第88話


 ※ 三人称視点



 ソノヘンニールは朝から教会に出入りする人を観察していた。


 街角で適当な雑誌を読む振りをしながら、かれこれ二時間ほど。


 今の彼はアルシスカの協力によって変装し、聖職者然とした姿ではなく、一般人とそう変わらない姿になっていた。


「(普通の人しかいませんね……ずっと同じ場所に居ても不信がられますし、そろそろ移動しなければ……)」


 日中からあからさまに怪しい人など居ないかと、そう考えて移動をしようとした、その時である。


 孔雀のような派手な髪の色をした偉丈夫が、巨大な馬に乗って駆けて来た。


 服装や装飾も派手で、全体的に輝いている。物理的に。


 唐突に現れた異様な人物に、町の人達もソノヘンニールも皆、開いた口が塞がらなくなった。


「え、誰?」


 民衆の中の誰かが、皆が思っているであろう疑問を口にした。


 その声に反応し、派手な長い髪をばさりと広げた後、人が集まる方へ体を向ける。


「フッ、吾輩が何者か?」


 不敵な笑みを浮かべ、人々の視線を一身に集める伊達男。


 そして大声で彼が何者かを知らしめる。


「吾輩こそォ『正義の使徒』!! ハーゲンディである!!」


 その大胆な宣告で、一気に周囲は騒がしくなる。


「使徒様?」「え、本物?」「なんでこの町に?」


 急に登場した使徒に、町の民衆はざわざわと囁き合う。


 一方ソノヘンニールは酷く驚いていた。


「(正義の使徒、ハーゲンディ……あの人が)」


 ソノヘンニールは彼の事を知っていた。


 教会の最高戦力と言われる使徒。


 いかなる戦場に置いても、いかなる敵が相手であっても、常に最高のパフォーマンスを発揮できる万能の戦士として知られる。


 そんな彼が来るなんて、何か深刻な理由があるのではないかと邪推してしまう。


 ハーゲンディは人々の疑問に答えるように言葉を放つ。


「この町で何やら不穏な事件が起きているようだな? 故に、吾輩が解決の為に来たのだ!」


 一部の人が「昨日の事件……」といった事を口にする。


 ソノヘンニールは直ぐに思い至る。


「(アリドさんが聖女様達に調査を頼んだ件ですね)」


 そう考えていると、教会の入口からでっぷりとした、だらしない体の男が慌てた様子で出てきた。


 この町の司祭である。


「これはこれは使徒様、お出迎えできずに申し訳ありません。歓待のご用意を急がせております」


 手を揉みながら腰を低くして、へりくだる太った司祭。


 そちらを一瞥したハーゲンディは、冷たい顔で言い放つ。


「いらぬ」


 どこか威圧感を感じさせる声に、デブ司祭の顔に玉のような汗が浮かぶ。


「だが、妙な臭いがするな貴様」


「申し訳ありません、身嗜みは常日頃から気を払っているのですが……」


「そうではない」


 ハーゲンディは馬から降りると、馬にここで待つよう言い、教会へ向かう。


 大股でどんどん奥へと進んで行く。


 慌てて後に続くデブ司祭。


 町の人達も顔を見合わせた後、使徒の行き先が気になるのか、野次馬根性の逞しい連中が後をついて行く。


 ソノヘンニールも人ごみに紛れて教会に入る。


 教会の中を進んで行き、時折ハーゲンディは「ここは何の部屋だ」という質問をデブ司祭に投げかける。


 一般人が入れない場所にも進んで行き、そこで民衆は止められた。


 渋々といった感じで戻る野次馬達。


 解散ムードになって、散り散りに教会から立ち去っていく。


 ソノヘンニールは帰らず留まる事を選択する。


 教会の聖堂にて長椅子に腰をかけ、祈りを捧げたり、休憩をしたりして時間を潰していた。


 そうこうしている内に、一周したのかハーゲンディが戻ってきた。


「使徒様、当教会は御覧の通り何の問題もありません。安心して羽を休めてください」


「……ふぅむ」


 得意満面なデブ司祭と、悩まし気に顔をしかめるハーゲンディ。


 それを見てソノヘンニールは二人へと近づいて行く。


 彼に気付いたハーゲンディが顔を向ける。


 デブ司祭は気付かず、ひたすらこの教会がいかに素晴らしいかを語っている。


「はじめまして、使徒様。ソノヘンニールと申します」


「ほう、うぬがそうか。聞いておるぞ、我らが大敵の陰謀を長きに渡り防いだとな」


 ハーゲンディの興味が完全にソノヘンニールに移り、デブ司祭が憎々しくソノヘンニールを睨む。


