第109話


 ※三人称視点



 深緑の壁が、ナッツィナの町を覆い隠すように迫って来ていた。


 残された聖域の中、見上げる夜空は酷く狭い。


 町に迫る『外なるもの』、緑の偽神グリーンアルコーンは町全体をその巨体で密閉した後に、という行為をしようとしていた。


 当然この巨体が閉鎖された空間でそんな事をすれば、空気は希薄になる。


 空気が必要な生物を鏖殺おうさつしようというのだ。


 そうはさせまいと戦うは唯一人、使徒ハーゲンディ。


 緑の偽神が何をしようとしているかは把握できていないが、彼の第六感が壁による封鎖を達成させてはならないと叫んでいた。


 問題の壁を壊せればと、地平線まで届く極光の刃を振り下ろす。


 ハーゲンディの一太刀で壁は崩れ、壁の向こう側の夜空に星が見えた。


 だがそれも束の間、即座に再生が始まり、壁は瞬く間に修復される。


「これが『外なるもの』であるか……生命力の底が見えぬ!」


 緑の偽神の攻撃はハーゲンディを傷つけるものから妨害へと変化していた。


 ハーゲンディも時間を稼がれていると理解しているが、攻略法が見い出せずにいる。


 緑の蔦が絡まり小さな五メートル四方の壁を作ってはハーゲンディの視界と攻撃を阻む。


 あわよくば押し潰そうと上下左右から挟みにくる。


 斬っても再生され、粘液を多く含む緑の偽神の体は炎による延焼も狙えない。


 凍結させたところで自壊した後に再生される。


 多くの『外なるもの』が持ち、緑の偽神も当然保有する異質な魔力によって、概念攻撃も相殺されてしまい効果的とは言い難い。


 単純な消耗戦であれば負ける気のしないハーゲンディだったが、そうはいかないという確信があり、焦りを感じ始めていた。


「何か突破口があれば……」


 ハーゲンディは思考を巡らせ、打開策を模索する。


 彼は極めて優れた戦闘力を持つが、故に導き出す解決法は一定の方向性に偏る。


 正義を掲げる彼はまさに正道を往く者であり、邪道や裏道を使う方法を思い付けない。


 この世界の法則の外側に居る『外なるもの』を相手に、必ずしも正しい戦い方の中に有効な手段が在るとは限らないのだ。


 そうこうしてる間にも、空は徐々に狭くなり続ける。


 制限時間はもう目の前まで迫っていた。






 地下迷宮九階で、ガザキ達はアリドと『外なるもの』の戦いに戦慄していた。


「俺らであんなのと戦えるのか……?」


 全身を黒いスライムに戻したアリドが壁に囲われ、『外なるもの』押し潰されたと思ったら、轟音と共に『外なるもの』の目玉が弾けて吹き飛んで、悲鳴と共に巨体を転がしてその場を離れた。


 その時には既に弾けた目玉の再生が成されていたが、それは形だけのようで光は灯っていなかった。


 それを見た傭兵の一人が思わず呟いたのだ。


「あそこに行っても、ただの足手纏いじゃ……」


「だがアリドは我々の協力を必要とした。今は拮抗してるように見えるが、魔力量は誰にでも限界がある」


 心が折れかかってる傭兵をガザキが励ます。


 俺らの存在が必要だと、アリドだけでは限界が来ると。


「あの化け物の弱点、そろそろ分かんないかな?」


 一方でイナーシャはやる気が昂ぶっていた。


 これは、仲間を自らの手で殺めた件が尾を引いている。


 罪悪感と責任感、そして復讐心が、彼女の心から恐怖を奪い去っていた。


 軽度ではあるが、正気を失っていると言える状態だった。


「落ち着いてくだせぇ、お嬢」


「だって、化け物のせいでみんなが……!」


 燻る感情を抑えきれないイナーシャの肩に、ガザキがそっと手を置き、少し力を込めて握る。


 微かな狂気を宿した翡翠の瞳が、ガザキに向く。


「イナーシャ、気持ちは俺も、他の仲間も同じだ」


「……うん」


「アリドの作戦が上手く行かなければ……つまり俺達だけでは勝てない。あの戦いを見れば分かるな?」


「…………」


 イナーシャは俯き、悔しそうに唇を噛む。


 目尻には涙がうっすらと浮かんだ。


「だが俺達は勝つ。あの化け物を確実に殺す……だから今は、アリドを信じて待て」


「……うん!」


 ガザキの説得により、イナーシャは一時的に落ち着きを取り戻した。


「(アリドは、スライムの体に物理攻撃は効かないと言っていたが……)」


 ガザキの目には、アリドが多少であるがダメージを負っているように見える。


 実際は『外なるもの』の異質魔力による概念の相殺によって変質魔力が破壊されているだけで、スライムの体は一切ダメージが発生してないのだが、人の姿が本来のアリドの姿だと思ってるガザキにはそのように見えていた。


 恐らくイナーシャにもそう見えていたのだとガザキは考えた。


 何もできない時間というのは、責任感のある者ほど苦痛に感じる。


 自分に何かできないか、何ができるかを考えてしまう。


 その思考は、焦燥感によって衝動に変わる。


 突発的な衝動で作戦が崩壊した様を何度も見てきたガザキは、そうはなるまいと自制心を強め、心を落ち着かせる。


「団長、赤一つだ」


 この状況でも冷静にアリドと『外なるもの』の戦いを観察していた傭兵が無感情に告げる。


 彼もまた心の抑え方を身に付けた傭兵であった。


「赤が一つという事は……」


「赤は魔法に関して、数は効果の有効性だ」


「つまり魔法は効かないか……」


 作戦では必要な情報が集まった時点でアリドが色でそれを伝えるとい話だった。


 細かな連携は考えられておらず、大雑把な動きだけを決めていた。


 未知の敵が相手で、イレギュラーな事態が絶対起こる前提なので、細かく決めると支障が出るという判断をガザキとアリドで下した結果だ。


「青、三つ」


「青は魔術……魔法より効果が見込めるか」


「アタシか!」


 イナーシャの気炎が再び燃え上がる。


 ガザキが宥めるより先に報告が来る。


「黄……五つ」


「アタシ覚えてる、黄は敵の硬さだって!」


「五つか……攻撃を通す策が要るか……」


 戦いを見ていたガザキ達は、何となく敵の硬さには気付いていた。


 現にアリドの攻撃の数々を受けても、白い部分は僅かに削れる程度だった。


 目玉はダメージが通ったようだが、再生される。


 なお一つの基準として、迷宮の壁と同等の硬さであると定義された。


 つまり迷宮の壁の五倍は硬いという事だ。


 一つでも攻撃を通せないガザキ達からすると中々笑えない。


「白、一つ」


 その報告に傭兵達が俄かに色めき立つ。


「弱点を見つけたんだな!」


「白は撃破の目算ができた合図……だが勝ち筋は一つきりか……」


「親父、早く!」


「落ち着けイナーシャ……アリドから他のアプローチは?」


 逸るイナーシャを抑えつけ、ガザキはアリドの動きに注意を払う。


 事前の取り決めでは色を出し切ってから十秒は待つ事になっていたためだ。


「また黄が見える……いや、中に白が混じっている?」


「黄は敵の……ならば内部が弱点という事か? しかしどう狙えば……」


「目でしょ! アリドだってそこ攻撃してた!」


 ガザキは冷静に思案する。


 イナーシャの言葉の通りなら、アリドはその時点か、それより少し後の時点で合図を送ってきたはずだ。


 なので目が弱点とは考えにくい。


 ついでに言うと内側から弾け飛んだ時も即座に再生した。


 ならば押し潰された時に、アリドが下から何かをした、あのタイミングだろう。


 内側に繋がる「何か」ができたのではないか。


 そこから少々の時間がかかったのは、その「何か」が敵に対処されていないか確認してた為ではないか。


 この方がしっくりくるとガザキは考えた。


「……いや、恐らく下だ」


「下? あの馬鹿デカイ身体の?」


「そうだ」


 思わず絶句する傭兵達。


 そしてこの考えは当たっていた。


 アリドによって穿たれ、爆破によって拡張された傷穴は凍り付き、再生が止まっているのだ。


 変質魔力の『爆破』と『冷凍』は圧縮した触手の先端に作用し、触手が周囲の熱を急速に奪いながら冷却し、爆発した……この現象は魔法に酷似したものだが、その際に発生した衝撃と冷気は、触手という物体が変化したものなので物理現象として扱われた。


 つまり『外なるもの』特有の異質な魔力では相殺できなかったのだ。


 そして傷が開かれたままなのを確信して、アリドは合図を送った。


「大丈夫、アリドと協力すれば何とかなる!」


 イナーシャがそう言った。


 そうなってほしいという願いからくる言葉だが、力があった。


「行くしかねえのかよぉ……行くけどさぁ!」


「仲間の仇討ちだ、気合い入れろ!」


「団長、指示を」


 傭兵達もイナーシャに勇気づけられて戦意を高揚させる。


「行くぞ、アリドを支援し『外なるもの』を討つ!」


 ガザキの号令に応と答え、傭兵達は駆け出した。


 ガザキ達が体力、魔力共に万全の状態で対『外なるもの』戦へと参戦する。




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