そもそも魔術で動けなかったし。


「ああ、そういやあいつら無事か?」


 壁に四方を塞がれた傭兵達の所に向かう。


 向かう途中で、ガザキがよじ登って出てきた。


「被害は?」


「ああ、イナーシャが魔力切れを……っ!?」


 俺を見て、ガザキが途中で言葉を失った。


 まあそういう反応ができる程度の状況で済んだという事だろう。


「無事なら良い。あと服よこせ」


「わ、分かった……だが、俺ので構わんのか?」


「全裸で居ろと? イナーシャにそう言われたと告げ口してやろうか?」


「そうは言っていないっ!」


 慌てた様子で叫ぶと、いそいそと服を脱いで俺に渡してきた。


 服を着ると少し落ち着くのは、多少は俺にも羞恥心が残ってたという事だろうか。


 服を着てる間に、傭兵二人が壁の上に登っていた。


 イナーシャを抱えた傭兵を二人がかりで引っ張り上げて、脱出できたようだ。


「うー……」


 ぐったりとして呻いてるイナーシャだが、意識はあるようだ。


「一番厄介なのは倒したが、迷宮は残っている。まだ終わっていないぞ」


「あ、ああ、そうだな。それで、次はどうするんだ?」


「この迷宮のどこかに、地上で使徒が戦ってる方の『外なるもの』の心臓、あるいは核みたいなものが隠されてる可能性がある。それを探して壊す」


「虫の方はどうする? あれが残ってると成長して復活されると聞いたが……」


「後回しだ。理由は時間的な猶予。虫は後からでも処理できるが、地上がいつまでも無事とは限らん。ただ心臓を探す最中に虫を見かけたら処理して良い」


 虫が成長するという過程がどの程度の時間で終わるかは分からないが、少なくとも数時間程度で終わる訳ではないだろう。


 対して地上はいつまで持つか不明な状況だ。


 ならば優先すべきは地上で暴れてる『外なるもの』への対処だろう。


 虫が散らばって逃げられる可能性は高いが、そこは仲間に頼るとしよう。


「了解した。俺らでは判断が難しい状況だ、従おう」


「で、俺も魔力が尽きかけだから回復したいんだが、なんかない?」


「すまん、イナーシャの魔術を維持するのに薬は全て消費してしまった」


 すまなさそうな顔で謝るガザキだが、それは必要経費だ。


「なら仕方ないな……体液で良いか」


「ん? 体液?」


「そう、体液。別に髪の毛でも……いや、溶かすのにも魔力要るからやっぱ体液で」


 魔力を持つ生物の体液には、当然魔力が混じっている。


「濃い体液、つまり精液や血が好ましい」


「んんっ!?」


 傭兵の男四人が色めき立つ。


 顔が紅潮してるのは、そういう想像をしたからだろう。


「別におったてる必要はないぞ。スライムの体で尿道を逆流するだけだから」


「いや痛いって」


 俺の言葉で傭兵が急に落ち着いた。


 股間を抑えて後ずさる傭兵達。


「さっきも言ったが、血でも良いぞ。怪我した奴は居ないか?」


「いや、こっちにはほとんど攻撃こなかったからなぁ……」


 傭兵達が顔を見合わせてそんな事を言う。


「その分俺が苦労したんだから血くらいよこせ」


「分かった、俺が血を渡そう」


「そういえば団長、どうして上脱いでるんだ?」


「俺が服貰った。前の服は跡形もなくなったしな」


 異質な魔力で相殺されたせいで。


 野郎共から熱い視線を送られるが、無視しておく。


「じゃあチクッとするぞー」


 針のように鋭くしたスライム触手をガザキの二の腕に突き刺す。


 血を吸い上げ、吸収していく。


 量にして二百ミリリットルほどを貰い、魔力は微量だが回復する。


「このくらいで良いか」


「これで十分か?」


「他の三人からも同量貰えば一割は回復すると思う」


「え、俺らも?」


「え、当然じゃん」


 ガン見料だ、血で払え。


 問答無用で他の三人の傭兵からも血を奪う。


 予想通り一割は回復できた。


「くぅ、慣れない感じの痛さだったんだが……」


