第99話


 ※ 三人称視点



 ガザキ達の傭兵団は、アリドが見つけた下り階段と同じものを見つけて地下に下りていた。


 突如として現れた不可解な地下迷宮を進んで行く。


 迷宮は白い壁に囲われた、狭く複雑な通路と複数の小部屋で構成されていた。


 光源もないのに、なぜか迷宮全体が明るく照らされている。


「……ここ、進んで行って大丈夫なの?」


 不安気な声で疑問を漏らしたのはエルフの少女イナーシャ。


「行くしかない。戻るための階段は、なぜか消えてしまうしな」


 険しい顔でガザキが答える。


 じわじわと進んで行く一行。


 前を行く斥候が声を上げる。


「小部屋です。階段、見つけました。やはり下りです」


「何回階段下りたっけ?」


 イナーシャが気を紛らわすように言う。


「四回だ。次で五回目になる」


 現在の階数をガザキが答えた。


 警戒を維持しながら小部屋に入り、階段の前に着く。


「待ち伏せ警戒、先遣隊せんけんたい、行くぞ」


 奇襲を警戒し、先遣隊をガザキを含む猛者達で編成して階段を下りる。


 残ったのは十人。


 しばらく待機してから後続が階段を下りる手筈となっている。


「……よし、そろそろ行こう」


 イナーシャが先を急ごうとするが、斥候が手で制して前に出る。


「お嬢、先頭は危険なので」


「子供扱いしないで!」


「役割分担、適材適所ですよ。団長もいつも言ってるでしょう?」


「むぅ……」


 不服そうにするイナーシャだが、斥候は涼しい顔で受け流す。


 イナーシャ以外の他の面々に、斥候は目で合図を送って陣形を組む。


 彼女を囲って安全を確保し、後続部隊も階段を下りて行く。


 下った先には無人の大部屋。


 予想とかけ離れた光景に斥候は息を呑んで驚いた。


「(初めてのパターン!? 先行した団長達はどこだ!?)」


 だからだろう、彼は索敵を一瞬だけ忘れてしまった。


 後から下りて来た彼の仲間が、その結果を見届ける。


「あぁ!? うあああああ!!」


 天井に張り付いていた虫が彼に降り注いでいた。


 悲鳴を上げ、必死に振り払おうとするが一度喰らい付いた虫は離れない。


 肉を貪られ、血が飛び散って白い部屋に赤い斑模様を描く。


「お嬢! 危ない!」


 天井に張り付く虫に気付いた他の仲間がイナーシャを庇う。


 虫はまだまだ居る。


 その数は百や千では収まらない程の大群だ。


 絶えず降り注ぎ、服や鎧の隙間から入り込んで傭兵達の血肉を貪る。


「みんな!?」


「お嬢、俺達ごと虫を焼き払え!」


「何言ってんの!? できるわけ――」


「やるんだ!! それとも俺達をこの虫の餌にするつもりか!? 俺達に化けた虫が団長の所に行ったらどうなる!?」


 幸いにも優れた魔術師であり、豊富な魔力を持つイナーシャが傭兵達によってできた肉壁によって守られている。


 だが不幸な事に、命を懸けて助けてくれた仲間を自らの手で殺す事を望まれた。


 決断できないイナーシャに、仲間の傭兵は更に声をかける。


「今なら分かる。この虫に喰われたら、俺が俺じゃなくなっちまう……お前の事も、分からなくなりそうなんだ。そうなる前に頼む……頼むよ、イナーシャ」


「そん……な、あぁ……」


 他の傭兵達もイナーシャに声をかける。


 罪悪感が少しでも軽くなるように、その行為の正統性を説いた。


 イナーシャは仲間に背を押され、大粒の涙を零しながらも魔術を構築する。


「――みんな、ごめん」


 震える声で謝罪を口にした後、魔術『焼滅』と『保護』を同時に行使する。


 白色の大火が大部屋を満たし、イナーシャは半透明な光りの膜に覆われた。


 火が消え失せた後には、術者以外の全ては塵のような灰になった。


「うぅ……うげぇえ……」


 イナーシャは胃の内容物を吐いた。


 様々なストレスによって精神的に追い詰められてしまったのだ。


「親父……みんな……誰か……」


 地下迷宮の奥で一人、心の砕けかかったイナーシャは動くこともできず、ただただその場で蹲ってしまった。






 一方、町の外れにある異界では、『外なるもの』による戦いが行われていた。


 ユーティは精霊を駆使してパルボックを殺そうとするが、当然の様に参戦してきた緑の根によって阻害されてしまう。


「邪魔ですねぇ……『緑の偽神グリーンアルコーン』」


 くらい虹の瞳にパルボックを映そうにも森の木の様に乱立する根がそれを妨害する。


 ハルダーンも得意の俊足でユーティの視野に極力入らないようにしていた。


 ユーティは同類だからこそ分かる。


 この『外なるもの』を自らの夢に捕らえても勝てないと。


「貴方、何者ですか? 我等の主を知っておられるようですが……」


「気になりますかぁ?」


「いえ、やめておきましょう。私の耳に響く貴方の声は、まるで天上の福音の様に思えてしまう……これは異常ですよ。我が主の加護を突き破る尋常あらざる異能、危険が過ぎます、ええ」


