第101話
※ 三人称視点
白い斑模様のある緑の根が、町の至る所から生える。
その白は虫の群れ。
何処かから緑の根によって地上に運ばれてきたのだ。
町の人の大体は以下の四か所に避難していた。
衛兵の詰め所、傭兵ギルド、宿屋「積み木亭」、教会。
これ以外だと、家の地下や、店舗の倉庫などの頑丈な作りになっている場所に、少数の逃げ遅れた人が立て籠もっていた。
まず、衛兵の詰め所と傭兵ギルドが緑の根によって壊された。
その中に避難していた人々に
虫は白から血肉の色へと変化を遂げ、擬態を即座に行う。
血まみれの衣服に身を包んだ犠牲者の姿となった虫は、言葉を吐く。
「……だれか、たすけてくれ!」
その声に慌てて入って来た衛兵や傭兵が近付いてきた所を喰らう。
すかさず他の衛兵や傭兵が火を放ち、虫は焼かれるが、緑の根が動き、火を扱える者を狙って殺しにかかる。
いよいよ『外なるもの』もなりふり構わなくなってきたのだ。
それを許すまじと、天に描かれた星座の英雄達が各所に援護射撃を飛ばす。
降り注ぐ閃光が虫も根も消失させるが、際限なく湧き出してくる。
人を巻き込まないように攻撃すると、どうしても範囲は狭くなる。
結果、その圧倒的な物量に対処しきれないでいた。
地上を任されたハーゲンディは『外なるもの』である
万能に近い能力を持つ彼だが、魔力や権能の出力に限界がある。
当然、そのリソースにも。
彼にこの状況を打開する方法は無く、万策尽きたかと思われた。
「聖域を拡張します」
だがこの町にはまだ一人、死神の聖女が居る。
クタニアはアルシスカを始めとし、大勢の協力を得て聖域の拡大に成功させた。
その大勢とは、どう見ても
聞けばユーティの頼みでクタニア達を助けに来たのだと言う。
どう見てもゴロツキにしか見えない集団を、最初こそ怪しんだが、ユーティ信者と言わんばかりの言葉と熱意によって押し切られる形になった。
何をすれば良いのかだけを聞き、理由や効果を一切聞かずに協力するという約束にも二つ返事で頷き、実際彼らは危険を顧みず誠実に働いた。
そうして聖域の展開と維持に必要な祭器を町の各所に配置できたのだ。
宿の屋上にて、祭服に身を包んだクタニアが聖域を展開する儀式を成功させた。
クタニアの祈祷が死の神に届き、祝福と破邪が町のおおよそ半分を覆う。
「人の子よ、死せる
聖女の
虫が聖域に足を踏み入れると、どろりと溶けて乳白色の液体になってしまう。
緑の根は無数の植物になってパラパラと崩れていく。
だが兎に似た眷属……これだけは変わらず、死なず、そのままでいた。
だからこそ、ここに
『危ない!』
死者からの警告が、屋上に居る二人、クタニアとアルシスカに聞こえる。
見えない手に引かれるままに身を伏せると、一陣の
その激しい風の発生源は緑の目をした兎似の眷属、パルボック。
パルボックは金属すら切り裂く爪で二人の首を狙ったが、すんでの所で避けられた。
「クタニア様、後ろに」
すかさずアルシスカがクタニアの前に立つ。
周囲に浮かぶ光が彼女達に寄り添い、様々な情報を伝える導体となる。
「(魂が……抜き取れない、強い力で縛られている!)」
クタニアは自らの権能で眷属の魂を抜き取ろうとするが、『外なるもの』との繋がりが強く、切り離せなかった。
ならばと他の死神の権能を使おうとした所で、パルボックが動きだした。
亜音速で動くパルボックを目で追うのがやっとのアルシスカだが、死者の声のサポートで行動を先読みして対処する。
「ちっ、速いッ!」
攻撃を読み切り反撃をしようにも、その行動を取る前にパルボックは間合いの外に居る。
クタニアの動体視力と反射神経では、パルボックが動くとまったく見えなくなってしまって援護しようにも難しい。
対象を捉えられなければ、いかに強力な権能も振るいようがない。
戦況はクタニア達が防戦一方になってしまう。
町の中心地にある領主館、ここもクタニアの展開した聖域の範囲内だった。
かつての領主を始めとする、多くの無念を抱えた死者達が、今の騎士達ではなく、傭兵ギルドの長スイフォアに語りかける。
彼女は大層驚いたが、持ち前の胆力でその事実を受け入れる。
『……だから、娘を頼む』
「……分かったよ、コスタス」
スイフォアの口にしたコスタスというのは、前の領主である男の名だ。
極短い会話だったが、二人にはそれで十分だった。
スイフォアの前に玲瓏な光の一つが現れ、先導するように移動していく。
『こちらへ』
筆頭執事だった男の魂が傭兵達を導く。
辿りついた先は食堂。
食卓や椅子が壊され、酷く荒らされていた。
その犯人は今も食堂に居て、何かを探しているようだった。
スイフォア達に気付いた犯人、兎似の眷属は即座にスイフォアに襲い掛かる。
彼女の魔法で眷属の腕が空中で固定され、バランスを崩した所を傭兵が仕留めた。
死者達のサポートもあり、消耗は最小限で済んだ。
「良くやった。でも私の魔法は使えて後三回って所さ……だから野郎共、それまでに目を慣らしときなよ」
労いつつも気が緩まないよう傭兵達に声をかけるスイフォア。
「で、ここのどっかに隠し部屋があるんだとさ」
『こちらです』
執事の魂が隠し部屋へとスイフォア達を案内する。
巧妙に隠された入口が開く。
「……誰ですか?」
か細い声がスイフォア達の耳に届いた。
部屋の中には憔悴しきった少女が一人、膝を抱えて蹲っている。
僅かに上がった顔は生気に乏しく、髪はボサボサで、目の下には濃い隈があった。
年相応とは思えないやつれ方をしていた。
彼女のその姿に、死者達の魂も酷く嘆いている。
「私はスイフォアさ。久しぶりだね、ロナ」
「おばさま……?」
焦点の合わない瞳をしばし彷徨わせた後、ぼんやりとスイフォアを捉える。
「どうして……」
「助けに来たのさ。町がちと大変な事になっちまっててね」
スイフォアはロナに近付き、あまりに軽い体を抱き上げる。
「こんなに軽くなっちまって、ダイエットはやりすぎると毒だよ?」
「おばさま、わたくしは……」
「何も言わなくて良い、目を閉じてな。今のロナの仕事は休むことさ」
優しく声をかけ、背中をさすったり頭で撫でて落ち着かせる。
死者達も次々と言葉をかける。
「おとうさま……みんな……」
少しすると、ロナは意識を失うように眠りに落ちた。
「よし、野郎共、ずらかるよ」
スイフォアの言葉に、傭兵の一人が一つ質問をする。
「騎士共はどうすんで?」
「私達が領主様を逃がす時間を稼いでくれるってさ」
「へぇ、そいつはきっと騎士冥利に尽きるでしょうね」
スイフォアはロナを連れて領主館を脱出した。
恨みつらみを持つ死者が騎士達を誘導し、眷属と遭遇するよう誘導したので、楽に脱出できた。
聖域によって聞こえるようになる死者の声は、生者の人間性次第で毒にも薬にもなる。
スイフォアは死者との会話ができる今の状況を好機と捉えた。
「野郎共、次の目的地は宿屋、積み木亭だ」
死者達がスイフォアに伝えた情報の中には、死神の聖女の存在があった。
協力を得るために、スイフォア達はそこを目指す。
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