第84話


 虫の焼却後も下水道入口を見張っていたが、追加の虫も、傭兵も帰って来る事はなかった。


 遠くの空が白み出し、夜明けを告げている。


「どーすっかなー」


 傭兵ギルドに戻るか、単独で下水道調査に赴くか、宿に帰るか。


 捕まえた一匹を傭兵ギルドに持ち帰った方が良かっただろうか。


 キモくてつい消滅させてしまったが、失敗だったかもしれない。


 うだうだ悩んでいると、足音が近づいてくるのが聞こえた。


 音の発生源に顔を向けると、ガザキと他数名がやって来るのが見えた。


「アリド、無事だったか」


 ガザキは俺を見て、驚いたように声をかけてくる。


 その声には安堵が混じっていた。


「あの白いやつは……?」


「そこ」


 俺は炭化した虫が溜まっている落とし穴を指差す。


 覗き込むが、どことなく困惑した顔になる。


 まあ見た目黒い米粒大の小石が大量に溜まってるようにしか見えないだろうしな。


「これがか?」


「魔術で焼いた」


「なるほど、少し掻き分けても良いか?」


「良いけど、金属の棒か何かでやる事をお勧めするよ」


 精密魔力視込みで生き残りが居ないかチェックしたが、一応念のため。


「分かっている」と頷き、剣を抜いて虫を掻き分ける。


 虫が擬態していた姿は彼らの仲間のようだったし、何か見つけたいのだろうか。


 しばらくザクザクという音だけが響くが、何もないと諦めたのか手が止まった。


「……アリド、他に誰かが出てきたりは」


「ない」


「……そう、か」


 悲痛な声が他の傭兵達からも上がる。


 一晩で三十五人の仲間を失ったのだ、無理もない。


「アリド、一緒にギルドに戻ってくれるか。あの白いやつについて情報を共有したい」


「りょ」


 まあ他に優先する事も無いし、ここから追加が出てくることもなさそうだ。


 ガザキの提案を受け入れ、ギルドに戻る事にした。




 ギルドに着くと、いつもの部屋ではなくギルド長と話した応接室に通される。


 部屋の中に入るとイケおばのギルド長が居た。


「来たね。適当に腰掛てくれ」


 そう言って俺とガザキに着席を促す。


 俺は対面の椅子に疲れた感じでだらけた姿勢で座る。


 ガザキは背筋を伸ばして姿勢良く座った。


 ちなみにギルド長は威厳たっぷりに手と足を組んで座っている。


「ギルド長、指示通りに来ましたが、なぜここで?」


 怪訝そうな表情でガザキが問う。


「内通者を疑ってるんでしょ」


 俺がそう言うとガザキは驚き、ギルド長は感心したように「ほう」と息を吐く。


「そんな事が……」


「あり得るのさ。報告では団員の姿で現れたんだろう?」


 ギルド長の言葉にガザキは反論を言いたそうにするが、何も思いつかなかったのか、ぐっと言葉にならない声を飲み込んだようだ。


 残酷なようだが、追い打ちをかける。


「犠牲者が着ていたであろう服や装備を身に付けていた。つまり見た目を真似る知能があるという事だ。学習能力があり、人への理解が進めば、いつかは元の人と見分けがつかなくなる可能性がある」


「いや、そんなの、誰も信用できなくなるじゃないか……」


 ガザキは呟くと同時に脱力して、姿勢の崩れてしまった。


 呆然としてしまった彼にギルド長が声をかける。


「だがね、それは最終的な話さ。今ならまだ何とかできるかもしれない」


 ギルド長のフォローによってガザキはハッとなる。


 だが俺は更に追撃をかけるぜ。


「今後はガザキの団員の姿を真似したアレが出てくるかもよ? 戦える?」


「――それならば、むしろ我らこそが戦わねばなるまい」


 俺の挑発じみた言葉に、むしろ火が点いたようだ。


 まだ心は折れていないようで良かった。


「とりあえず、アリドが戦ったものについて詳しい話を聞かせてくれるかい?」


 ギルド長がこちらに顔を向けて声をかけてきた。


 念のため精密魔力視で周囲に問題、違和感がないことを確認してから話す。


「戦ってみて分かった特徴は、火で燃えた事、他の個体を肉の盾にして火から身を守る個体が居た事、喰った対象の魔力の性質を模倣できる事、潰しても死なない事、筋肉や内臓や血が無い事、一匹だけ安置に居て他が壊滅状態になった時に逃げ出した事、ヒトの擬態は精密な魔力視で判別可能、このくらいかな」


