第97話


 ※ 三人称視点



 教会には避難してきた多くの人が集まっている。


 ハーゲンディは内部に入り込んだ眷属が居ない事を確認してから、守護の結界を張って民衆の安全を確保した。


「これで一安心であるな」


「ハーゲンディ様、外は今どうなっているのでしょう?」


 ソノヘンニールは突如として民衆を伴って現れたハーゲンディに質問をする。


「大敵の眷属共が暴れ始めておる。間もなくここにも攻めてこよう」


「アリドさんとは……」


「うむ、会ったぞ。見た目の割に中々どうして、食わせものよな」


 アリドとの会話を思い出しニヤリと笑うハーゲンディ。


 ソノヘンニールは二人の間に問題がなかった事に安堵した。


「この結界は吾輩が離れても持続する。故に吾輩は打って出るぞ」


「私もお供します」


「いや、おぬしはここで民を守れ」


 ハーゲンディは声を潜め、避難民に聞こえぬよう続きの言葉を告げる。


「吾輩にその余裕が残るとも限らぬ」


「それは……いえ、分かりました」


「うむ、頼んだぞ」


 教会の中をソノヘンニールに任せ、ハーゲンディは結界の外へ出た。


 空を見上げれば星も月も見えず、町は悲鳴と怒号、それと不快な叫びで溢れている。


 教会前の広場で佇むハーゲンディ。


 彼の死角に位置する民家の屋根の上から、二体の兎に似た眷属が顔を出す。


 正面から虫の群れが現れ、視線を誘導し、左右の斜め後ろから眷属が飛び出した。


「くだらん」


 空間に線が走り、兎の眷属は空中で細切れにされた。


 生きているように蠢く炎が、白い虫の群れ舐め尽して全て炭化させた。


 空から眷属だったものが降り注ぐが、ハーゲンディにはかすりもしない。


「それで隠れているつもりか」


 物理的には完全に隠れているはずの眷属達を次々に屠殺するハーゲンディ。


 一方的な蹂躙劇によって、眷属はその数を大きく減らす。


 戦局は有利に傾きつつあると言えるだろう。


 だがハーゲンディの心は晴れない。


「(どこだ……大きな力が近くにあるのは分かる……だが漠然としていて掴みきれぬ)」


 町全体から異質な波動を感じていたのだ。


 それは徐々に大きく、近くなっている。


 危機が迫っているのは確実だが、万全の状態で待ち構えるくらいしかできない。


 付近一帯の眷属が殲滅された頃、ふと地面の揺れを感じた。


 ハーゲンディだけが、ではない。


 町に居る全員が、揺れを感じた。


 それは次第に大きくなっていき、立つ事も難しくなるほどの揺れになる。


「ぬう! 来るか!?」


 ハーゲンディは直下、自分の足元から迫るものに勘付き、その場から飛び退く。


 一瞬遅れて石畳を砕きながら巨大な木の根に似た、緑色の植物が生えてくる。


 それはどこまでも伸び続ける。


 一本だけではない。


 二本、三本と増えていき、最終的に何十も生えて来たそれらは、絡み合いながら纏まって、一本の葉の無い緑の大樹に似た姿を取る。


 頂点は夜の闇に霞み、目視で見ることができない程に巨大。


 幹の太さは半径百メートルほどだろう。


 地上から数キロメートルの長さまで伸びた大樹が、幹の中ほどでぐにゃりと曲がり、町ごとハーゲンディを押し潰さんと上半分を叩きつけてくる。


 圧倒的な質量攻撃であった。


「これが『外なるもの』であるか!!」


 叫ぶハーゲンディの顔に恐怖も焦りも無い。


 ただ闘志を滾らせた男の顔があった。


 剣を抜き放ち、使徒としての権能を解放する。


「行くぞ!」


 白銀の閃光が、大樹に似た『外なるもの』の上半分を呑み込みながら天を穿つ。


 これで上半分が消し飛び、『外なるもの』の質量攻撃は失敗に終わった。


 次いで白銀の光は空に散り、星々のように瞬き、星座のように繋がり、天の昇った過去の英雄たちを描く。


 そして星の英雄が動き出す。


 天上の英雄達から放たれる裁きの光が、残る大樹の下半分を焼き払った。


 だが……。


「まだ気配は消えぬか……!」


