第96話


 ※ 三人称視点



 領主館の中は地獄絵図になっていた。


 数体の兎に似た眷属によって、使用人の大半が惨殺されたのだ。


 廊下には人だった破片の数々と、血と汚物がぶちまけられている。


 そんな死臭に溢れる館の中に、騎士と傭兵が足を踏み入れた。


 玄関に入ってすぐの広間に、最初に足を踏み入れた彼女が言葉を零す。


「言わんこっちゃない」


 その惨状を前にしてなお、普段通りの不敵な態度を崩さないナッツィナ傭兵ギルドの長、スイフォア。


「ロナ様! どうかご返事を!」


 憔悴しきった顔で騎士たちが叫ぶ。


 スイフォアは冷静を欠いた騎士達を一瞥し、内心で戦力から外す。


「(デコイ兼肉盾くらいには使えるかね)」


 彼女の魔力視は精度に優れるとは言えない。


 それでも館の外から緑の魔力は確認していた。


「(情報通りなら兎モドキは確実に居る。だが虫が分からない……実物も目にした事がないからねぇ)」


 スイフォアは死体を観察し、鋭い何かで何度も切り刻まれたと予測を立てる。


「(骨まで斬れてるし、肉の断面も綺麗なもんだ。随分と鋭利な攻撃だね。けど首なんかの急所は避けている。無駄に甚振いたぶった痕跡があるね。急に力を得て調子乗ってるタイプか、それとも余程強い怨恨か……)」


