第91話


 魔力が緑化してないゴロツキだけ目隠しを外し、緑の肉が傷口を覆っている様を見せつける事にした。


 ちゃんと触手は人の手に戻しておいた。


 俺が緑化中のゴロツキを指せば、素直にそちらを見てくれた。


「え、なんだこれ?」


「何、何が? 何がどうなってんのぉ!?」


 ゴロツキは目を見開いて緑の肉が傷口を塞ぐように沸き上がる様を見つめる。


「こいつが食った野菜の影響だ」


 ナイフを取り出し、緑化進行中の男の頬を斬る。


 すぐに緑の魔力が集まりだし、蚯蚓みみず腫れのように緑の肉が盛り上がる。


 そして緑の肉に、白い毛が生えだした。


 目隠しを取ると白目の部分が赤くなっているのが見えた。


「……嘘だろ? いや夢か? そうか夢なんだな」


 現実逃避を始めたゴロツキを軽く殴る。


「痛みはあるか? 自分の血の臭いを感じるか? 認めろ、これは現実だ」


 鼻と口からちょっぴり血が出たが、この程度なら慣れてるだろう。


「何が……何がありゃこんな事になる!? おかしいだろ!?」


「何があったのぉ! 怖いよぉ!」


 半狂乱になるゴロツキ共。


 まあ無理もないのかもしれないが、こいつらの処理は手早く済ませたい。


 追加で殴って黙らせる。


「黙れ」


「………………」


「……ぐす……ひっく……」


 ちょっと強引だが、落ち着かせる事に成功した。


「最後の質問。答えていいのは野菜を食ってねえ奴だけだ」


 ゴロツキその二の顔が絶望に染まるのが目隠し越しにも分かった。


 無視してテンプレゴロツキだけに問う。


「お前、自分らを実験台にした組織に復讐したいか?」


「………………どうすりゃいい?」


 少し長めの沈黙の後、暗い感情の渦巻く瞳を俺に向けてきた。


 その顔に内心でほくそ笑む。


森竜会フォレストドラゴンの下っ端はお前らだけじゃねえんだろ?」


「ああ、はい」


「じゃあそいつらをどうにかして一か所に集めろ」


「どうにかって……どうやって、ですか?」


 難しそうな顔をするゴロツキ。


「言いくるめでも嘘でも何でもいい。材料は色々あるだろ」


「材料……野菜とか、シノギの件ですかね」


 ここで「それを考えるのがお前の仕事だ」とは言わない。


「商会、教会と関わりの深い奴ら、水商売関連の奴ら、相手に合わせて話題を変えろ。復讐してえなら上手くやれ」


 突き放すだけだと「こいつも上と同じ」だと思われるだろうからだ。


「俺は傭兵ギルドのギルド長から、この問題解決を依頼されている。つまり口利きができるって事だ、お前の今後にな。そして俺は傭兵だ、例え口約束でも約束は守る」


 そして俺の立場を明確にし、報酬を事前に提示、保証する。


「……分かりました、できるだけやってみます」


 拘束を外しながら、針触手で首の後ろをチクッとする。


「痛ッ!」


「お前が逃げないようにする為の魔術的措置だ」


 勿論そんなものは無い。


 ただのブラフである。


「そ、そうっすか……」


 首の後ろをさすりながら椅子から立ち上がるゴロツキ。


「ああ、そういやお前、名前は?」


「あ、自分、ジューヤルっていいます」


 テンプレゴロツキが舎弟みたいな態度になった。


 まあ一時的なものだろう。


 使い捨てるつもりだが、こうやって名前を聞いて、個人として認識されてるっていう承認欲求を満たしてやるのも大切だ。


「あ、あの! 俺、俺はどうなりますかぁ!」


「ジューヤル、あの二人は諦めろ」


「待ってくださいぃ! 俺も役に立ちます! 立てますからぁ!」


 ジューヤルの顔は罪悪感と苦悶に満ちていた。


 仲間のゴロツキの方を見るが、ずっとは見ていられないのか、すぐに目を逸らす。


 だが瞳だけは行ったり来たりしてるので、葛藤が窺える。


「部屋から出てろ」


「……いや、見届けさせて……」


「ギュイィ……グルジャアアアアア!!!」


 ジューヤルの言葉を遮るように緑化が進んだゴロツキが叫ぶ。


 口から泡を吹きながら、拘束具を千切るほどの勢いで暴れ出す。


 魔力はほぼ完全に緑化している。


 顔も身体も変形し、皮膚からは白い体毛が生え、耳が兎のように大きくなり、血を流しながら口の端が耳まで裂けて、歯がぽろぽろと抜け落ち鋭利な牙が生え揃う。


「ァァアアアアアア!!!」


 拘束具が引き千切られた。


 変質魔力『加速』『硬化』を纏ったスライム触手を放つ。


 音速を超える一撃が兎モドキの右半分を吹き飛ばした。


 飛び散った赤と緑の混じった血と肉片が、壁一面を彩る。


「(直撃しなかった? おいおい反応エグイぞ)」


 直撃はしなくても衝撃波など込みで殺せたが、それでも危険を感じる性能だ。


「は? な、なんすか、その……手? 腕?」


 そういやコイツ居たな。


 反射的に殺ってしまった。


「魔法」


「あ、魔法も使えるんすね……マジ強いんすね」


 適当に言ったけど普通に誤魔化せたな。


 一応釘を刺しておくか。


