第102話
※ 三人称視点
クタニアの展開した聖域によって町の半分ほどが守られたが、教会はその範囲の外側であった。
それでも教会は結界によって守られていたが、
緑の根が教会を叩く度に揺れ、中に居る人々に恐怖を与える。
聖堂で身を寄せ合う人々は、救いを求めて必死に祈った。
彼らの傍に佇むソノヘンニールは、敵が教会に侵入してきた時の対処法を考える。
いくら叩いてもまったく壊せない結界に業を煮やしたのか、緑の偽神は根を這わせて教会を覆い尽くす。
星座の英雄も教会ごと攻撃する訳にもいかず、手を出せずにいた。
教会を握り潰すように圧力を高めていく。
ハーゲンディの張った結界は地面に近いほど強く、遠いほど薄くなっていた。
屋根の一部が悲鳴を上げ、砕けた欠片がパラパラと落ちてくる。
徐々に屋根の壊れる音は大きくなり、ついに一際高い位置にある屋根と結界を突き破り、緑の根が天井から姿を現した。
根を伝い、白い虫が教会内部に流れ込んでくる。
そして瓦礫と共に、人々を目掛けて降ってきた。
「ハァッ!」
落ちてくる虫と瓦礫に対し、魔法をもって迎撃するソノヘンニール。
物質の結合を弱める効果を持つ魔法で脆弱化した後、強烈な衝撃波を落下物に叩きこんだ。
虫や瓦礫、それと緑の根が、衝撃波によって分解され、吹き飛ばされる。
ソノヘンニールの魔力の持つ性質は『波動』。
面での制圧力が高く、反面精密な操作は難しいが、全力を出す分には問題ない。
更に虫の増援が来るが、同じ手法で迎撃される。
次は兎似の眷属が飛び込んでくるが、いかに俊敏であれど、ソノヘンニールが放つ逃げ場のない攻撃は避けようがない。
緑色の血肉をぶちまけて壁の染みになった。
五年間に及び満足な休息を得る事無く、己の衰弱を感じながらも戦い続けたソノヘンニールは、自覚こそないが持久戦において百戦錬磨である。
外から見れば教会の鐘がある突起した部分だけが壊されおり、そこが眷属達の侵入経路となっていた。
結果として、一度に投入できる戦力には限りがある。
逐次投入では無駄に消耗するだけに終わると、緑の偽神はすぐに理解した。
今のままでは
とはいえ威力を上げるために根を束ねれば、巨大化した的を星座の英雄たちが喜々として滅ぼしにくる。
緑の偽神はリスクの無い行動だけでは、この戦いに負けると判断した。
大いなる存在が地の底から現れる。
町が半分ほど持ち上がる。
その下には緑一色の植物にも似た、脈動し蠢く巨体。
建物は次々に倒壊し、道は割れ、瓦礫が巨体を流れ落ちる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
天をも揺るがす叫びが緑の奈落から響く。
狂気に満ちた絶叫は人々の精神を傷つけ、蝕み、深淵へ
人類のあらゆる抵抗を無為にせんと、
少し時は遡り、地下迷宮ではガザキ達が地下五階にて迷っていた。
「団長、階段は見つけたが、どうする?」
道にではなく、今後の行動についてだ。
「後続は?」
「変わらず、不明です」
「探しに行くか? だが俺達じゃ地図は作れんぞ」
先遣隊として結成された彼らは、戦闘力こそ高いものの、それ以外はさっぱりだ。
複雑な迷宮に足を踏み入れれば、また同じ場所に戻って来れる保証が無い。
それでも、いつまでも来ない後続を探すために迷宮を探索し、結果として階段だけを見つけた。
ガザキは険しい顔で少しの時間悩んだ後、口を開いた。
「五分休憩だ。それで来なかったら目印を残して階段を下る」
「了解」
「クソッ、どうなってやがる」
傭兵達はその場で腰を下ろし、束の間の休息を行う。
床に傭兵団のサインを残し、ガザキも座る。
誰も喋ることなく五分が経った。
「……仕方ない、行くぞ」
ガザキの号令に従い、先遣隊は地下六階へ下りる。
