第104話


 ※三人称視点



 教会が落ちる。


 文字通りの意味で、空から落ちている。


 教会そのものはハーゲンディの張った結界のおかげで、今のところは原型を保っているものの、中に避難していた人々は無事では済まない。


 自由落下の末、地面に激突すれば更に酷い状態になるのは誰の目にも明らかだ。


 ソノヘンニールは一般人の保護の為に、彼らを衝撃で吹き飛ばして一か所に集める。


 最後には自分自身を衝撃で人々の元に飛ばす。


「(後は、この壁を壊せれば……)」


 教会の中に居てはどうする事も出来ない。


 そう考えるソノヘンニールだが、問題は結界だった。


 全力で教会の壁を壊そうと殴るが、ハーゲンディの結界はビクともしない。


 パニックを起こし、叫ぶだけの一般人達の声に焦りを覚えるソノヘンニール。


「(このままでは……む!?)」


 ふと、結界が解除されたのを感じた。


 ソノヘンニールがもう一度全力で壁を殴りつけると、轟音と共に粉砕できた。


 壁に空いた風穴に、馬に跨り空を翔けるハーゲンディが現れた。


「民を!」


「皆さん、使徒様が来ました!」


 藁をも掴む思いで必死に手を伸ばす人々を柔らかな光が包み、教会から救い出す。


 ソノヘンニールも光に包まれ、宙に浮く。


 光が足場に変わり、空に立つ人々。


 地上から数百メートルはある高空であるが、風もなく落ちる心配もない。


 ソノヘンニールは風がない事に疑問を覚える。


 周囲を見渡せば、その答えがあった。


 ハーゲンディの創り出した星々の明かりに照らされ、おぼろげに見えるそれ。


 雲にも届く巨大な壁が、町の四方全てを覆い尽くしていた。


 壁を目で辿って行くと、足元の深緑の大地と繋がっていた。


 瓦礫の降り積もった、植物の山。


 そんな風に見えた。


 緑の山の麓に、町の明かりが点として見える。


「……これは、いったい……?」


「大敵である」


 呆然と言葉を零すソノヘンニールに、ハーゲンディは毅然と答える。


「まさか、この植物の塊全てが?」


「然り」


 二人の会話を聞いた一般人達が、悲嘆に暮れる。


 深緑の大地が蠢き、彼らを呑み込もうと蔦のような触手を伸ばしてくる。


 迫り来る蔦の直径は十メートルを優に超える。


 それが何十、何百と伸びてくるが、それでも全体から見れば小指の爪の先にも満たない質量だという事が視覚的にも良く分かる。分かってしまう。


 この光景には、流石のソノヘンニールも絶望を覚えた。


 ハーゲンディはそんな人々に不敵な笑みを見せる。


「万事任せておくが良い! 我こそ使徒! 世界に仇為す者を滅ぼし、人類の救済をもたらす者である!」


 彼の剣が光り輝く。


 それは星々のような白銀ではなく、暁に煌めく曙光しょこうの如き光。


 そのあまりの眩さに人々は目を開けていられなくなった。


 彼らが再び目を開くと、全ての蔦が灰となって崩れ落ち、深緑の大地には火が灯っていた。


「ソノヘンニール、民を聖域に運ぶのだ」


「聖域?」


「町の残っている場所、あそこには聖域が展開されておる。恐らくは何かしらの聖女によって齎されたものであろう」


「……っ! 分かりました」


 彼らの足元の光が、残った町の方向へと伸びていく。


「任せるぞ!」


「皆さん、動けない人は居ませんか!? 動ける人は手を貸してあげて下さい! ……大丈夫ですね、行きましょう!」


 再開した緑の偽神グリーンアルコーンの攻勢に対応するため、ハーゲンディは愛馬と共に空を翔ける。


 ソノヘンニールは一般人を先導し、光の道を下って行く。


 圧倒的な物量にハーゲンディも全てを迎撃はできない。


 故に蔦の幾つかはソノヘンニールが迎撃する事になった。


 一本、二本程度であれば粉砕できる。


 だが三本、四本と増えていくと厳しくなってくる。


「(くっ、私にもっと力があれば……)」


 逃げる彼らを追う蔦は、その数を増やしていく。


 ソノヘンニールは自分が囮になる事で一般人を逃がす考えを抱く。


 その時、銀の閃光が蔦の群れを焼き切った。


 星座の英雄達の援護射撃であった。


 そのおかげもあって、聖域内まで逃げ切る事に成功したソノヘンニール達。


 しかし代償として、星座の英雄たちは深緑に呑まれ、輝きを失ってしまった。


 ソノヘンニールは深緑の闇と、七色の光がせめぎ合う空を見上げる。


「……司祭様、ここからはどうすれば……」


