第94話


 ざっと見て二十人ほどのゴロツキが集まってる場所についた。


 公園のような広場なっていて、そこそこの広さがある。


 魔力視で見ると虫はゼロ匹、兎モドキっぽい魔力は四匹。


 位置的に散らばってて面倒だな。


 道を歩くのが面倒になったので、今は屋根の上に立っている。


「何か綺麗に四隅に居るな、兎モドキ」


「吾輩が手伝うか?」


 当然のように屋根の上にまでついてきた使徒。


 身体能力どうなってんだか。


 まあ折角の申し出だ、ぜひ頼むとしよう。


「じゃあ全部」


 よろしく。


「……左の半分は対処しよう」


「ケチ」


 できるならやってくれれば良いのに。


 ついでに手の内も分かるし。


「気を付けよ、あの兎、速いぞ?」


 聞く耳を持ってくれない。


「知ってる」


 音速越えてるものに反応できるほどの反射神経と、それに伴う機動力。


 あとたぶん耳も高性能。


「まあ人の擬態をしてる内は遅いでしょ、たぶんきっと」


「その可能性はあるが、人の段階でもある程度動けると見た方が良かろう」


 不意にゴロツキ達の誰かが「帰ろうぜ」と言い出し始めた。


 集められた理由も分からず、奴らの幹部なんかがいつまで経っても現れないのだから、そうなるのは当然と言えば当然だ。


「殺るか」


「合図は?」


「ない」


 変質魔力『硬化』『加速』『静寂』を全身に纏う。


 魔力で音を消して、弓矢のような速度で飛び出し、兎モドキに接近して鳩尾を狙って拳を突く。


 拳が腹部を突き抜け、背後に居たゴロツキに赤と緑の血肉が降りかかる。


「あ? ナニコレ?」


「うお、何だよ!? 血!? でも色が!」


 喚くゴロツキは無視して、対象が死んだ事を確認。


 拳を引き抜き、もう一人の兎モドキを殺すため飛ぶように走る。


 向かっている途中で兎モドキが変身してるのを見かけた。


 それを見た周りのゴロツキの一人が、狂乱したように叫びながらナイフで変身した兎モドキの足を斬りつけた。


 振り返りざまに爪を振るい、発狂したゴロツキの頭が宙を舞う。


「ギュギィ!」


 周囲のゴロツキを威嚇するように不快な声を上げる兎モドキ。


 体を低くして人垣で姿を隠し、背後に回り込んで殴りつける。


 拳で心臓を貫くと、兎モドキの体がビクリと跳ねた後、動きを止めた。


「ひぃ、なんだこれ!?」


「おいおい、悪ふざけなら程々にしろよ!」


 ゴロツキ共の悲鳴があちこちで上がる。


 兎モドキの死体が人々の目に留まるよう、少し離れた所に放り投げる。


 次々に上がる悲鳴に興味をそそられて来た野次馬がソレに気付き、上がる悲鳴が増える。


 焦りが焦りを、恐怖が恐怖を呼び、それは人から人へと伝播する。


 あのような化け物が町に紛れ込んでいるという情報は、予定通り民衆に広まっているようだ。


 散り散りになって逃げていくゴロツキと民衆。


 幾人かが周囲をキョロキョロと見渡しながら逃げずにいる。


 見た感じ、何も分かってない奴と、なぜ兎モドキから逃げるのかが分かってない奴の二種類の人が居る。


 前者は一般人、後者は虫の塊だ。


 魔術『火熾ひおこし』で虫を焼く。


「ひっ、人を焼いてる!?」


「人殺しよ!」


 俺が人を燃やしたように見えたのだろう、一般人が叫んだ。


 燃え盛る人がバラバラと崩れて無数の虫になる。


 米粒程度の小さな虫の群れが、蜘蛛の子を散らしたように蠢く。


「誰か、人が燃え……て、え?」


「……やだ、何アレ!? 人が、人が!?」


 追加の魔術で一匹も逃さぬよう焼ききる。


 虫も人の目に留まったようだ。


 当然パニックが起こるが、家にでも引き籠っていれば運が良ければ助かるだろう。


 民衆に紛れ込む虫の塊から一匹だけが離れ、どこかへと走っていく。


「(あれはあえて見逃すか……『外なるもの』を誘き出すのに必要だ)」


「皆のもの、静まれえぃ!!!」


 暴走状態になりかけた時、使徒が大音声が広場に響く。


 シンと静まり返った広場の中央で、彼が仁王立ちをしている。


「吾輩は教会自治領から来た正義の使徒、ハーゲンディである! 皆のものを安全な場所に吾輩が導こう! 故に落ち着き、安心せよ!」


 その言葉に、民衆は縋るような視線を送る。


 使徒はその視線を自信と威厳に溢れた姿で受け止めた。


「この町の教会に結界を張る! そうなれば安全だ! さあ、ついてまいれ!」


 教会に向かって歩き出す使徒の後ろに民衆が続く。


 一瞬こっちに目を向けて来た。


 正直どういう意図なのか、さっぱり分からない。


「(目線だけで意思を伝えるって実際無理だと思うわ)」


 なので気にせず俺は俺のやるべき事をやる。


 屋根に上り、羽虫ドローンで町を俯瞰して現状の把握を行う。


 ガザキ一行は下水道前で虫と戦闘中。


 多くの虫の塊は、まだ普段通りの行動を取っている。


 そもそもこの広場から遠い場所では、まだ情報は出回っていない。


 衛兵や傭兵が町のあちこちで忙しなく動き回っている。


 この後の俺の行動は『外なるもの』の撃破だ。


 釣れるか、どこかに籠もり続けるか、それによって行く場所が変わる。


 クタニア達が居る宿からは神の気配が濃くなっている。


 情報の共有に行かなかったが、察して準備を済ませたようだ。


 使徒が向かう教会には、兎モドキと少数の虫の塊が集結しているようだった。


 たぶん大丈夫だろう。知らんけど。


 少なくとも眷属格の相手に後れを取るとは思っていない。


 民衆という足手まといが居たとしてもだ。


 領主館の方に目を向けると、ギルド長が傭兵を連れて領主館前に布陣していた。


 ギルド長と騎士っぽい鎧の人が何事かを話しているが、内容は分からない。


「(ん?)」


 領主館の窓から傭兵達を見下ろす執事やメイドが居るのだが、数人の魔力が緑色をしていた。


 兎モドキが少数だが居るようだ。虫の魔力は見えない。


「(ギルド長に伝えたいが、あの人なら気付いてる可能性もあるか)」


 そう信じて他に目を移す。


 町外れにある農場とやらを探すと、すぐに見つかった。


 内部の農園が見えないよう柵で覆われており、兎モドキとは比べ物にならないほど濃い緑の魔力を放つ植物が生えていた。


 濃すぎて青汁みたいになってる。


 農園に人の姿は見えない。


 羽虫ドローンを下ろし、幾つかある小屋を見て回る。


 小屋の一つがやたら厳重に鍵がかけられたいたので、壁を貫いて中を調べる。


 そこには植物に絡み取られ、干乾びた無数の人の姿があった。


 養分にされてたのか。


 ミイラになった人に絡んでいる植物には濃い緑の魔力が流れている。


 調査を打ち切り、羽虫を再度空に上げる。


 大きな動きがあるまでは、仲間や協力者を信じて待つ。


 いっそ俺以外の人だけで解決に至れば良いなって思う。


 こういう希望の叶った記憶が、前世を含め滅多にないんだけどね。




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