第87話


「……という事が分かりました」


「なるほど」


 昼食後、かくかくしかじかでクタニア達が昨晩知った事を教えて貰った。


 あの虫が日中にも町中を普通に歩いてるという情報は収穫だな。


 気になったのは、扉をノックしたり、常識的な知識をどこで手に入れたのか。


 人を喰う事で、その人の持つ知識を得る感じかね?


「ありがとう、良い仕事だ」


「そうですか? 良かった」


「クタニア様なら当然です」


 まんざらでもなさそうな顔で、二人がイチャつきだす。


 猫動画を見るのに似た癒しを得られる光景だな。


「そうだアリド、他に私達にできる事はありますか?」


 ふとクタニアがそう聞いてきた。


 ちょっと考えてみる。


 ギルド長の依頼……虫と地下に関しては、敵味方を見分けるのが先だ。


 クタニアの強力な権能は可能な限り敵に知られてはならない。


 よって俺との同行は得策ではない。


 教会と犯罪組織の関係……人類が起こす問題は、ソノヘンさんが既に探りを入れているし、ギルド長が動いて町の衛兵を巻き込む算段だ。


 二人を投入しても戦力過剰な気がするし、素性が衛兵なんかの公僕に割れるのはマズいだろう。


 残る問題は兎モドキしかないが、手掛かりは今のところ皆無だ。


 領主もある意味問題だが、関与は難しいし除外で良いだろう。


 ……頼む事が無いな。


「今は、クタニアは待機していてくれ」


「……そうですか、分かりました」


 少し寂しそうに返事をして、顔を伏せる。


 アルシスカが目と尻尾で抗議してくるが、死神の聖女という鬼札ジョーカーは簡単に切れない。


 まあ状況説明をすれば分かってくれるだろう。


「この町で信頼できるのが、俺達以外に誰も居ないってのが現状だ。傭兵ギルドも、衛兵も、領主も、教会も、一般人も、誰も彼も入れ替わっているかが分からない」


 俺の言葉にアルシスカが口を開く。


「そんなにか?」


「そんなにだ。虫に喰われた犠牲者は、傭兵ギルドが確認しただけで七十四くらいになってる。公になっていないだけで、恐らく実際の被害の数はもっと上だ」


 七十四という数字は、ガザキの傭兵団と元からの犠牲者の合計だ。


「それだけの被害が出ていて気付かれない理由はなん……まさか、被害者全員が入れ替わっているから、誰も気付いていないのか?」


「たぶんな」


 いつの間にか隣人だった人が、人に擬態した虫の塊になっている。


 そんな想像をしたのだろうか、二人はそっと窓から町を見下ろす。


「まだ確証はないが、たぶん虫は喰った人の知識を得ている」


「だとすると、危険ではありませんか? 私が末期まつごの記憶を読み解いた被害者は、あの虫の見分け方を知っていました」


「そうだな……ああ、いや、そうか」


 クタニアの言葉を聞いて思い付いた。


 あの虫共の次の標的は予測できる。


 日記を流し読みして見分け方を知ったが、そこで思考が止まってた。


 一つ言い訳させて貰えるなら、考えることが多すぎるのが悪い。


「虫が次に狙うのは、そういった技能を持った人物か」


 俺の言葉にアルシスカが疑問を口にする。


「誰か知ってるのか?」


「知らん」


「おい」


「聞けば良いんだよ。利用するためにギルドに所属してんだから」


 アルシスカは呆れたように、クタニアは感心したように俺を見る。


「ともかく、今回の敵も大概トチ狂った能力を持っている。みだりにこっちの手札を晒す訳にはいかない」


「はい、分かりました」


「まあもっともだな」


 現状の説明を受けて、二人は納得したように頷いた。


「あと教会と犯罪組織の方も、衛兵が関与してくるだろうな」


 俺がそう言うと、クタニアは再び窓から町を見下ろす。


「司祭殿は大丈夫でしょうか?」


「彼は問題ないでしょう。今回は不殺の必要がありませんし」


「ソノヘンさんの技、虫に対して特効かもしれないんだよな」


 そういえば虫の性能について話してないと気付く。


