第106話
※ 三人称視点
眷属化したパルボックに対して三方向からの攻撃が行われる。
衝撃波、クロスボウの矢や魔術魔法の
それらに対してパルボックの取った行動は、回避ではなく、突撃。
向かう先は、最も手早く数を減らせると判断した傭兵達。
高速移動するパルボックの緑の眼から燐光が零れ落ち、矢や礫の間を縫って軌跡を描く。
スイフォアの展開した空間のゆらぎを認識したパルボックは、そこを避けて遠距離攻撃を行う傭兵の元へ到達する。
パルボックの爪がスッと二メートルほどに伸び、それを振るうと幾人もの傭兵達がスライスされた。
魔法の衝撃波は傭兵に当たらないよう調整されていたため届かない。
爪が収納され、緑に輝く眼光の向いた先はクタニアとアルシスカの二人。
背中の皮膚を破り、緑の蔦が生えて昆虫の羽の脈のように広がり、半透明な緑の膜が張られる。
脚力での跳躍で宿の外壁に取りつき、羽ばたいて垂直に飛翔してクタニア達に接近した。
「させません!」
ソノヘンニール魔法によって緑の膜が脆弱化し、ボロボロと崩れる。
パルボックは蔦を羽ではなく、第三の手足として外壁に捕まり、よじ登っていく。
ソノヘンニールの放った脆弱化は壁にも及んでおり、爪を突き立てるのであれば壁を切って落ちてくるはずだったが、パルボックは蔦を使う事でそれを回避した。
腕からも、足からも蔦を生やし、ものの数秒で屋上の手前まで登り詰める。
だがそこで妨害が入った。
「うおおおおおおおお!!」
「――――っ!?」
クタニアを手伝ったゴロツキの一人が窓を突き破って飛び出し、パルボックに抱き着いて無理心中するように落ちようとする。
このゴロツキはユーティに洗脳された一人であり、夢の世界から送られた命令で特攻を仕掛けたのだ。
そんなゴロツキを憎々しげに睨むと、腹部からも蔦を生やしてゴロツキを貫く。
そうしてる間に、パルボックは上から液体を掛けられる。
臭いからそれが油だとすぐに気付いた。
上から振ってくる魔術の火を見て、壁を壊す勢いで飛び跳ねて地上に戻る。
「野郎共! 火だ!」
スイフォアが残った傭兵に号令を飛ばす。
「司祭! 地面を揺らせ!」
屋上からアルシスカが叫び、パルボックの足を止めるよう促す。
傭兵達が火の矢や礫を飛ばし、ソノヘンニールが大地に拳を叩き込み、そこからパルボックの足元までの地面を振動させる。
普通の人であれば立つのも難しい振動の中、パルボックは再び蔦と緑の膜で虫羽を作り、火に対しては新たに口から生やした蔦で壁を作り防ぐ。
体の至る所から蠢く蔦を生やすその姿は、全身から線状の寄生虫を生やしてるような
口から生やした、燃えた蔦の壁を爪で切り落とし、大気を震わせる音と共にパルボックの体が宙に浮く。
飛翔が始まると、ソノヘンニールの魔法も傭兵の射撃も回避されてしまう。
そして聖域の要であるクタニアを今度こそ仕留めんと、積木亭の屋上に着地した。
「(……あれは、もう、完全にこの世界の魂ではなくなってしまった)」
クタニアはかつてない恐怖を覚えた。
冒涜的な肉体の姿ではなく、魂の在り方が余りにも狂っていたからだ。
千年を経ても残る怨霊だって、ここまで酷くはないと彼女は感じた。
その名状しがたい魂の叫びがクタニアの理性や正気といったものを削っていく。
視界が歪み、平衡感覚が失われ、血の臭いが鼻孔の奥から滲むように溢れる。
「うっ……」
「クタニア様ッ!?」
死神の聖女であるからこそ見えてしまったものが、彼女を追い詰めてしまった。
蔦にまみれているパルボックからは、かつての機敏さは失われた。
それでもなお、アルシスカに並ぶ速度はある。
羽音を響かせ、蔦を引き摺りながら二人に対して迫るパルボック。
ソノヘンニールや傭兵達も、急いで屋上に向かっているが、間に合わない。
蔦と爪の波状攻撃から、クタニアをアルシスカ一人で守り切るのは不可能だろう。
手数が違いすぎるのだ。
「オーベッド、それとその他の方々ぁ」
どこか緊張感のない声が、二人の窮地に響く。
洗脳した人々を従え、ユーティが現れた。
「(最優先はクタニアちゃんの保護ですかねぇ……次点で不要品の処分。残ってるとクタニアちゃんにまで疑われちゃいそうですしぃ)」
彼女の復活の経緯を簡単に言うと、洗脳した連中を数名眷属化して、魂を乗っ取って肉体を再構築した。
夢と現実の境界を曖昧にする事で、物理的な法則を踏み倒す程度であれば、今の彼女でも容易くできる。
素体を厳選したので、以前より肉体的、魔力的な性能は向上している。
精霊と洗脳した死兵を操り、演劇を始める。
