第100話


 小部屋と通路の連なる白い迷宮を下りて行く。


 触手を這わせて手早く階段を探す。


 虫が湧いてたりもするが、包んで変質魔力で壊せば大体倒せる。


 人目なんて気にせずスライムパワーと混沌魔力を全開にして突き進む。


 だがそれも地下五階で止まった。


 触手で探索を進めていると一人ではぐれているエルフの少女を見かけた。


「(ガザキの所のエルフだったな。なんで一人で居るんだ?)」


 周囲が白いからか、俺の黒い触手に気付かれた。


 エルフの少女は青褪めた顔で目を見張る。


 隠す方が不自然に思われそうなので、触手をそのままにエルフの元に向かう。


 俺が到着するまでの間、ずっとプルプル震えていた。


 一応魔力視でチェックしたが、虫による被害はなさそうだ。


「よう」


 軽く手を上げて挨拶をする。


「……え?」


 エルフの目線が何度も俺と俺の身体から伸びてる触手を往復する。


「ああ、これ魔法」


「嘘……あ、でも、え? 何その魔力?」


 そういやカモフラージュ解除したままだったわ。


「実は俺、混沌神の関係者なんだわ」


 雑にカミングアウトする。


「まあそんな事より、ガザキは?」


 そして雑に流して本題へ。


「そんな事って……お、親父とは、はぐれて……うっ、ヴぉえ」


 急にえずくエルフ。


 よく見てみるとゲロが彼女の足元にあった。


 仲間とはぐれたのは分かったが……。


「その不調の原因は?」


「ア、アタシ、仲間が虫にやられて、仲間ごと……魔術で……うぅ……」


 顔を歪め、胸を抑えて、涙を零すエルフの少女。


 喰われかけた仲間ごと虫を殺したといった感じだろうか。


 周囲を注意深く見れば、白い床に灰色の砂のようなものが散らばっている。


「精神的なものか。まあそういうのは身体動かした方が気が楽になるぞ」


「無理だよ……」


「そうか……じゃあ俺行くから、安全に気を付けろよ」


 既に触手が階段を見つけているので、いつでも行ける。


 この階にガザキが居ないのも確認済みだ。


「な、なんで?」


「いやだって時間ないし」


 仲間の命かかってるのは俺も同じなんだよね。


 縋るような目を向けてくるところ悪いが、俺には俺の事情がある。


 そういった感じの体で説明をする。


「戦えないなら、お前はただの一般人だ。帰る道も無いし、連れて行っても敵の餌になるだけだし、置いていくのが一番合理的だろ?」


「……違う、アタシは、傭兵……なんだ」


「それを示すなら立て、戦え、死者をしのぶな、背負って往け。だが誰かの意思でそれをするな。自分の意思で、自分の生き様を選べ」


 見限るような事を先に言って、後から叱咤激励する。


 俺はエルフの少女を、もう後が無い二択の状況に追い込んだ。


 ヒトという生き物は追い詰められないと本質が顔を出さないからな。


 もしこのエルフの本質が戦闘に向いてないなら、ここで折れるだろう。


 だがここで奮い立てるなら、きっとこのエルフは戦力になる。


「アタシは……」


 俯いて、手をギュッと握りしめるエルフ。


 そして自分の足を思いっきり叩いて、全身に力が入るようにした。


「……傭兵だ! アタシは、戦えるんだ!」


 涙を拭い、震える足で、どうにかといった感じで立ち上がる。


 持ち直せたようで何よりだ。


「で、その足で歩けんの?」


「うるさい! すぐ良くなる!」


「でも時間ないしな、ちょっと浮いててくれ」


 触手を全身に絡め、エルフを持ち上げる。


 身体の向きを地面と平行にして、空気抵抗が少なくなるようにする。


「ちょ!? にゃっ! どこ触ってんだ!?」


 割と全身くまなく縛り上げるが、手足はある程度自由に動かせるはずだ。


 体重を支える力の支点を分散させないと痛いからな。


 縄なんかで腕腰だけを縛って宙吊りにするのは、一種の拷問ですらあると聞く。


 ソースは前世の友人。


「んじゃ行くか」


「おい! 聞けよ!」


「口は閉じとけ、舌噛むぞ」


 階段まで変質魔力で強化した足で走る。


 たぶん新幹線くらいの速度は出せてると思う。


 すぐさま到着し、そのまま飛び降りるように階段に飛び込む。


 そして到着した部屋には虫の群れがわんさか待ち構えていた。


 面倒なので体を変形させて一網打尽にする。


「お前のそれ本当に魔法か!? 絶対おかしいぞ!」


「その話は後でな」


 具体的に何がどうおかしいのか、俺も知りたい。


 何なら俺も魔法使えるようになりたい。


 色々と凄く気になるけど、今は時間ないんだわ。


 触手を展開して、この階の全体像を把握するために伸ばしていく。


「なあ、名前教えてよ」


 探索が終わるまでの間に、エルフから声をかけられる。


「アリド。前に一緒に行動しただろ」


「覚えてるよ。でも親父越しだったし、ちゃんとしときたかったの」


「律儀だな」


「傭兵は信用がウリだって親父も言ってたし……で、アタシはイナーシャ」


 ちゃんと名前で呼べって事だろうか。


 その後少しだけ雑談をしたが階段を見つけて話を終える。


 あとこの階にもガザキ達は居なかった。


「階段を見つけた。また走るぞ」


「なあ、アタシを落とすなよ!」


 悲鳴に似た叫びを上げるエルフ。


 少し雑談した程度だが、随分と遠慮が……いや、最初からなかったわ。


「元気になって何よりだ」


「違う、そうじゃな――!」


 イナーシャが何かを言い切る前に走り出す。


 そのまま地下七階へ。


 そして階段を下りた先の部屋は、これまでとは違っていた。


「戦闘の形跡か?」


 衣服や金属の破片、それと焼け焦げた虫があちこちに散らばっている。


 担いでいたイナーシャを降ろして触手による探索を始める。


「親父……大丈夫だよな……?」


 イナーシャは散らばる破片を見ながら、誰ともなく呟く。


「なんだ、信じられないのか?」 


「そんな事ない! 親父は強いんだ!」


「じゃあ大丈夫だろ。信じろよ」


「……うん!」


 伸ばしていた触手の一つが音を拾う。


「音がする、静かに行くぞ」


「分かった」


 イナーシャを再び縛って担ぎ上げて、足の裏を多足類のような形状にして滑るように進む。


「次からもこれにしない?」


 何言ってんのこの子。


 なんか当然のように受け入れてるけど、慣れちゃってないか、縛られる事に。


「移動法は状況次第だ。あと、いつでも俺を足として使えると思うなよ」


「いーじゃんケチ」


「はいはい、雑談はここまでだ……近いぞ」


 今居る通路の先が音のする部屋だ。


「突入する。イナーシャ、魔術をいつでも撃てるようにしておけ」


「分かってる」


 時間を悩みに費やすような贅沢はできない。


 まずは突撃、あとは流れで何とかなれの精神で行こう。




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