第89話


 町を適当に歩きながら魔力視で虫を探す。


 百人に一人くらいの割合で居る気がする。


「(これはちょっと、いやかなりマズいな……)」


 町がじわじわと乗っ取られつつある。


 幸か不幸か、鮮やかな緑の魔力は見当たらない。


「(下水道行くか)」


 人目のつかない路地裏に入り、昨夜の下水道入口を目指す。


 到着するまで何もなかったが、到着すると下水道入口に数人ほど立っている。


 魔力視で見れば、やはり虫の塊。


 ただ、虫と虫の境界が曖昧になっているように感じた。


「(対策されてるな……時間はあまり残ってないか)」


 虫共にバレない内に撤退する。


 路地裏を縫うように歩き、傭兵ギルドへと向かう事にする。


 方角や位置は覚えているので迷ったりはしない。


 しないはずだが……。


「……こんな遠かったか?」


 現在地を把握するために表通りを目指して歩く。


 だが歩いても歩いても、迷路のように入り組んだ薄暗い路地がどこまでも続いている。


 家の中を窓から覗いてみようとするも暗くて見えず、人の気配は無い。


 コピペして並べたような家と路地。


 作り物めいた町並みが、日常を酷く遠いもののように感じさせる。


 ホラー展開じゃねえか、ファンタジーじゃねえのかよ、この世界。


 いやでもダークファンタジーならワンチャンこういうのもあるのかな。


 俺がそんな感じで緊張感もなく歩いていると、俺以外の足音が聞こえた。


 立ち止まって、しばし待つ事にする。


 足音は近づいてくる。


 路地の曲がり角からふらりと人影が現れる。


 普通のおっさんに見えるが、魔力視をすれば分かる。


 虫の塊だった。


 歩き方にぎこちなさは無く、ちゃんとした人らしいものだ。


 表情はニコニコとしていて人当たりの良さそうな感じ。


「(擬態上手くなってんなぁ……)」


 筋力を強化して屋根の上に飛び乗ろうとしたが、見えない天井にぶつかって地面に落ちる。


「(異界? 結界? そんな感じかこの空間?)」


 どうにか上手く着地し、人に擬態した虫に目を向ける。


 突拍子の無い俺の行動を見ても、虫の塊の顔は笑顔のままだった。


 違和感が凄い。


「(魔力視で識別できなくなっても……いや、これもその内学習されるな)」


 とりあえず、問題解決には戦うのが一番手早い気がする。


 どこかから監視されてる可能性を考えて、魔術で焼くかね。


 歩み寄る虫の塊の足元に、『隆起』の魔術を地下に向けて発動する。


 即興の落とし穴に何の対処もできず、虫の塊は落っこちた。


「(あの虫は情報共有できるはずだが、伝わってないか)」


 殲滅すれば情報は伝播しないらしい。


 魔力を多めに込めて、魔術『火熾』で焼いた。


「良く燃えるな」


 そのまま燃え尽きるまで見届ける。


 魔力視で一匹も生き残っていない事を確認して、一息つく。


 燃え尽きるまでの間も周囲を警戒していたが、特に何かが近づいてくる気配はなかった。


 そしてこの得体の知れない空間はそのままだ。


「どーすっかねー」


 帰る方法が思い付かない。


 この虫を吸収して記憶を奪えれば、あるいはとは思うが……。


「(たぶん俺が虫のネットワークに接続できるようにもなる……で、『外なるもの』が管理権限を持ってるから、あっちからのアクセスを拒否できない)」


 なので虫の吸収は絶対にしない。


 あと虫から記憶を奪う条件を満たせるとも限らない。


 記憶を取り込めるようになる条件の詳細は今も不明だしな。


「じゃあ、どうすんだって話だよなぁ」


 魔力視で見えない天井や、家、路地に目を向けても何も分からない。


 そもそも天井は魔力視でも見えない。


 家壊すか。


 全力で家をブン殴る。


 反動で殴った衝撃がそのまま跳ね返ってきた。


 物理反射とか、こんな所でファンタジー要素出してくんな。


「(ゲームなら無限回廊系だな。定番の脱出方法は……特定の順序で歩く、特定のオブジェクトに干渉する、大体この二つのどちらかか?)」


 あたりをつけて家を一つ一つ確認しながら歩く。


 壁、窓、軒先、扉などを見比べて行くと、扉にだけ模様のような窪みがあった。


 よく見ないと気付けないような、うっすらとした窪みだ。


 指でなぞり、模様の形状を確認して覚えておく。


 他の家も回り、模様を確認すると、いくつか種類があるようだ。


「丸いやつ、細長いやつ、ジグザグなやつ……三種類か?」


 数はジグザグが一番多い。


 次に丸、一番少ないのが細長いやつだった。


 なんとなく少ないやつから行くか。


 細長い窪みがある扉のノブに手をかけてみると、鍵がかかっていた。


 全力で回してみると、捻じ切れた。


「俺を閉じ込めたのが悪い」


 なんかそんな言い訳が出てきた。


 というか壁は壊れないのに扉は壊れるのか。


 扉の方を全力で殴ってみるか。


「とう」


 破壊音を響かせながら、叩き込んだ拳が扉を突き破った。


 蹴りも追加で扉を粉砕して、俺は中へと侵入する。


 中に入ると空気が変わった気がした。


 あの空間から脱出できたのかな?


 家の奥から複数人の大きな足音が近づいてくる。


「なんだテメェ!」


「ここがどこだか分かってんのかぁ!?」


「落とし前つけ、て……」


 現れたのは三人。


 一様に顔を赤く染めて、怒りに満ちた表情をしていた。


 見るからにゴロツキといった風体で、その内の一人が俺を指差して硬直していた。


 俺を知っているらしいが、傭兵ではないだろう。


 この町で俺を知っている奴は限られるはずだし……ああ、思い出した。


「衛兵に突き出した奴らか」


 俺の言葉で三人の顔から怒りがスッと抜け落ちた。


 一応魔力視をしてみると、俺が足を砕いた奴以外の二人の魔力が異常になっている。


 元々の魔力に鮮やかな緑が混ざり、バグったゲームの画面のように混沌とした色になっていた。


「(なりかけか?)」


「な、なにをしに来やがった!?」


 上擦った声で叫ぶテンプレゴロツキ。


 他の二人は警戒するように俺を睨んでいる。


 カマかけるか。


「ギルドと衛兵は手を組んで動いている。お前ら、生贄にされたな」


 上から見捨てられた感じを匂わせてやる。


「……嘘だ」


 ゴロツキが否定をするが、その言葉には力がない。


「まあ嘘でも本当でも、お前らの未来は決まっている」


 そう言いながら一歩踏み込むと、三人とも一歩下がった。


「先に言っておくと、抵抗せずに情報を全部吐けば見逃してやっても良い」


 ゴロツキ三人は顔を見合わせる。


 もう一押ししてみれば押し切れそうだな。


「傭兵は国に属していない……つまり国が禁止するようなやり方だってできる。逃げたら縛ってから鉄の箱に詰めて火で炙る。楽に死ねないし、死なせない」


 前世では禁止された、海外の拷問処刑方法だったはず。


 ソースは友人。


 その光景を想像したのか、顔を青くして口を開くゴロツキ。


「……分かった、何でも話す」


「賢明だな」


 騙すようで悪いが、必ず見逃すとは言っていないので混ざってる二人は逃さない。


 テンプレゴロツキはリリースするタイミングを考えれば敵に影響出せるかもな。


 さて、緑の魔力が混じった経緯を知りたいが、何を聞けば良いかね?


 どんな犯罪してるか、そこから知るのが良いか。




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