「魔法使いにとって、魔法の内容は秘匿しておきたいものだ」


「はい、分かってます、誰にも言ったりしません」


「じゃ、出ていけ」


「…………はい」


 渋々といった感じで出ていくジューヤル。


「助けてぇ……くれないですよねぇ?」


 少し考えた後、手を戻してから目隠しを取ってやる。


 そして身体が半分ほど吹き飛んだ兎モドキを指差す。


「ああなりてえか」


「俺、本当にああなっちゃうんですかぁ?」


「魔力視で見れば分かる」


「できねえです……下っ端やってる奴らなんて皆そうです」


 うなだれて意気消沈するゴロツキその二。


「じゃあ教えてやる。お前の魔力は半分ほど別の魔力に喰われてる」


「もう、どうしようもないんですね……」


「まあ苦しまないよう楽に死なせてやる」


「お願いしますぅ……ああ……やだ、嫌だ、死にたくない死にたくない死に――」


 頭を一瞬で砕く。


 魔力視で緑の魔力を観察すると、ゴロツキの魔力と一緒に霧散していった。


 死後に緑化される事はないらしい。


 まるで魔力に寄生……いや、共生する魔力だ。


 これは結構メンドイな。


 緑化の途中で殺すとただの殺人になってしまう。


 兎モドキの死体は兎モドキのままだが、ここまで来ると戦闘力が高くなる。


 あまりの厄介さに辟易としてしまう。


「はぁーメンド……とりあえず傭兵ギルド行くか」


 ギルド長との会話は情報整理に丁度いいのだ。






「という事で来た」


「何がどういう事だか、私にも分かるように言ってくれよ」


 ジューヤルはとは別行動をする事にした。


 他の下っ端達に声をかけ終わったらギルドに顔を出せと言っておいたので、その内来るだろう。


 来なかったら裏切りか、虫か兎に会って死んだ可能性を考えておく。


 下水道前に虫が居た事、特殊な空間にいつの間にか迷い込んだ事、それとゴロツキから聞いた情報を共有する。


 あと町で百人に一人は虫の塊が混じってる事も。


「……てな事があった」


「成程ね……大分瀬戸際なんだね、私達は」


「そゆこと」


 頭の回るギルド長は理解が早い。


「だが、そいつらの言葉は本当に信用できるのかい?」


「肉が焼けるくらいのアツアツ有刺鉄線巻き付けられても平気なら信用できない」


「へぇ、顔の割にえげつないじゃないか」


「いやいや例え話ですとも。ええ、例え話」


 悪い笑顔も中々決まっているねギルド長。


「ま、下っ端にそんな根性はなさそうだね。なら下っ端目線ではそれが真実かい」


「そうなるね。でも火のない所に煙は立たないでしょ」


「そうだね……しかしコーラス商会に、領主の後見人とは……中々どうして」


「おまけに時間制限付きだ」


 流石のギルド長も額に手を当てて、椅子の背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。


「アリド、どうしたらいいと思う?」


「俺が聞きたい所さん。まあでも一つ手は打った」


 ギルド長は体を起こし、前のめりになる。


「どんなだい?」


「俺が会話した下っ端を裏切らせて、他の下っ端共を一か所に集めるよう誘導させてる」


「集めて、どうするんだい?」


「集められた下っ端共の中にも虫や兎が混じってる可能性が高い。そして集める場所は、領主館からそう遠くない場所だ」


 考え込むギルド長。


「一般人の犠牲がどうのこうの言える段階は過ぎてる。というか既に相当な数の犠牲が出てる。領主館に民衆が逃げ込む口実を作って強引に侵入する」


「そして領主の状態を確認して、ついでに後見人を捕まえると?」


「それもあるけど、本命は別。この町を穏便に乗っ取れなくなった『外なるもの』は、高確率で強行手段に出てくる。だが戦力的に眷属のみでは難しいだろう」


「『外なるもの』そのものを引き摺り出す訳だ」


「そう。そして暫定『外なるもの』は二体。必要戦力は未知数だが、やるしかない」


「だが避難場所が領主館のみではね。誰も居なくなった町を守って、それが繰り返されたら、いつか人類は絶滅するよ?」


 痛い所突いてくるねえ。


 だがこの案そのものを否定するつもりはなさそうだ。


 詰めていこう。


「今夜までに避難場所とか増やせない?」


「まず『外なるもの』に当てる戦力を決めるべきだね。後は大丈夫な傭兵を見分けておく事が必要さ」


 確かにリソースが分からないと作戦の立てようがないか。


「衛兵とか騎士も選別やっておきたいけど、まあ領主館突入時にやればいいか」


「集めた下っ端共はどうすんだい」


「餌にすれば一般人が逃げる時間稼ぎに使える」


「だけどそれじゃあ敵の戦力が増えそうじゃないのさ」


「じゃあ……」


「それなら……」


 あーだこーだと色々話し合い、今夜の戦いに向けて作戦を練る。


 案が纏まったのは、日が沈み、街灯が光り出す頃になってようやくだった。




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