第98話


「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?」


 地面から生えて来たでっかいモノを消し飛ばした使徒を見て、思わずそう呟く。


 まあ一応向かうけど。


 屋根伝いに使徒の元へ向かう。


 虫は時折見かけるが、兎モドキは数が少ないのか見かけない。


 野菜が出回る前だったので兎の方はまだあまり増えていなかったのだろう。


 ふと屋根の上から町を見渡すと、所々で火の手が上がっている。


 虫を燃やしていれば、いずれはそうなるのは避けられないか。


 まあ既に滅ぶか生き残るかの瀬戸際だ、多少の損害は仕方ない。


 使徒の居る、あのでっかいモノが生えた場所に到着する。


「倒せた?」


「まだだ」


「マ?」


 てっきりもう終わったと思っていたのに、そうでもないらしい。


 なら、やはりアレが『外なるもの』だろう。


「地下に本体が居るようだ。あれは全体の一部に過ぎん」


 しかも敵さん、まだまだ余裕のようだ。


「何で分かるん?」


「忌まわしき波動が足元から伝わってくるのだ。それが町全体を覆っておる」


「最低でもこの町全体より大きい体積を持ってるって認識で良い?」


「うむ」


 どう勝つんだよ。


 時間も魔力も足りねえよ。


「その波動って中心地みたいなの分かったりしない?」


 一縷の望みを賭けて、弱点壊せばそれで良いって流れにならないか聞いてみる。


「分からぬ」


 返ってきたのは無慈悲な言葉。


 望みが断たれた。


「詰んだ」


「地下に向かった傭兵と協力するしかあるまい」


「あ、傭兵か」


 使徒の言葉で思い出した。


 恐らく傭兵の中にも眷属は居る。


 そいつらから何かしら情報を引き出せないだろうか。


「アリド、何か思い付いたか?」


「眷属化した奴から情報を引き出す方法があればワンチャン」


「成程、ではそちらは任せる。吾輩は……」


 二度目の地鳴りが起きる。


 そして緑の根が大地を突き破り、再び姿を現した。


 農場の小屋で見た人から養分を吸い取っていた植物と、大きさ以外は似ている。


「これが町を蹂躙するのを防がねばならぬ!」


 巨大な木の根に似たそれは無数に枝分かれし、槍の様に鋭い先端を下に向けて、無差別かつ広範囲に降り注ぐ。


 同時に使徒の足元を粉砕しながら別の木の根が生えてきた。


「甘いわっ!」


 しかし使徒はそれを予測できていたのか、足場が無くなる前に移動していた。


 使徒が空に手を掲げると、星の様に散らばる光が町の上空を覆う。


 降り注ぐ細い木の根が星に触れると、光と共に爆散して根を消し飛ばした。


 一つが爆発すると、他の星にも誘爆し、空に伸びてた根の幹……ていう言い方で良いのか分からんが、そこも巻き込んで消し飛ばした。


 夜の町は数秒間だけ、真昼よりも眩く照らされた。


「星の神様の使徒?」


「吾輩は正義の使徒、ハーゲンディである!」


「いや、正義って感じの権能ちからじゃないでしょ」


「そんな事より地下へ急ぐのだ! 時間は有限であるぞ!」


 なんかはぐらかされてない?


 まあいいけどさ、時間が限られてるのは確かだし。


「じゃ、上はよろしく」


「うむ、任されよ!」


 この場というか、地上全部を使徒に任せ、下水道の入口を目指して走る。


 眷属化した傭兵を溶かして吸収する事で情報を得る事は可能だろう。


 だがその結果として俺にどんな副作用が起こるかが不明だ。


「やるしかねえんだけどさぁ」


 あの根っこは完全に使徒を標的としているようで、俺への追撃はなかった。


「本体が町全体より大きい……なら何で根っこだけしか使わないのか」


 何か理由が隠されているのか、それともただの舐めプか。


「理由があるとしたら、まあ核とか心臓みたいな、壊されたら致命傷になり得る弱点まで攻撃が届きかねないって所か?」


 確かにあのチートじみた使徒の力ならたぶんやれるな。


 継戦能力がどの程度あるのか知らないが、無限という事はないだろう。


 いかに強くとも、人である事に変わりはないのだから。


 一方で俺は人を辞める必要が出てきそうだ。


 下水道をスライムの力を駆使してゴリ押しで探索する必要がある。


「ガザキ達に会ったらなんて言い訳しよ」


 色々考えながら走り、下水道入口に到着する。


 辺りに散らばる黒焦げた小さな残骸は燃やされた虫だろう。


 血などは無く、先に向かったガザキ達は無傷で突破した事が窺える。


 下水道に入ると糸ではなく指ほどの太さの触手を生やし、分岐があれば触手を分裂させて全ての道を探索する。


 明かりは魔術で確保し、魔力は下水から回収するので、とてもリーズナブル。


 流れる水が茶褐色で、ちょっと吸収したくないなって思ったとしても、合理的だから仕方ないのだ。


 少しばかり精神にダメージを負ったが、ガンガン探索を進める。


 そして無数に枝分かれたした触手の内の一つが、地下へ下る階段を見つけた。


「(……階段?)」


 魔力視をすると壁材とは違って魔力の光を見る事が出来た。


 これは明らかに異常なものだ。


 触手を伸ばして階段を下らせると、途中でぶつりと切れる感触があった。


 思わず触手が止まってしまう。


 少し触手を戻して、糸の様に細くした触手を再度切れた位置まで伸ばす。


 再び触手の先端が切れてしまった。


「(仕切られている。あそこから先は異界の類いか?)」


 他の触手は何も見つけられていない。


 あの虫の一匹すら見ない。


「(行きたくねえ……でも行くしかねえ……)」


 触手を回収し、意を決して地下への階段がある場所に向かう。


 何の障害もなく辿り着き、階段を下りる。


 一段、また一段と下りて行くと、途中で膜のようなものを通り抜けた感触があった。


 階段を下り切った先には、白い壁に覆われた部屋が広がっている。


 その部屋の端には人骨が積み上げられていた。


 適当に手に取って調べてみると、脊椎に虫食いの痕があった。


「犠牲者か」


 試しに一つ吸収してみた所、未知の人類の因子が手に入った。


 まだ吸収した事のない人類なのだろうが、骨なので何も分からない。


 あと記憶も虫に関するものも、何一つ得られなかった。


 頭蓋骨を見れば獣人なら分かるかもと思ったが、俺の知識では何も分からなかった。


 仕方ないので全部吸収しておく。


 未知の因子が沢山手に入った。


 ついでに俺の欠片も落ちてたので回収しておいた。


「行くか」


 部屋の出入り口は一つしかない。


 俺が下りて来たはずの階段は、煙のように消えてしまった。


 その出入り口の向こうには下り階段がある。


「リトライなし、一発勝負の不思議のダンジョンてか?」


 俺、このジャンルあまり好きじゃないんだが。


 やり込んで作った装備が一瞬で失われる悲劇とかあるよね。


 今はスライムだから、その心配はないけど。


 真面目に考えると、この先にもう片方の『外なるもの』が居る確率が高い。


 ジレン達もこの先に進んでいると思う。


 恐らく協力関係にある二体の『外なるもの』、その実力はある程度並んでいると見るべきだろう。


 あの使徒ですら簡単には倒せないほど強大な存在の片割れだ。


 彼らだけで『外なるもの』を討伐できる可能性は低い。


 諸々の事情を考えた結果、RTAばりに急いで走るという結論に至った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る