 彼が足元から感じる異質な波動は未だ健在。


 僅かに衰えた気がするが、逆に言えば気がする程度の損害しか与えられていない。


「これは長くなるな……!」


 かつてない程の巨大な敵に、自らを奮い立たせるハーゲンディ。


 お互い、まだまだ小手調べ。


 戦いはまだ始まったばかりだ。






 所変わって町外れの異界。


「見ましたかパルボック君! 主が御出でになられましたよ!」


 大いに興奮して狂気の声を上げる眷属のハルダーン。


 当然パルボックもそれを見た。


「……ですが、光に……ぐぅっ」


 倒されたと、そう言おうとするが、自分の中にアレの破片があると気付く。


「ははは、何を言ってるんですか? ……ああ、パルボック君はまだこっち側に来てないんでしたね」


 ハルダーンは「それなら仕方ない」と納得して頷いた。


 そしてパルボックに『外なるもの』が如何に絶大な存在かを説く。


「良いですかパルボック君。我らの主にとって、あの程度の損失は指の先に針をちょこっと刺してしまった程度のものです。なぜなら我らの主は、この町全体はおろか、近郊を覆える程に巨大な体をお持ちなのですから」


「……そんな……あり得ない」


 パルボックの口から、思わずといった感じで言葉が漏れる。


「眷属になれば分かりますよ。主の一部となり、一体となり、この大地を覆う主の懐の広さを感じられるのです。しばし私はこの感覚を誰とも共有できませんでしたが、きっとパルボック君とならできると信じてますよ」


「どう、いう……」


「知りたいですか? じきに分かると思いますが、パルボック君の為に特別に教えましょう」


 そしてハルダーンは眷属というものについて語り出す。


「魂が脆弱な者は、決められた反応をするだけの……そうですね人形のようなものに成り果てると思ってくれれば良いです。つまり、大半の眷属は私のようにを保てないのですよ。あれらは肉体こそ個別にありますが、内面的には群体になり、吹き溜まった魂の残骸に支配されるのです」


 一息ついて、蹲るパルボックを見下ろすハルダーン。


 魂だけは奪われまいと足掻く姿に、内心で憐憫と祝福を送った。


「逆に言えば、魂が強ければ主の欠片と共存できるのです。私もかつて、今のパルボック君のように抵抗しましたよ。結果として、この優れた肉体と能力を頂きました」


 ハルダーンがかつては同じように抗っていた事を知り、酷く驚くパルボック。


「なんで……」


 その疑問が何に向けてのものだったのか、本人にも分からなかった。


 ただ言わずにはいれなかった。


 ハルダーンは疑問に答える事無く、話を続ける。


「主の力の大きさを森に例えましょう。すると私達は雑草どころか、種の一つに過ぎないのです。魂を永遠に守りたいのなら、主を越える力を持たねばなりませんが、只人の身で叶うと思いますか? ねぇ、パルボック君」


 パルボックは水風船が思い浮かんだ。


 風船が自分の魂で、その中に注がれる水がハルダーンの言う主の力。


 水は無限に感じるほど多く、破裂するまで注がれ続ける。


「私達は種です。主の力を多く受け止める事で発芽し、枝葉を伸ばし、やがては花を咲かせて主の世界を彩るのです。パルボック君は私より多くの力を受け、未だヒトを保っている……故に私は期待をしているのです」


 慈愛に満ちた目でパルボックを見つめる。


「その反骨心も、その絶望も、全てが反転し、全ての抵抗が、結局は主の為になるのですよ」


 ハルダーンはそう締めくくった。


 抵抗しても無駄に終わる……それどころか『外なるもの』に利すると知ったパルボックの心は折れそうになる。


「最期までヒトでありたいなら、今すぐ死ぬと叶いますよぉ」


 異界に二人以外の声が響く。


 二人が声の聞こえて来た方角に目を向けると、白い杖を突いた美しい少女が居た。


 冬の夜よりも冷たい空気を纏って、ユーティが二人の元へ到着した。





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