第103話


 俺とイナーシャが音の発生源に辿り着くと、ジレンとガザキが戦っていた。


 俺らが入って来た通路以外にも、いくつかの通路に繋がっている小部屋だ。


「親父!」


 触手に縛られて宙に浮いてるイナーシャが声を上げる。


 ジレンとガザキは一瞬こちらに目だけを向けた後、すぐに睨み合う状態に戻り、その後揃って顔ごとこっちを見た。


「おうコラ見せもんじゃねーぞ」


「いやアリド、イナーシャが、その、なんだ?」


「お前ここがどこだか分かってんの? 分かっててやってんの?」


「あ、隙あり」


 とりあえずジレンに触手をブッパする。


 音速を超える攻撃を不意打ち気味に仕掛けたにも関わらず、ジレンはしっかりと対応してきた。


 一片が二十センチほどの正方形の白い板が何もない空間に突如現れて触手を防ぐ。


 硬いというより、衝撃を完全に吸収されたように感じた。


 魔力視で見るジレンは虫でも兎でもないが、かつてランゴーンの下水道で遭遇した『外なるもの』に似た異質さを持つ魔力を放っていた。


「イナーシャ、追撃」


「任せろ!」


「ちょっ!?」


 何の魔術か知らないが、赤熱した槍に似た金属がジレン目掛けて飛翔する。


 槍の数は十二、回避は困難だろう。


 ジレンを囲うように現れた無数の白い板が全ての槍を防ぎ切った。


 壁の厚さはほとんど無いように見える。


 魔法か、そうでないなら異界の力……即ち『外なるもの』に連なる力だろう。


「で、何してんの?」


「いやこっちの台詞だからな!?」


「アリド、気を付けろ、こいつは普通じゃなくなった!」


 ガザキが警告をしてくれるが、分かっている事だ。


「知ってる、未成年にしか見えない人にしか下半身が反応しないんでしょ?」


「そんな訳ねえだろ!? しかも言ってる事はそうじゃねえ!」


「分かってて言ってるんだけど、もしかして冗談とか理解できないお方ですか?」


「無駄に丁寧語になってんじゃねえよ!」


 無駄話が始まったが、時間稼ぎには丁度いいだろう。


 少し前からイナーシャが魔力を操って何かをしている。


「……あの白いの、あれ魔法じゃない! 魔術でもない!」


 どうやら白い板について調べていたらしい。


 どちらでもないなら『外なるもの』に連なる力で確定だろう。


「だってさ、効果とか洗いざらい喋れ」


「言う訳ねえだろうが!」


「は?」


「は?」


 こちらの攻撃は白い板に防がれ、あちらからは仕掛けてこない。


 膠着状態になってしまった。


 打開策を考えていると、イナーシャがガザキに質問する。


「親父、他のみんなは?」


「……奴に分断された」


 ジレンは迷宮の守護者的な立ち位置で、色々と策を巡らせているっぽいな。


 どこまで想定しているだろうか。


 少なくとも俺が混沌神製メイドインカオスなスライムという事は想定外だろう。


「年頃の傭兵二人、狭い小部屋の中、何もないはずもなく……」


「そうだな、戦闘があったな!」


「その能力的にジレンて受け専門?」


「ワザと誤解を招くような言い方してんじゃねえよ!」


 否定はしなかったか。


 やはり攻撃性は無いかもしれんな、あの白い板。


 イナーシャを降ろし、攻撃を仕掛けるための準備を行う。


 刺剣レイピアのように尖らせた触手に変質魔力『破壊』を追加で付与する。


 全二十本からなる音速越えの刺突を放つ。


 複数の白い板が攻撃を防ごうと動くが、触手は白い板を貫通した。


「あぶなっ!」


「ちっ」


 しかし一枚だけ。


 二枚目重ねて板が展開されると、防がれてしまう。


 それと触手に宿した魔力が消えている。


 俺の魔力と板が相殺したように見えた。


 正面突破は困難と判断し、触手を体内に戻す。


「ガザキ、イナーシャ、俺がジレンの相手するから二人は仲間を探して合流してくれ」


「しかし……」


 色々思う所があるのだろうが、感情で動かんでくれ。


「元より『外なるもの』と、それに連なる者の始末は俺の仕事だ。ガザキはガザキの仕事をしろ」


「……分かった、奴は頼む。イナーシャ、仲間を探すぞ」


「うん。アリド、頑張って!」


 声援を背に受けて、ジレンと一対一で向き合う。


「『外なるもの』を狩る者……お前、まさかとは思うが聖女の類いか?」


