第105話


 ジレンの白い肉塊に覆われた左腕と、俺の右腕で殴り合う。


 轟音が響き、ジレンの腕を半分ほど吹き飛ばすが、即座に再生される。


 変質魔力を乗せたが、白い肉や板と相殺して魔力が散ってしまう。


 魔力による攻撃は相殺され、物理は板に防がれる。


「(真面目にやり合うと消耗戦になるな……)」


 この後に『外なるもの』と戦う事を考えると、魔力の消耗は極力抑えたい。


 下水道と違い、この地下迷宮では魔力の補給が困難だからだ。


 吸収による魔力の増加はコツコツ続けてきたが、それでも無尽蔵ではない。


 ジレンが何かを取り出した。


 剣の柄だけのように見えるが、ジレンが魔力を込めると青い光の刀身が現れる。


「(ビームサーベルかよ)」


 どんな効果か知らないが、魔力で構築されてるなら吸収できるはずだ。


 突然俺の周囲を囲うように現れた白い板が退路を塞ぎ、そこにジレンが突っ込んでくる。


 青い刀身をスライム化した腕で包み、変質魔力『溶解』で溶かすのを狙う。


 その青い光の刃は俺の腕を、そして魔力を切り裂いた。


「なっ!?」


 だが少しは溶かせたようで、若干光が弱まってはいたが割に合わない。


 斬られた俺の魔力が輝きを失い、霞のように消えてしまったのだ。


 ジレンが再び剣に魔力を込める前に、魔力込みで蹴りを叩きこむ。


 鎧のように変形した白い板を貫き、ジレンの体が「く」の字になって飛んでいき、壁に叩きつけられた。


「がはっ……」


 追撃として七本ほど触手を放つ。


 頭狙いは剣で防がれたが、青い光の刀身も破壊した。


 胸、腹部、手足を狙った触手はジレンを貫く事に成功する。


 全身を包むようにスライムの体を広げ、溶かしにかかる。


 するとジレンの左半身を覆っていた白い肉塊が離れて逃げ出す。


 残されたジレンは抵抗もなく、あっさりと包み込み、溶かせた。


 白と赤の混じったモノが、俺の体内にある。


「(白い部分は吸収したくないな……分離できるか?)」


 変質魔力で溶けた対象を『分離』できるか試す。


「(できた……ジレンの方だけ吸収して、白い方は破壊だな)」


 謎の白い板はさっさと破壊してジレンを吸収すると、あいつの記憶が読めた。


 どうも『外なるもの』と不平等な契約を強引に結ばれ、虫の苗床になりかけていたという。


 ジレンの魔力の性質は『分離』で、魔法を使って体内の虫を隔離していたようだ。


 だから魔力も思考も人のままを維持できていた。


 でも体内で虫が育つ事を止める術はなく、異常な成長を遂げていたようだった。


 俺が左胸を貫いた時にジレンは心肺停止したが、その時に魔法が途切れ、隔離されていた虫が解放され、捕食と同時に左半身を乗っ取られたのだ。


 ジレンは虫が心臓の代わりになって蘇生した後、再び魔法で虫に全身を奪われる事を防いだが、既に手遅れ。


 あの剣は持ち主の魔力を吸い取り、凝縮して刀身を発生させ、魔力の性質によって千差万別の効果が発現する魔導具の剣らしい。


「(で、問題は『外なるもの』の情報だが……)」


 ジレンなりに色々調べていたようだった。


 だがその情報を整理する前に、蠢く白い肉塊、異常成長した虫の処理だ。


 体表が泡立つように膨れ上がり、人に似た顔と左腕と左足が無数に生える。


 小部屋が狭く感じる程の巨体となった異形の虫。


 いやもう虫って呼べないな……眷属でいいや。


 その変異を悠長に眺めるつもりはないので魔術で火を放つ。


「アツイ、イタイ、ヤメテ」


 無数の白い顔からノイズ混じりの悲鳴やら何やらが上がる。


 火が燃え広がる前に、燃えている部分が剥離する。


 ジレンの『分離』の魔法を学習したんだろうか。


 敵意を剥き出しにした赤い目がぎょろりと俺を睨む。


「ユルサナイ、テキ、コロス」


 言葉を含めて、学習が半端なのはジレンを喰い切れなかったからか?


 ならば下手に魔力を節約せず、全力で短期決戦すべきだろう。


 いつもの超音速破壊触手に追加で『追尾』『発火』『分離』を付与。


 更に複数の触手を束ね、掘削機ドリルの形状に整えてブッ放す。


 沢山の左腕左脚を動かして、想像以上の速度で攻撃を避けようとする。


 さっきまでは速いが一直線の攻撃だったが、今回は追尾付きだ。


 不意を打つように軌道を変えた触手が直撃し、肉を抉り貫く。


 敵の中心部分で先端に変質魔力『爆発』を付与してから分離する。


「イヤダ、タスケ――」


 カタコトに命乞いをする眷属だが、そんなものを聞くつもりは当然ない。


 眷属は内側から爆発し、肉片は炎に包まれて炭なる。


 燃えてない肉片も念入りに火を点けて焼く。


 反応速度や機動力を鑑みて、もしジレンの戦闘技術、及び経験を完全に学習されてたら、かなりの強敵になっていただろう。


 眷属化前の技術や経験を完全に引き継ぐ兎モドキの方で、こういった強力で特異な個体が発生してたら危なかったかもしれない。


 完全に焼き尽くした事を確認し、ジレンの記憶から『外なるもの』に関する情報を引き出していく。


 地下迷宮の主である『外なるもの』の姿は、真っ白な骨が積み重なったような巨体に赤い目玉が無数に生えていて、正面には縦に長い楕円形の口があり、人の赤子のような手足がその巨体を支えていた。


 ジレン目線の目算で、大きさは高さ横幅共に十メートルほどだろうか。


 分かった能力は催眠による精神操作、迷宮の創造、魂の契約……このくらいか。


 あの白い虫は『外なるもの』にとっての雛であり、一匹でも残っていれば精神を移して本体と同じになるまで育つんだとか。


 厄介な性質持ってるな。


 しかしジレンも最初は契約を踏み倒すために倒す方法を探っていたらしい。


 結論としては、『外なるもの』の本体は精神であり、故に精神を殺せば良いと判断したようだ。


 俺の変質魔力なら、たぶん殺れそうかな。


 居場所は割と近く地下九階、あと二階下ったら辿り着く。


 触手を伸ばして地下七階を探索し、ガザキとイナーシャ、それと階段を探す。


 戦力は多い方が良いし、敵の手の内が分かっていれば対策もできるだろう。


 一応ジレンの持ってた柄だけの魔導具の剣は回収した。


 略して魔導剣だな。


 この武器は、あいつが傭兵団の団長の座と同時に受け継いだものらしい。


 そういうのはちょっと重い。


 俺が使うと何が起こるか想像もつかないから、誰かに渡した方が良いだろう。


 魔力が豊富らしいイナーシャにでも渡すかね。


 二度目の『外なるもの』戦は近い、利用できるものは利用していこう。


 あと外で使徒が戦ってる『外なるもの』に核があるのなら、この迷宮のどこかに隠していても不思議ではない。


 なんせ『外なるもの』が守護者なら、その守りは盤石だろう。


 てか俺の責任重くない?


 これ成し遂げたらヒモニートになったって文句言われる筋合い無いだろ。




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