「俺達が下りて来た場所で待ってる間に、後続の奴らが先に下りてたりしねぇか?」
「希望的な考えに縋るなよ、例の虫に付け込まれる危険がある」
「はぁ……そうか、そうだな」
今まではマッパーという役職の仲間が居たが、今は居ない。
長い時間歩いていると、白一面の通路で、似たような光景が続き、多岐に渡る分かれ道によって現在地も来た道も分からなくなる。
辿り着いた白い小部屋も似たような間取りで、これも紛らわしい。
通路や小部屋の見分けはつかないが、紛れ込む白い虫には気付く。
目に付き次第、虫を倒しながら進んで行くと、再び下り階段を見つけた
「こりゃあ運が良いのか? それとも悪いんか?」
「団長、どうします?」
「…………上と同じだが、休憩は十分だ」
ここでは地下五階の倍の十分待つ事にしたが、やはり誰も来なかった。
「……行くぞ」
重苦しい空気に息が詰まりそうになりながら、先遣隊は地下七階へ下りた。
そのまま探索に移り、通路を進んで行くと、ガザキ達は小部屋で別の傭兵と出くわした。
「……ジレンか?」
「よう、何やってんだガザキ」
「こちらの台詞だ、答え次第では……」
「おいおいおい、待ってくれよ! 俺は昨日からずっとここを探索してたんだぜ? 何なら地図だってあるぞ、ほら」
そう言って慌てながら地図をガザキ達に渡すジレン。
確かに一階から六階までの地図が完成されており、七階の地図は書きかけだ。
「ほら、同じ傭兵のよしみだ。見たところ誰も地図持ってねえし、作れもしなさそうだし、助け合いと行こうぜ?」
「それは助かるが……」
ガザキは思い悩む。
流石に怪しすぎると。
「いくつか質問させて貰う。なぜ一人なんだ?」
「そりゃ階段下りた時に行き先が変わる事があるからな。条件探しの為に色々試したんだよ」
「その条件とは?」
「まだ確信はねえぞ? それでいいなら言うが、誰かが下りた後、一定時間以内に次の誰かが通らないと行き先が変わる事があるみてえだ」
先遣隊を組むこと自体が問題を起こしてしまったと思った傭兵達は顔を歪める。
「……昨日から居ると言ったな、何が目的だ?」
「昨日屋内で被害が出たろ? そこでピンときてな、下水道に行ったら謎の下り階段を見つけちまったんだよ。こんなんもう下りるしかねえだろ?」
「(ジレンの言っている事に、一応矛盾はない……)」
それでもジレンに対する不信感が拭えないガザキ。
悩んでいると、後ろから足音が聞こえてきた。
「おっ、お前らどこほっつき歩いてたんだよ」
ジレンが軽く手を上げる。
ガザキが振り返って見ると、小部屋にジレンの傭兵団員が入って来た。
その瞬間、ガザキは微かな鞘走る音を聞く。
強烈な嫌な予感が湧き、咄嗟にその場から飛び退く。
ジレンの方を見れば、彼は短剣を抜き放ってガザキに向けて振るっていた。
遅れて腹部に感じる熱。
避けきる事が出来ず、浅くだが腹部を斬られた。
ガザキも即座に抜剣するが、ジレンは奥の通路に引いて行ってしまった。
「ジレン! 貴様!」
「わりいな、こうしなきゃなんねえんだよ」
ジレンの部下が先遣隊の隊員に群がる。
完全に不意打ちであったが、彼らの対応は早く、そして的確で正確だ。
触れられないよう素早く距離を取り、火を放つ。
火が点き、顔が焼け焦げた虫になっていくが、途中で水が現れて消火してしまう。
「魔術……まさか学習したと!?」
ガザキはその成長速度に恐怖を覚えた。
「気を抜くな! まずはこいつらを始末する!」
「応!」
先遣隊はジレンの傭兵団員に化けた虫を少々手こずりながらも撃退した。
そして急いでジレンを追いかける。
ガザキの嫌な予感は、時間が経つごとに膨れ上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます