第107話


 触手を這わせて地下迷宮を探索する。


 ほどなくしてガザキ、イナーシャの二人とは違う傭兵を見つける。


 三人は一塊になって周囲を警戒していたようで、俺の触手はすぐに気付かれた。


 睨み合ったまま動かなかったので、その間に移動して傭兵達と合流する。


「よう」


「誰だ!? ……って、確かアリドって名前の……」


 どうやら俺の事を知っている傭兵が混じってたらしい。


 なら話は早い。


「ガザキとイナーシャが探してたぞ」


「いや待て。その前にその……黒い、スライム? みたいな身体は何だ?」


 まあ流石に怪しまれるか。


 適当に誤魔化すか。


「魔法」


「そんな魔法あるのか……?」


「古い時代には魔力を身体に馴染ませて変化させる魔法もあったらしいぞ。長命種の魔法使いが竜に化けたなんて話もあるしな」


 別の傭兵からの援護射撃によって、一応納得してくれたようだ。


 サンキューおっさん、と心の中で礼を言っておく。


「これで迷宮をゴリ押しで探索しててな、ガザキ達の位置も把握してる」


「そうか……お前、凄い魔法使いなんだな」


「それほどでもない」


 誤魔化してるだけだし。


 魔法使いになってみたいくらいだよ。


 戦闘のためとかじゃなくて、趣味と興味で。


「あ、そうだ」


 ジレンの記憶から迷宮防衛作戦の要を読み解いていたので、確認に入る。


「お前ら、全員脱げ」


「は? ……はあっ!?」


 俺の言葉に素っ頓狂な声を上げる傭兵。


「虫が一匹だけ取りついたりしてないかの確認だ。盗聴や位置特定の手段にされてる可能性がある」


「あ、ああ……そういう事か、先にそれを言ってくれ」


「あれに喰われても痛みが伴わないらしいからな。自覚症状は当てにならん」


 クタニアが読んだ被害者の記憶によれば、そうなっているようだ。


「……なぜそんな事を知っている?」


 別の傭兵が訝し気に質問してきた。


「ジレンの頭から記憶を引き摺り出して読み解いた」


 協力者の聖女の能力でー……とか言っても信じられないだろう。


 嘘は言ってないので、説得力がある方で説明する。


「……あいつは?」


「殺した。死体は残ってないぞ、虫の餌になられても困る」


 何とも言えない表情になった傭兵達。


 思う所もあるのだろう。


「そうか……その、あいつの記憶が見れるなら、裏切った理由も……?」


「分かる。でも後にしろ。まずは確認だ」


「分かった、だが一人ずつで頼む」


 流石に全員が武装解除するのは抵抗感があるようだ。


 それはそうだよな。


 なので一人ずつ触手でひん剥いて全裸にしてやろう。


「ちょっ、自分で脱げるって!」


「遠慮すんな、時間が惜しいんだよ」


 抵抗されたが俺の触手の方が強い。


「ひいぃっ!」


「おう、女々しい声出してんじゃねーぞ」


「いや何かこれヌルヌルしてて……うひぃっ!」


 念入りに魔力視を行い、虫の有無を確かめる。


 そして鎖骨の辺りに粒のような魔力を見つけた。


「いたぞ、虫」


「えっ!? どこに!?」


「鎖骨」


 他の二人の傭兵も脱がされた傭兵に注目する。


 肉眼ではイボができてる程度にしか見えないが、間違いなく虫だ。


 その証拠に、内側に潜り込むようにイボが沈んでいく。


「抉るぞ」


「は、早くしてくれ!」


 触手を一本、鋭利な刃物のようにして、虫を周囲の肉ごと抉り取る。


 傭兵は歯を食いしばって声を押さえる。


 取り出した肉を地面に落とすと、白い虫が這い出て逃げようとしたが、他の傭兵が素早く火を放って虫を焼いた。


「傷薬とかは?」


「こいつだ。塗ってやってくれ」


 塗り薬を触手で受け取り、肉を抉った部分に塗りたくる。


「ぐっ、量はそれで良い……はぁ、助かった」


「それにしても便利だな、その魔法」


「実際便利。デメリットは人前で使うと理解が得られない場合があること」


「魔人狩りか」


 なんか知らない単語が出てきた。


 語感的に前世で言う魔女狩りだろうか。


「迷信は人を殺す。信心も人を殺すけど」


「違いないな……次は俺を確認してくれ」


 実際に虫を見つけて信用を得られたのか、傭兵達は協力的になってくれた。


 後の二人にも鎧の隙間から虫が入り込んでいたようで、処理を行った。


「不覚だったな……不意打ちを受けた時に、この可能性は考えておくべきだった」


「お前ら、無事か!?」


 ガザキとイナーシャがやって来た。


 こちらから行くのが面倒だったので、触手で手招きして呼んだのだ。


「団長! イナーシャ! 無事でよかった……!」


「団長、俺らは無事だが、シヌフラッグとはぐれちまった」


 名前よ。


「そうか……アリド、その魔法で分かる事はないか?」


「階段はさっき見つけた。完全な探索は終わってないけど、たぶんこの階に俺達以外の人は、もう居ない」


「シヌフラッグは先に階段下りて行っちゃったのか?」


 俺の言葉に希望的観測を口にするイナーシャ。


 彼女なりに自分の心を保とうとしているのだろう。


 あえて現実を突きつける事もあるまい。


 持ち直したとは言え、心の傷が癒える訳でもないしな。


「シヌフラッグ、無事だと良いが……」


「ああ、戻ったら酒場で良いもん食おうって約束したしな」


「この町が安全になったら恋人と添い遂げるとも言ってたぜ」


 三人の傭兵が次々と不穏なフラグを建てていく。


 ……まあいいや。


「あ、そうだ、ガザキ」


「なんだ?」


「脱げ」


 ガザキが鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「説明を先にしろって……団長、実は……」


 そう言って傭兵が先ほどやった事の説明をする。


「成程、理解した」


「ねえ、それ、アタシもやった方が良い?」


 イナーシャの言葉でざわつく空気。


「イナーシャはもうやった」


 別の意味でざわつきだした。


 ガザキが名状し難い表情で俺を見てくる。


「え、いつ?」


「触手で浮かせた時だ」


「そっか、そういう理由あったんだ」


 全身をくまなく縛った時に、ついでにスキャンしておいた。


「アリド、話が……」


「後にしろ。さっさと脱ぐんだよ、時間がねえの分かってんのか」


 触手でガザキを強引に脱がしにかかる。


 不意打ち気味に絡め取り、抵抗すらさせずにひん剥いた。


「せ、せめてイナーシャの目の届かない所で……!」


「そこの、イナーシャの目を塞いどけ」


「あ、はい」


 触手を操り、全身を魔力視で検査する。


 入念に確認した所、ガザキに虫はついてなかった。


「虫は無し。もう良いぞ」


「くっ、このような……!」


「はよ装備整えろ。『外なるもの』は地下九階……あと二階下りたら決戦だ」


 ガザキを降ろして階段への最短経路を確認する。


 それと今の内に不要な触手は回収しておく。


 一同が装備を整えた事を確認して、声をかける。


「敵の能力について、分かった事を歩きながら話す。行くぞ」


「ああ、分かった。以前ギルドでは俺がアリドを助けると約束したしな……今のところ助けられてる一方だが、戦闘では助けになろう」


 律儀な事にあの約束をまだ覚えているようだ。


 信頼に置ける男らしい言葉だ。


「そして生きて帰ったら……話をしよう」


 一瞬イナーシャに目を向けた後、名状し難い顔でそんな事をのたまった。


 やっぱメンドイなこいつ。




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