「スライム触手で尿道逆流させればもう一割行ける」


「すまん、倍の血奪われた方がマシだわ」


 前世ではそういうジャンルもあったが、この世界ではないのだろうか。


 まあいいや。


 出入り口のない、この広大な大部屋を探索するとしよう。


「じゃあ何かないか探すぞ。今は普通に呼吸できるが、いつまでもできるとは限らんからな」


「怖い事言うなよ……」


 いつまでも出られない事を想像したのか、傭兵の顔が少し青くなる。


 ガザキがイナーシャを受け取り、傭兵達に指示を飛ばす。


「手分けして探そう。お前たち三人は手前側から奥に、俺は奥から探す」


「了解だ、団長」


「俺は触手伸ばすから、何かあったら触手に声をかけてくれれば俺まで伝わる」


「お前ホント便利だな」


 そうして大部屋の探索が始まる。


 床と壁は傭兵達が調べるので、俺は天井でも探すか。


 触手の数本を天井に這わせて、何かないかと手探りする。


 僅かな出っ張りを見つけたと思ったら、虫だった。


 魔力視で見ると、天井に虫がぎっしりと円形に詰まっている。


「(何か隠してる?)」


 虫が触手に喰らい付いてくるが、変質魔力『破壊』で一網打尽にした。


 触手を奥に進めると小部屋があり、そこには成長途中の虫と、鮮やかな緑色の脈打つ壁があった。


 虫は人間の赤子ほどの大きさまで成長していた。


「(本命か……てか育つの早いな)」


 数時間での復活はなくとも、数日で復活されてたかもしれない。


 傭兵達に追従させてた触手の形状を注射器型にする。


「お前らぁ!! もう少し血をよこせ!!」


 傭兵達に聞こえるように大声で叫ぶ。


 驚きこそした傭兵達だが、抵抗はせず針に刺されてくれる。


「(前世だと献血は体重で決まるんだったか……)」


 傭兵達は戦う事を仕事としているだけあって、ガタイが良い。


 もう二百ミリリットル血を貰っても大丈夫と判断し、吸収する。


 これで魔力が二割まで回復した。


 小部屋に入り込んだ触手に変質魔力『膨張』を付与し、成長した虫を包み込む。


 そして変質魔力『破壊』で強引に異質な魔力ごと壊していく。


 削り合いは、俺が勝った。


 成長途中の虫と、異質な魔力は塵のようになって消えた。


 魔力はまた一割を切ってしまい、余力がなくなる。


「(後はこの変な壁だが、魔力がない……もう血は貰えないよな、命に係わる量になると思うし。やっぱ触手で尿道逆流するしか……)」


 そんな事を考えていると、足元が崩れ、浮遊感に包まれる。


 いつの間にか光は消え、周囲は真っ暗だ。


 闇の中で、落ちていく感覚だけが鮮明に伝わってくる。


 魔力視をすると周囲は絢爛なほどの緑、緑、緑。


 それでも魔力視を頼りに傭兵達を見つけ、触手で巻き取り、俺の元へ集める。


「なんだ!? 何が起きた!?」


「くそっ、何も見えねえ!」


「落ち着け! アリド、居るんだろう!? 説明を頼む!」


 慌てふためく傭兵達を、ガザキが一喝して落ち着かせる。


「虫の本体を倒した! たぶんここは、もう一体の『外なるもの』の内部だ!」


「どうすれば良い!?」


 とりあえず側面に突き当たるまで触手を伸ばす。


 突き当たった所に触手を突き刺し、そっちに自分と傭兵達を引っ張る。


 下に落ちるよりマシなはずだ。


「対ショック姿勢!」


「無理だ!」


「うるせえ、やれ!」


 その言葉の後、俺達は壁に激突する。


 俺は平気だが、ガザキ含めて傭兵は全員、衝撃で意識を失ったようだ。


 魔力視で見上げると、緑の太陽とも言える異質な魔力が見える。


「そうだ、異質な魔力……」


 壁に突き刺した、スライム触手を変形させていた魔力が相殺されていく。


「まず……」


 ただのスライム触手で全員を支える事は叶わない。


 再び落ちていく。




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