「うおっほん、何の用かね司祭ソノヘンニール。それに司祭ともあろう人物がそのような恰好では示しがつかないと思わないのかね」


 ソノヘンニールは嫌味を垂れるデブ司祭を無視してハーゲンディに質問をした。


「使徒様、地下室は御覧になられましたか?」


「ほぉう、そのような場所があるとは、吾輩は知らなんだなぁ」


 再びデブ司祭の顔に大量の冷や汗が浮かぶ。


 様々な思考が瞬時にデブ司祭の脳裏を駆け巡り、一つの結論に至る。


「そのようなもの、私は知りません。もしあるのなら……」


 それは教会に裏切者が居る、と続けるつもりだったが、ハーゲンディも彼を無視する。


「案内を」


「お任せください」


「あっ、ちょっ」


 正義の使徒を名乗るハーゲンディを前に無法を働けばただでは済まない。


 デブ司祭は教会の暗部が明るみに出るのは防げないと考え、誰に責任を擦り付けるかを思案する。


 ソノヘンニールは教会の最高戦力を信じて、ここで教会の不正を暴く事にした。


「たしかこの辺りに……」


 魔力を使い、聖印の刻まれた壁飾りの布の向こうに隠された階段を見つける。


「成程、聖印を汚さぬよう気を遣う事を利用して隠したか」


「い、いつの間に、このようなものが、我が教会に……」


 ハンカチで汗を拭いながら、デブ司祭がしらじらしく驚いて見せた。


 当然無視される。


「使徒様、もし――」


「みなまで言うな、分かっている」


 静かに魔力を纏うソノヘンニールとハーゲンディ。


 エコーロケーションにて地下の構造を素早く把握するソノヘンニール。


 それに気付いたのか、ハーゲンディは彼に問う。


「地形は?」


「正面に広間が一部屋、奥に続くであろう扉が二つ」


 ソノヘンニールの話を聞いた瞬間、ハーゲンディは弾丸のように飛び出す。


 慌てて追いかけるソノヘンニールが広間に到着した段階で、どう見ても反社な連中が十人ほど、全員倒れ伏していた。


 追いつくまでにかかった時間はほんの二、三秒だ。


「(何が……)」


「奥を探れるか」


「はい、やってみます」


「急げ」


 無辜の民をいち早く、より確実に救うための催促だ。


 ソノヘンニールも分かっているので、扉に手を当てて魔力を浸透させ、音ではなく魔力によるエコーロケーションで奥を調べる。


「この部屋の奥に檻のような――」


 最後まで言葉を言い切る前に、ソノヘンニールの触る扉が消えた。


 ソノヘンニールは一瞬呆気に取られるものの、檻の前に居た見張りが倒れる音が聞こえてくると同時に、もう片方の扉の奥を調べ出す。


 音も、空気の動きも感じさせずハーゲンディが横に現れた。


「かなり先まで続いています」


 瞬間移動のような力に内心で驚きつつ、自らの仕事をこなすソノヘンニール。


「これは……何かが奥に逃げている?」


 再び扉が消えた。


 暗く先の見えない通路が続いているのが見える。


 見えたと同時くらいに轟音と振動がソノヘンニールの全身を揺らした。


「ぐっ、使徒様!?」


 思わず通路に向かって叫ぶソノヘンニールだが、返答は後ろから聞こえた。


「思いのほか判断が早い……一匹しか斬れなんだ」


 振り返るとハーゲンディがおり、彼の手には兎に似た、しかし兎と呼ぶには凶悪な頭部があった。


 想像を遥かに超える戦闘力にソノヘンニールは言葉を失う。


「(これが、教会の最高戦力)」


 首を適当に放り投げ、ハーゲンディはソノヘンニールに問う。


「うぬは既に大敵の眷属を見ているのだったな。これはどうだ?」


「これの魚版が眷属と名乗り、交戦した事があります。傾向的な類似はあるかと」


「では、これもまた、そうなのだろう」


 ハーゲンディは確信めいた声で言い切った。


「まずは民間人の救助、それが終わったらアレを問い詰めるとしよう」


「私は人手を集めましょう」


「うむ、まともな人選を頼むぞ」


「最善を尽くします」


 この時は、恐らく教会全体が関与していた訳ではないだろうと思っていた二人。


 ソノヘンニールは魔法を使えば感情の波を捉える事ができる。


 正義の使徒であるハーゲンディも真贋を暴く手段を持つ。


 彼らはこの後すぐ、人の欲望と悪意には底がない事を改めて痛感する。




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