第92話
※ 三人称視点
教会の地下に居た人達は、結局ハーゲンディとソノヘンニールの二人で救助した。
教会関係者は全員教会から追い出し、善良な一般人に手伝って貰う事になった。
「うぅむ、よもや全員が悪事に手を染めていたとはな」
「信じ難い事ですが、事実です」
二人は教会のデブ司教が使っていた執務室で話し合っている。
既に日は傾き、町を朱く染める時間帯になっていた。
なおデブや教会関係者は尋問後に地下牢に入れられた。
「この後はどうしますか?」
「大敵……『外なるもの』を討ちたいが、何か情報はないか?」
ソノヘンニールは少し悩む。
アリドやクタニア達の事を、ハーゲンディに言っても大丈夫かどうか分からないからだ。
その武勇こそ知れ渡っているものの、性格はあまり知られていない。
「うぬが考えておるのは、ランゴーンからの連れの事か?」
「……っ! はい、そうです」
内心を読まれて驚くソノヘンニール。
「この町に来てから神の気配を感じている。吾輩はそれが何の神であっても、どのような人物であっても軽率な行動はせぬと、我が神に誓おう」
ソノヘンニールは、ハーゲンディの言葉に嘘はないと感じる。
それに使徒の「神に誓う」という言葉は重い意味を持つものだ。
神の視線が注がれる使徒や聖女が、神への誓いを裏切れば最悪死に至る天罰が下される事になる。
そういった前例があるのだ。
「……分かりました、ただ全ては言えません」
「それで良い。吾輩もうぬに裏切りを強要するつもりはないのだ」
ソノヘンニールは少し悩んだ後、アリドの事だけを話す事にした。
彼なら上手くやってくれるという信頼があった。
「傭兵の仲間が混沌神と出会った事があるようです。彼が今、傭兵ギルドで多くの情報を掴んでいます。恐らくですが、現状を一番把握しているかもしれません」
「成程、特徴は?」
「一見すると美少年とも美少女ともとれる中性的な人間です。髪も瞳も色は黒です。子供に見えますが、非常に頭が回るし精神的にも成熟してます。年齢的にも成人していると言っていました」
「うむ、見た目通りではないという事だな」
ハーゲンディは他にもそういった特異な人を知っているのか、特に驚くこともなく頷く。
「では、傭兵ギルドに行くとするか……ソノヘンニール、うぬは教会を守れ」
「はい、被害者の保護はお任せ下さい」
「気を付けよ、それだけでは済まぬやも知れぬ。どうにも胸騒ぎがするのだ」
「……分かりました、全力で警戒に当たります」
二人は別れ、それぞれが行動を開始する。
クタニアは部屋で装備を整えていた。
使徒であるハーゲンディが神の気配を感じたように、聖女である彼女も同様に神の気配を感じ取ったのだ。
故に何かが起きている、あるいはこれから起きるのだと感じ取った。
アルシスカが部屋に戻ってくる。
「聖域を展開する準備を仕込んでおきました」
「ありがとうアルシスカ」
しばらくの間、妙な緊張感に満ちた部屋に沈黙が流れる。
「他の人は、大丈夫でしょうか?」
「アリドも司祭も問題ないでしょう」
クタニアは錫杖を抱え、不安気に窓から外を見る。
「ユーティさんは……」
「分かりませんが、無事である事を祈るしかありません……ただ、彼女も精霊の助力を得られる特殊な力の持ち主ですから、きっと大丈夫です」
そう言って、安心させるようにそっとクタニアに寄り添うアルシスカ。
クタニアはそれでも嫌な予感が膨れ上がるのを止められなかった。
滲むように、じわりじわりと死の気配が濃密になっていくのを感じていたから。
町を朱く染める夕日が、酷く不吉なものに見えて仕方がなかった。
ユーティは犯罪組織の者も、攫われた人々も、纏めて洗脳していた。
洗脳によって起きながらに夢を見る状態になった人々は、ユーティに情報を届ける生きた情報端末として利用されていた。
娼館のVIPルームにてくつろいでいたユーティに、ある情報が届く。
「おや?」
人攫いの連中を集めようとする、末端のゴロツキが現れたのだ。
ジューヤルである。
言葉巧みに犯罪者を集めようとする行動に違和感を覚えたユーティは、彼を自分の所へ招いた。
顔を合わせた途端、ジューヤルは酷く狼狽する。
「だ、誰だよ、アンタ?」
見ただけで分かる、一般からは隔絶された美貌を持つ人物。
そういうものは決まって偉い人と深い関連性があるというのは、ジューヤルにとっての常識であった。
下っ端同士だけのやり取りで済むと思っていた彼は、その予定が狂わされて焦ったのだ。
「(マズい、俺のやろうとしてる事がバレたら……)」
「大丈夫ですよぉ、私の目を見てくださいねぇ」
そう言って昏い虹色の瞳でジューヤルを眠らせ、記憶の摘出を行う。
そして彼女は、アリドが彼に指示した事を知った。
情報を集めてアリドの計画を予想するユーティ。
「……アリド君、行動は早い方が良いと考えてるんですねぇ」
詳細までは読めないが、大まかな動きは読めたユーティ。
予想される作戦の問題点を抽出し、裏からできそうな手助けを考える。
ユーティは自分の手駒を改めて見直し、恐らくアリド達が関連性を持てていないコーラス商会の人が利用できると思い付いた。
「うん、時間はまだありますねぇ」
策を練り、アリドを勝利に導く方法を考える。
ユーティが望む勝ち方になるように。
「私も成長しなければなりませんからねぇ」
アリドばかりが強くなると、彼女の目的は遠ざかる一方だ。
なのでアリドの作戦に乗じて、自らの強化を計画に入れる事にした。
ユーティは手始めにゴロツキ共を操り、アリドの支援を行う。
全てはお持ち帰り計画達成のために。
情報も準備も装備も万端とは言えないが、それでも戦わなければ生き残れない。
敵が理想通りに動く事など、現実では望むべくもないのだから。
様々な思惑が交錯する中、決戦の夜が迫る。
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