「私が拠点としていた宿があります。ひとまずそこを目指しましょう」


 一般人の縋るような声に答え、ソノヘンニールは自分のやるべき事に集中する。






 少し時は遡る。


 緑の偽神の浮上によって、宿屋「積木亭」の屋上は大きく揺れた。


 建物が倒壊こそしなかったが、立つ事も難しいほどだった。


 眷属も例外ではなく、パルボックもこの時は足が止まった。


「……捉えました」


 クタニアは眷属の姿を捉え、死神の権能を顕現する。


 その権能は対象を死に導くというもの。


 効果としては運が悪くなり、死に至る可能性が高くなるというものだ。


 一見地味だが凶悪な効果で、特に対象が自覚を得られないという点が大きい。


 即死も狙ったが、『外なるもの』の加護で死という概念を弾かれた。


「(神様が与える『死』なのに……魔法を抵抗レジストするのとはワケが違うのに……あの『外なるもの』も神格を持ってると言うのでしょうか?)」


 緑の目をした眷属に戦慄を覚えるクタニア。


 揺れが収まり、二人と一匹が立ち上がる。


 クタニアもアルシスカも眷属から目を離す余裕はなく、壁に気付く事はなかった。


「気を付けて下さいアルシスカ。たぶんあの眷属、異常です」


「何とかしてみせます」


『来るよ!』


 死者の声が危険を告げる。


 姿が霞むほどの速度で突進してくる眷属。


 アルシスカの双剣が眷属の攻撃を弾く。


「ぐッ!」


 先ほどよりも威力と速度が増していると感じた。


 眷属化したばかりのパルボックは、強化され過ぎた体の制御が完全ではない。


 戦いの中で最適化が進んでいた。


 徐々に速く、鋭く、無駄が削ぎ落とされていく。


 何度目かの攻防の後、眷属が屋上の縁に足をかけた時、そこがボロリと崩れた。


 死の気配がパルボックに迫る。


「――!?」


好機チャンスッ!」


 眷属が異常に速いだけで、アルシスカも人類の中では上位の素早さを持つ。


 足場を失いバランスを崩した眷属に追いつき、双剣を振るう。


 パルボックは爪で防ぐが、勢いに押されて何もない空中に放り出される。


 積木亭からは遠ざかり、周囲の建物は積木亭以外は軒並み倒壊してしまっていて、手を伸ばしても届く範囲には何もない。


 空中でどうする事もできず、魔術は学んでおらず、魔法も魔力が緑の偽神グリーンアルコーンのせいで変容したため使えない。


 受け身を取ろうにも、落下地点には尖った瓦礫が上を向いて並んでいた。


 緑の偽神が壁で覆ったため、奇跡的に突風が吹くこともない。


 あらゆる幸運を排し、死に至る不運がパルボックを襲う。


 生きている限り、何かを行う限り、死の可能性はすぐ傍にある。


 最大化されたそれは、些細な不幸から不可避の死へと導くのだ。


 パルボックは何もできぬまま瓦礫の山に落下した。


「――ギ」


 鋭利な瓦礫が肉を裂き、貫き、突き刺さったガラスの破片が肉の中で砕ける。


 想定しうる中で、最大限のダメージを負った。


 そこに追い打ちをかけるように、ナッツィナの傭兵ギルドの長、スイフォアが傭兵を引き連れて現れた。


「眷属かい!? 野郎共!」


 クロスボウや魔術によって攻撃されるパルボック。


 悲鳴を上げる体に鞭を打って必死に回避しながら距離を取る。


 体内に送り込まれたスイフォアの魔力には抵抗したが、それで気が逸れたため何発か攻撃を喰らう。


 どうにかして逃げた先で、今度はソノヘンニールと出会った。


「ハァッ!」


 問答無用で放たれた攻撃は衝撃による面での攻撃。


 負傷し、満足に動けない体では回避する事もできず、自分の骨が砕ける音を聞きながら吹き飛ばされる。


 元の場所にまで戻され、上からはクタニア達が、後ろからはスイフォア達、前方にはソノヘンニールと、包囲される事になった。


 満身創痍となったパルボック。


 死に瀕した彼は、声を視る。


 それは緑の偽神によって食い散らかされた魂達の残骸の、その残響だ。


 パルボックはハルダーンの言葉を思い出した。


 彼は気付く。


 主が魂を喰らう事で強くなるなら、この残骸を喰らえば自分も強くなるだろうと。


 それは自分の内側……眷属になる事で繋がった場所にあり、いつでも喰らう事ができたのだと。


 彼はそれらを貪り、より上位の眷属として開花する。


 より悍ましき怪物へ。




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