 今まで不敵な笑みを絶やさなかったギルド長も、俺の話を聞いて眉間に皺を寄せて考え込む。


「……思った以上に厄介そうだね」


「ああ、燃やした時にゴムを焼いたような臭いがしたってのも追加で」


「何だその、変な……普通の生き物ではないのか?」


 ガザキは困惑したような顔で、理解が及ばないと言葉を零す。


 生態とかそういうのが、まったく想像できないんだろう。


 俺も分からん。


 なので事実から「そういうもの」として受け入れるしかない。


「まあこの世の理から外れた存在だよね。常識で測ったら死ぬ類の相手だよ」


 言葉だけでは伝わらないのか、ガザキは難しそうな顔で押し黙る。


 実際に遭遇しないと『外なるもの』の異常性、逸脱性は理解できないか。


「アリド、あんたの目から見て他に何かありそうかい?」


「んー……たぶん個々に生きてる。遠隔操作とか、そういうので動いてない」


「母体はあると思うかい?」


「あるんじゃない? 奴らが人を喰うのには二つの目的があって、一つは繁殖、もう一つが模倣だと思うし……たぶん脊椎に傷のあった骨が繁殖のために喰われた人のだと思う。これは完全に勘だけどね」


 四つだっけ。


 それであの量なのはちょっと草枯れる。


「母体が居るとしたら?」


「そりゃ下水道じゃないかな。他の傭兵が誰も帰って来なかった以上、あそこは厳重に防衛されてる可能性がある」


「そうだね、私もそう思うよ」


 うんうんと頷くギルド長。


 おや、なんか嫌な予感がしてきたぞ。


「アリド、あんたは頭が良い。信頼できる傭兵を集めて対処しな」


「威厳とか人望ないでーす」


 面倒な仕事押し付けられるやつだ。


 断固拒否したい。


 俺は面倒が嫌いなんだ。


「ガザキ、そこら辺は頼んだよ」


「分かりました」


 二体一はルールで禁止っすよね?


「新人に何やらせてんの?」


「有能な人材には早い内から重要な仕事を任せるもんさ」


「安心しろ、可能な限りフォローしてやる」


 わーい、何も嬉しくねえ。


「それとアリド、あんたはその顔を使って上手く野郎共相手に主導権を握ってるそうじゃないか」


「記憶にございません」


 見た目を活かしつつ自分の意見や道理を通そうとしたら、たまたまメスガキっぽいムーブをする羽目になっただけなんです。


 本当なんだ。信じて欲しい。


「ああ、パルボックを手玉に取ってたと聞いたな」


「誰ソレ?」


「作戦本部で一人だけメガネをかけた奴が居ただろう」


 ああ、あのメガネか。


 あれは単に異性への耐性が無かっただけでは?


 ともかく、反論をしなければ。


「別に俺じゃなくても良くない?」


「駄目だね、諦めな。アリドが適任なのさ。人に化けた白いやつを見分けられて、外から来たばかりで町に潜む化け物との関わりがまだ薄い。今の状況だと、前から居た奴ほど信用できないってのは、あんたも分かってるんだろう?」


「理屈としては理解できるが、他の傭兵や町民、教会、領主の感情は平気か?」


「任せな、そこは私の領分だ。アリドが気にする事じゃあないよ」


 にやりとニヒルに笑って見せるイケおば。


「俺からも頼む。俺らだけじゃ、きっとどこかで詰まるか、やられる」


 ガザキからも頭を下げられてしまった。


 俺という新人に対して、誠実に頼んでくる姿を見せられると断りづらさが増す。


 良心の呵責というものが、かつてないほど俺に圧をかけてくる。


「…………ぐっ」


「なに、アリドだけに背負わせるつもりはないさ。何かあろうとなかろうと、私に自由に会いに来て良い。相談くらいなら受け付けよう」


「それは元よりそうすべきでは?」


「仕事以外の話でも相談に乗ってあげようって事さ。例えば教会や領主に関して、とかね」


 やり手だなこのイケおば。


 精神的に圧をかけてきた後に、利点メリットを提示して良心に逃げ道を与えてきやがる。


 教会や領主――つまり貴族と繋がりを持てるという利点は小さくない。


「安易な答えに飛びつくのはしゃくなんだが」


「だが安易な答えが常に最悪な答えとは限らないだろう? 良い事も有り得る」


「ギルド長は実に口がよく回るな」


「ありがとう、よく言われるよ」


 俺の負け惜しみに素敵な笑顔を返してくれるギルド長。


 ただ冷静に考えれば悪い話ではない。


 教会はソノヘンさんに任せられるが、領主だけは繋がりがない。


 情報を得られれば、情勢を俯瞰しやすくなる可能性は大いにある。


 そこから見えてくるものもあるだろう。


 でも良いように使われるのは気に食わない。ただでは転ばんぞ。


「報酬の上乗せはあるんだろうな?」


「勿論、金貨を三割増しで払おうじゃないか」


「じゃ、交渉成立」


「良い働きを期待してるよ」


 食わせもののギルド長だが、頭のおかしい奴よりは千倍マシだろう。


 お金は必要だし、今『外なるもの』をどうにかしないと後でしわ寄せが来るはず。


 人類の内ゲバによる最悪の事態を避ける為には貴族との接触は不可避だった。


 受けたくないけど、これは受け入れらざるを得ない。


 そう自分に言い聞かせて、依頼の上乗せを受け入れた。




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