 正しく情報を伝えないと判断を誤る危険があるからな。


「そういやさっきから言ってる虫の性能なんだけど……」


 かくかくしかじかで、現在分かっている事を伝える。


「大丈夫です、私なら対処できます」


 クタニアは特に恐れた様子はなく、虫を駆除できると言い切った。


「今なら祭具も揃ってますから、死という概念を持たない存在に死を与えるという、死神かみの御業を行使できます」


「そういう事もできるのか。だが数は多いぞ?」


「はい、そういう領域を作るので問題ありません」


「……領域内であれば死なないものも死ぬようになる、という認識でいいか?」


「その認識で問題ありません」


「範囲は?」


「十分な祭具さえあれば、この町を覆えるくらいには……あ、でも、今の手持ちだと、家一つ分くらい、です」


 後になっていくにつれ、徐々に言葉から力が抜けていくクタニア。


 最後の方はかなり小声になっていた。


 本人にその自覚は薄そうだが、非常に強い権能だろう。


 最終的には概念みたいな形の無いものすらも殺せそうだ。


「やっぱりクタニアの権能は『外なるもの』との決戦まで伏せておきたいな」


「『外なるもの』は、この町に居るのでしょうか?」


「まあ居る前提で動いた方が良いな。最悪二体居るし」


「まだ良く分かっていない、眷属らしき存在ですね」


 そうなんだよね、あの兎モドキ。


 何にも分かってないに等しいんだよ、あいつら。


「ソノヘンさんが何か掴んでくれればいいんだけどな」


 俺がぼやくように吐いた言葉に、アルシスカが反応する。


「犯罪者共と関係があるのか?」


「ただの予測、というより願望だな。深夜に見かけたし、犯罪者に紛れてるなら、違和感なく人間社会に潜り込めるだろうなって」


 そうであってくれと祈るばかりだ。


 日記から得た情報からの推察では、兎モドキも人の中に紛れている可能性が高い。


 一応他にも領主が唆されて、人を辞めたから面会拒絶してるという可能性もある。


 ギルド長が衛兵を動かした際に、領主が何かしら行動を起こした場合、その可能性は高まってしまう。


 衛兵への命令権を持っているはずだし、止めに来るようならほぼ確実に黒だろう。


 これならかえって分かりやすい。


 ただ後処理が絶対に死ぬほど面倒になるけど。


 最悪『外なるもの』を倒したのにお尋ね者になる可能性がある。


 こうであって欲しくないと心から祈る。


「じゃあ、このあたりで」


「はい、気をつけて行ってらっしゃい」


「ついでに持って行け」


 部屋から出ようとした際に、アルシスカから空になった食器なんかを渡される。


 片付けてこいと。


「まあいいけど」


「えっと、良いんですか? ありがとうございます」


「部屋に入れてやったんだ、そのくらいやれ」


「クタニアの部屋だけどな」


 締め出されてたし。


 ぐっと言葉に詰まったアルシスカを尻目に、部屋から退出する。


 食堂に向かい、食器を適当に置く。


 今日も棚にはソノヘンさんの昼食が残っていたが、他にも二人分残っていた。


「(誰の……ああ、そういやユーティとナンパ君が一緒に歩いてったな)」


 ナンパ君に興味はないが、ユーティは警戒対象だ。


 どうにも得体の知れない胸騒ぎを覚える。


 ユーティが見えない所で、何か恐ろしい事をしている妄想が脳裏をよぎる。


 頭を振ってその妄想を振り払う。


 気のせいだと自分に言い聞かせる。


 ユーティは確かに謎が多いが、その謎を追及をする暇はない。


「(仮に何かやってたとして、俺にそれを止める手立てはないしな)」


 今はどうにかしなきゃならない問題が山積みだ。


 やるべき事をやるしかないのだ。


 ……やりたくないけど。


 ああ、どっかからチート野郎でも湧いて問題解決してくんないかな。




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