「そんな訳ないじゃん」


 どっちかって言うと使徒だし。


「とぼけたって、もうお前の言う事は一切信じねえからな?」


「じゃあ質問すんなよ馬鹿なの? 馬鹿なんだね? この馬鹿がよ!」


「三段活用してまで人を乏してんじゃねえよ!?」


 ツッコミを入れてくるジレンだが、言動と表情とは裏腹に、隙が無い。


 搦め手を使おうにも正面からでは難しい。


 どうしたものか……。


 とりあえず精神攻撃として悪口は継続しよう。


「馬鹿にされる方にも問題があると思わない?」


「被害者にも原因がある理論やめろや。言った所で加害者の罪は減らねえよ」


「じゃあ贖罪として今すぐ自害して。めっちゃ虫に人殺されてるんだが」


「知ってるか? 争いってのは正しいと思ってること同士のぶつかり合いなんだぜ」


 うん、言葉責めは無駄だな。


「面倒だが、言葉は不要か」


「お互い引けねえなら、まあ仕方ねえわ」


 変質魔力『発熱』を纏い、魔術『赤熱』を起動。


 ここを灼熱地獄としてやろう。


 俺の行動に対し、ジレンは白い板を全身に貼り付ける。


 板は形状を変え、全身鎧のように身体全体を覆った。


「(呼吸はどうなってるんだ?)」


 何が来ても良いように待ち構えていると……ジレンは逃げ出した。


 ああ、そう来るのね。


「良いよ、じゃあ床壊すから」


「――――!?」


 変質魔力『破壊』を拳に纏い、全力で床を殴りつける。


 ガラスが割れるような音が響き、亀裂が入るが、即座に端から徐々に直っていく。


 ならばと二撃、三撃と連続で叩きこむと、戻ってきたジレンが攻撃をしてきた。


 四撃目をジレンの剣に叩き込み武器を破壊、五撃目を顔面に叩きこむ。


 ガラスが壊れる音と共に、あの白い板を数枚壊した感触があるが、ジレンを吹き飛ばすには至らない。


 逆に俺がジレンの蹴りの直撃を受ける事になった。


 小部屋の外、通路にまで蹴り飛ばされたが、俺のスライムボディに損傷はない。


 だが床は完全に修復されてしまったようだ。


 ジレンが口元の白い板を剥がして、ぜえぜえと息をしているのを見るに上昇させた室温まで戻されたのだろうか。


 いつの間にか『赤熱』の魔術が消失していたようだ。


「てか呼吸止めてたんかい」


 時間稼ぎをされている気がする。


 無駄話に応じた事もそうだ。


 そして下の階へ物理的にショートカットする事は阻止してきた。


 ジレンの目的は俺の『外なるもの』への到達を防ぐ事か?


 変質魔力『発熱』を解除し、触手を伸ばして階段を探す。


 小部屋に戻ると、亀裂は消え、温度も完全に元通りの状態になっていた。


 白い板がジレンの口元を覆う。


 呼吸用の隙間があるのか、くぐもったジレンの声が聞こえる。


「なあアリド……その力は何なんだよ?」


 言葉は不要と言ったはずだが、ジレンが声をかけてきた。


 露骨な時間稼ぎにしか思えんな。


「逃げるなら階段探して即下りて行く事にしたわ」


 ジレンの質問を無視して、俺を止めないと『外なるもの』の所に行くぞと遠回しに告げる。


「……お前さ、性格悪いって言われない?」


「失敬な、友人からは俺ほど気の利いた人間は居ないと言われてたぞ。やりたくない事でも俺と話すとやれる気がしてくるってさ」


「それ絶対皮肉だ――」


 体内で『破壊』の魔力を宿した触手を束ね、掘削機ドリルのような形状にしておき、ジレンの言葉に合わせてブッ放す。


 触手は白い板を貫通し、左胸を貫いて逆側に抜ける。


 心臓を狙ったが、ギリギリで躱された。


 そのまま触手を変形させ体内を蹂躙して殺そうとしたが、凄まじい力で触手を引き抜かれ、距離を取られる。


 ジレンに空いた穴と口から零れる血の色は赤。


 それがジレンの身に纏う白い板を赤く染める。


「……ああ、言葉は不要なんだったな」


 ジレンがポツリと呟く。


 左胸に空いた穴から、白い肉が沸き上がる。


 あっという間に傷口を塞ぎ、白目の無い赤い目が所々に生える。


 そのまま左腕まで白い肉塊に覆われる。


 あちらも人を辞めるようだ。


 探索に出していた触手を回収しておく。


 恐らく、こっからが本番だ。




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