「そう言わ――」


 ユーティの足元から緑の根が生え、串刺しになりそうになる。


 ハルダーンと対峙していたオーベッドが夢の様にかき消えたかと思えば、突如ユーティの傍に現れて、彼女を抱え根っこを躱す。


「――はぁ、面倒ですねぇ。異界ここにも表にも生えてくるなんて」


 かつてアリドを捕らえたような異界を創造できれば存在の大小など意味を成さないが、今のユーティにそれだけのリソースは無い。


 精霊に関しても、この世界の魔力由来の存在であるため、『外なるもの』由来の異界では本領発揮は難しい。


「ところでこの異界、緑の偽神の異界ではありませんね?」


「はて、何のことやら、浅学な私では皆目見当つきませんね」


「正解みたいですねぇ」


 これほどの狂信者なら、主と仰ぐ『外なるもの』の能力を疑われたら何かしら反論があると読んでカマをかけるユーティ。


「緑の偽神は異界と異界を繋ぐ中継でもあるんでしょうか? あの図体ばかりの存在もそんな使い道があるんですねぇ」


「…………」


 下手に喋ると墓穴を掘ると判断したハルダーンは口をつぐむ。


 その反応を見てユーティは自分の予想が正解だったと確信する。


「この調子だと、この異界のどこかから、もう片方の『外なるもの』の所に行けそうですねぇ」


 隠したい秘密の核心を突くユーティの言葉に、焦りを覚えるハルダーン。


 ユーティを抱えたまま緑の根を躱し続けるオーベッドによって言葉は止まらない。


 焦ったハルダーンは根っこ連携をするようにオーベッドの死角から首を狙う。


 しかしユーティからは死角ではなかった。


 昏い虹の瞳がハルダーンを捉える。


 ハルダーンの目から意思の光が薄れ、全身が脱力する。


 一瞬遅れて、標的を変えた緑の根がハルダーンを串刺しにした。


 そのまま全身を引き裂かれ、緑の血肉を散らす。


「奪えませんかぁ」


 ユーティは得意の洗脳でハルダーンを操ろうとしたが、失敗に終わる。


「仕方ないですねぇ……オーベッド、出力限界解除」


 その声に従って、オーベッドの動きが更に速く、力強くなる。


「眷属の成りかけを殺しなさい」


 ユーティを置き、突撃を仕掛けるオーベッド。


 その進行を阻むように展開される緑の植物の壁が現れる。


 オーベッドが剣を一閃すると、壁は両断された。


 ただしオーベッドも無事では済まない。


 限界以上の力を発揮した肉体は損傷し、内側から壊れ出す。


「また後で作ってあげますからねぇ、死ぬまで諦めないでくださいねぇ」


 精神と魂を夢の世界に保存できるユーティと、その眷属ならではの戦法だ。


 オーベッドは緑の根を切り裂き、踏み砕き、噛み千切って突き進む。


 根っこや植物の傷ついた場所から、緑の液体が溢れ出す。


 嫌な予感がしたユーティは緑の液体を精霊で凍らせようとするが、間に合わなかった。


 緑の偽神の体液は、もがき苦しむパルボックに浴びせかけられた。


 そして産声が上がる。


「あらぁ、間に合いませんでしたかぁ」


 眷属として再誕したパルボックは、目にも止まらない速度で動き、オーベッドと二度打ち合った後、剣ごと首を切り裂いた。


 煙となって消えていくオーベッド。


 緑の根の森に囲われたユーティは、諦めた様に溜め息を吐く。


 一応抵抗を試みるが、パルボックを虹の瞳に捉えられず、精霊は切り裂かれ、首を斬り落とされてしまった。


 生首が落ち、血が溢れ、あとから首を失った体がゆっくりと倒れ伏す。


 緑の植物がその体を覆い、死体は即座に干乾びた。


 眷属化したパルボックの姿は、兎に似ているのは他と変わらず、しかし目は赤ではなく緑に輝いている。


 ハルダーンが種から萌芽した眷属なら、パルボックは花にまで至った眷属だ。


 その力は歴戦の傭兵でも苦戦は必至であるほど。


「……主よ、僕が貴方の望みに沿いましょう」


 彼の敵愾心てきがいしんは反転し、狂信へと変貌を遂げた。


 狂気の眷属がナッツィナの町へと解き放たれる。




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