 次に死体の位置と向き、血や臓物の飛び散り方から、死体が向かっていた先は玄関だと推測した。


「(恐らく単独じゃないね)」


 敵の分析を進めるスイフォアだが、ふと微かな音を拾う。


「上だ」


 その一言で傭兵達は上方に目を向ける。


 領主館の広間、その天井からぶら下がるシャンデリアに一匹の眷属が張り付いて居た。


 クロスボウや礫の魔術が放たれるが、眷属は優れた俊足で次々と攻撃を回避する。


 攻撃によって砕けた破片が傭兵や騎士に降り注ぐ。


 破片を防ぐため、思わず幾人かが下を向いて防御姿勢を取った。


 それを狙ったかのように、広間の柱の陰から追加の眷属が飛び出してきた。


 その数は三。


 残虐な嗜欲しよくに染まった目を輝かせ、恐るべき速度で迫り来る。


 あっという間に彼我の距離はゼロになる。


 振るわれる鋭利な爪が傭兵の首に迫るが、気の抜けた音と共に急停止する。


 爪と腕が急停止した眷属だが、体にかかる速度と慣性はそのままだ。


 結果として腕が伸びきって、肩から鈍い音が響き、体は宙に浮いた。


「まず一つ」


 スイフォアが五指を曲げると、同期して眷属の全身が捻じ曲がり、断末魔と骨肉の壊れる音が響く。


 彼女の魔力の性質は『歪曲』。


 その魔力によって成される魔法は、硬度を無視してあらゆるものを捻じ曲げる。


 空間を曲げる事で無限回廊を作り出し、敵の攻撃を閉じ込める事ができる。


 魔力を敵の肉体に侵透させれば、全身を自由に曲げられるのだ。


 だが欠点もある。


 消費魔力の多さが一点、複数の対象を同時に歪曲させる事が出来ない点、そして魔法であるため、魔力抵抗レジストされたら効果が減衰してしまう点だ。


「(こいつら、魔力抵抗を知らないね?)」


 魔法が廃れ、魔術が台頭した現代の若者は、魔力抵抗という技術を軽視するどころか、そもそも知らない事もある。


 この眷属となった連中は、それに当てはまる者達だった。


 学も技術もない雑用係で、常に底辺に追いやられていた者達だった。


 残虐性の発露は、蓄積した憎悪と怨念の顕在化なのだ。


「ギェギュイ!」


 他の二体の眷属は、鋭利な爪で四人の騎士の首を刎ねた。


 そのまま速度を落とさず走り抜け、再び柱の陰に身を隠した。


 いつの間にか、上で飛び跳ねていた眷属も姿を隠している。


「あの爪に気を付けな、防具が意味を成さない」


「よ、傭兵! どうにかしろ!」


 騎士の残りは十四名。


 スイフォアは喚く騎士を無視して兎モドキへの対処法を考える。


「(奴らは高機動、高火力だが、低耐久、低耐性みたいだね。それに範囲殲滅力には乏しい)」


 騎士がまともに戦えなくても、当初の活用法なら問題ない。


「どうにかして欲しいなら私に従いな。受け入れられないなら勝手にしな」


「わ、分かった、従う……だから私を守れ。騎士の損失は町の損失……」


 自己保身に精を出す騎士に対し、スイフォアは聞く耳を持たずに命令を出す。


「騎士共、広間の階段を上って領主探しに行きな」


 つまり囮である。


 広間の奥から左右に階段が伸びており、スイフォアはそこを指差す。


「我々に死ねと言うのか!?」


「ここに居たら練度の低いアンタらは化け物に殺される。外に逃げても町で化け物が暴れ回っている。どこに居ても死ぬさ、戦わないならね」


「そんな! どうしてこんな事に……!」


 騎士達が強気だったのは、地位や身に纏う鎧によって安全を担保されていると思っていたからだった。


 その安全性が壊され、命が脅かされている今、彼らは恐慌状態に陥っていた。


 騎士に命令を出しているが、スイフォアは別の事に意識を集中させている。


 狐の獣人である彼女は立体聴覚に優れる。


 彼女は音で眷属の位置を割り出していた。


「(柱の陰に二匹、上に居た一匹は遠ざかっている……騎士が動かないなら領主は見捨てる事になる……)」


 傭兵達は騎士達に「使えねえ」と吐き捨てる。


 誇りよりも命が大事なのか、侮蔑されても騎士達はだんまりを決め込んだ。


 それを見たスイフォアは違和感を覚え、その正体を閃いた。


「アンタら、領主が死ねば自分らの悪事が明るみに出ないとでも思ってるのかい?」


 ビクリと体を震わせる騎士が数名居た。


 スイフォアは騎士達が後見人と共犯である可能性を思い付いたので、カマをかけてみたのだが、その反応を見て確信する。


「コーラス商会と繋がってる証拠はもう掴んでるのさ」


「…………何のことだか、分からない」


「領主が死んだら教会自治領から来た『正義の使徒』が汚職に手を染めた連中を裁くだろうさ。もしアンタらが恩情を得たいと思うなら、この危機的状況から領主を救うくらいはしてのけないとね」


 汚職に手を染めた者をわざわざ更生させる必要はない。


 それ相応の動かし方がある。


 スイフォアはそう考え、彼らの思考を誘導した。


「分からないが、ロナ様を助けるのは我々の職務だ……」


 急に都合の良い事を言い出し、立ち上がる騎士達。


 傭兵達は白けた目を向けるが、彼らはそんなもの意に介さない。


「い、行くぞ! 我々がロナ様を御救いするのだ!」


 所々で声が裏返りながらも、無理矢理気炎を上げて走り出す騎士達。


「(さて、柱に隠れてる兎は釣れるかね?)」


 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら騎士達が階段を上がっていく。


 そのまま左右に……分かれたりせず、一丸となって左の廊下に進んで行った。


 騎士に対する眷属の襲撃は無かった。


 スイフォアは既に眷属がこの場を離れた可能性を考える。


「索敵、警戒を念入りにしな。死角を完全になくすまで安全と思うんじゃないよ」


 その後、隠れていたであろう柱の裏を見てみるが、眷属の姿は無かった。


 そしてスイフォア率いる傭兵達も、領主館の探索する事にした。


「いいかい野郎共、次からは面で攻撃しな。ああいう手合いは単発じゃロクにあたりゃしないさ」


 対眷属の戦い方を指示し、館の奥へと進んで行く。




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