「あいつをやれ! ボスの仇を取った奴が次のボスだ!」
そう叫んだのはアリドが利用したゴロツキ、ジューヤル。
ユーティの筋書きはこうだ。
彼らの寄る辺「
騙され利用された報復として、敵の首を取った奴が次のボスになると彼らは決めたのだ。
中には友人や恋人を失い、その復讐として戦う者も居る。
ゴロツキ達は『外なるもの』に楯突くという点で思惑が一致していた。
その中心に立つのは復讐心に駆られたジューヤル。
彼は利害を度外視していて次期ボスも狙っていない。
なので次のボスを狙う者にとっては障害とならず、同じく復讐を志す者から見ればその熱量は頼もしく見えるため、神輿に乗せられている……という設定だ。
「命を惜しむんじゃねえ! 森竜会に喧嘩売ったらどうなるか分からせろ!」
「俺の家族は全員死んだ! てめえのせいだ!」
「あの化け物を殺せば俺が次のボスで良いんだよなぁ!?」
口々に勝手な事を叫ぶゴロツキ達だが、全て台本通りだ。
油を袋に包んで服の中に仕込んでいる鉄砲玉のゴロツキが蔦に貫かれたのを確認して、後ろのゴロツキが火を放つ。
「オオォォオオ――――!!」
蔦に心臓を貫かれ、火に包まれながらも止まらず前進するゴロツキ。
正確に言えば後ろのゴロツキが燃えた死体を盾にして押し込んでいるのだが。
「――――ッ!!」
パルボックは蔦を展開してると不利になると判断し、爪で蔦ごとゴロツキの群れを切り裂く。
だが既に蔦とゴロツキを燃料とした炎の壁で囲われていた。
燃え盛る炎の音が、逃げ出すため羽ばたかせた羽音が、パルボックの聴覚を鈍らせた。
だから気付かなかった、空から落ちてくるゴロツキに。
「――――ッ!?」
そいつはオーベッドによって投擲されたゴロツキで、パルボックに着弾したと同時に背後から抱き着いた。
パルボックはそいつが油まみれだという事に、臭いで気付いた。
自分で自分に火を点けるなど、普通はしない。
だがこのゴロツキ共は洗脳されていて、普通ではない。
だからそいつは自分から自分に火を点けた。
それを見て、パルボックは判断を誤った事に気付いた。
緑の目が、ユーティが居たであろう方角に向くが、炎しか見えない。
ゴロツキ達の演技に騙された。
こいつらを自意識のある人と思ったのが間違いだった。
そうではないと、もっと早くに気付かなかったのが敗因だった。
羽も蔦も焼かれたパルボックに、既に退路は無い。
「殺せ! 突っ込め!」
「首を取れ! 黒焦げになる前にだ! 証拠になるぞ!」
炎の中に勇んで突撃して行くゴロツキ達。
はたから見れば、どう見てもただの自殺だ。
何が起きているのか分からないといった顔をしているクタニアとアルシスカ。
二人にユーティは近づき、声をかける。
「お二人とも、無事で何よりですよぉ」
「ユーティ? あいつら、いったい何だ?」
アルシスカが呆気に取られたように問いかける。
「彼らは命より大切なものがあるんですよぉ、面子とか、ケジメとか……まぁー私にはよく分からない感性ですけどねぇ」
「そうなのか……?」
「それに精霊に頼んでまして、多少は火を浴びても大丈夫なはずですよぉ」
「なるほど……いやでも……うーん……」
炎が一部切り裂かれ、その奥でゴロツキと眷属が殺し合っているのが見える。
それが見えたのも一瞬で、彼らは再び炎に包まれる。
「それより早くここを離れましょう。火の手が回ったら私達も危ないですよぉ?」
「ああ……うん、そうだな……クタニア様」
「え、あっ、はい……あの、彼らは?」
クタニアが轟々と燃え上がる炎の方を見る。
「彼らは彼らの流儀を貫いたのですから、私はそれを尊重しますよぉ」
「流儀……」
「やるべき事をやった。こう言った方が伝わりやすいですかねぇ」
「でも少し、受け入れがたい……です……」
燃え尽きる命を憐れむクタニアを見て、その魂の美しさにユーティは微笑む。
優しくクタニアの頭を撫でるユーティ。
「クタニアちゃんも優しいですねぇ」
「えっと……あの……いま、こんな……」
ここらでソノヘンニールが到着して、三人は宿からの撤退を促されて脱出する。
オーベッドはいつの間にか姿が消えていたが、それに誰も気付かなかった。
積木亭の屋上で、ユーティの思惑通りに、ゴロツキ十九名の命と引き換えに眷属パルボックは討伐された。
あとは二体の『外なるもの』との決戦で全てが決まる。
聖域の中に居る人々は、多くが使徒に祈り、一部がアリドに祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます