第83話


 どこからともなく湧いて出てくる白い何かを振り払いながら全力で走る事一時間くらい。


 下水道の入口に戻って来れた。


 時刻的には日付が変わる辺りだろうか……空はまだ暗く、夜は深い。


 ガザキと俺以外は息を荒げ、地べたに座ったり膝に手をついている。


 ここに戻ったのは俺達だけのようで、他に人影は見当たらない。


「他の班と遠隔でやり取りする方法あんの?」


 俺がガザキに聞くと、首を横に振って否定をした。


「定刻になった場合と、問題が起きた場合に戻るよう事前に決めていた」


 時間を計る道具はあるようだが、通信機などは無いようだ。


 あったとしても、下水道は魔力を遮断する素材が壁に使われている。


 上手く機能しない可能性も十分ある。


 魔力文明において、この下水道ってかなり問題ありそうだな。


 ともかく、難しい顔をしているガザキに今後の動きを聞く。


「で、どうする? 待つ? 迎えに行く?」


「……ここで待つ」


 二次遭難を避ける為か、仲間を信じているのか……。


 どちらにせよ、しばらくここで待機となった。


 息が整ったのか、へばっていた三人が立ち上がりガザキの元に集まる。


「なあ親父、他のみんなは大丈夫か?」


 不安そうな声でそう問いかけるのはエルフの少女、イナーシャ。


 彼女に付き添う二人もどこか不安気だ。


「大丈夫だ、仲間を信じろ」


 ガザキはそう言って笑い、イナーシャの頭を撫でる。


 少し離れた所で三人を待機させ、ガザキは下水道の入口で仲間の帰還を待つ。


 俺は別に離れなくて良いらしい。


「実際は?」


 三人には聞こえないよう小声で問う。


「分からん。あんなもの、見たことも聞いたこともない」


 ガザキも小声で返してくる。


「『外なるもの』って知ってるか?」


「……眉唾の噂程度にな……まさかアレが?」


「それ以外に候補ある?」


 一般にも噂という形で情報が流れてはいるのね。


 ともあれ、知っているなら話は早い。


「あんなものが他にも居るのか……?」


「アレは『外なるもの』の手駒か何かじゃないかな? 勘だけど」


「遭遇した事でも……っ」


 ガザキの言葉が途中で止まる。


 足音が近づいてくる。


 それは下水道の奥から現れたのは、血で汚れた傭兵の姿。


 たった一人で、よろよろと歩きながらこちらに来る。


「おい、何があった!?」


「待て」


 近寄ろうとするガザキを掴んで止める。


「精密な魔力視ってできる?」


 見れば分かる。


 きっとアレこそが画家の日記に書いてあった姿だろう。


「いや……だが、もしや……」


 ガザキは精密魔力視をできないようだが、最悪の可能性に思い至ったようだ。


 変質魔力『波動』を拳に宿し、構える。


 体内にイルカや鯨などが持つ「メロン体」と呼ばれる音波を集中する器官を作る。


 ソノヘンさん直伝の技でアレの塊を吹き飛ばせないか試すとしよう。


 技名が波動拳だと前世知識的にちょっとアレだけど、まあいいか。


 リスペクトなのでセーフ理論で行こう。


 傭兵の形をした何かに向けて拳を振り抜き、波動拳を叩きつける。


「おま、何やってんだ!? アタシたち、の……」


 イナーシャの叫びが後ろから聞こえてくるが、すぐ目の前で起きた奇怪な光景を見て言葉を失ったようだ。


 吹き飛んだヒトモドキの体が、砂のように崩れたのだ。


 砂から色が抜け落ち、白い何かの群れへと変わる。


 服や武具がその場に残され、白い波となって押し寄せる。


「うそ……」


「イナーシャ!」


 衝撃的な光景だったのだろう。


 イナーシャは自失呆然としてしまい、ガザキが彼女を抱えて白い波から離れる。


 俺は魔術『隆起』で地面を迫り上げ、進路を阻む。


「行って」


 あの白い波はすぐにでも作った壁を這い上がって乗り越えてくるだろう。


「アリド、お前も逃げろ!」


「俺の役割は戦闘。そっちは情報をちゃんと持ち帰って」


 俺の言葉に戸惑いを見せるガザキ。


「まあ心配しないで良いよ。俺は単独での戦闘の方が得意なんだ」


「……すまない」


 強がりに思われたかな?


 悲愴な感じの空気を漂わせながら、ガザキ達は離れていった。


 ……さて、色々試すか。


 とりあえず、こいつらは「虫」と呼ぼう。


 この虫の耐久性、攻撃性、ヒトモドキに化ける条件を絞りたい。


 土の壁を越えて来た所に魔術『火熾ひおこし』を放つ。


 魔術は魔力を注げばその分威力や性能を上げれるので、多めに魔力を使う。


 前世で言う火炎放射器ばりの炎が舞う。


「この臭い……ゴムの焼ける臭いか?」


 燃え盛る炎の向こうから、炭化した虫が出て来た。


 そして炭になった虫の下から、白い虫が現れる。


 マトリョーシカかな?


「(肉の盾か……こいつら知性まで持ってるのか? このサイズで? 遠隔操作にしても、この数を個々に制御はできないだろうし……非常識の塊だな本当に)」


 まあいいや次に行こう。


 魔術『固定』で地面の状態を固定し、上から波動拳を叩きつけて虫を潰す。


 潰れて白い斑点となった虫が地面いっぱいに広がる。


 死んではいないようで、じわじわと元に戻っている。


「(物理的に死なないのか? いや、そもそも生命体じゃないのか?)」


 固定化を解除し、次は魔術『赤熱』で地面を熱してみる。


 やはりゴムの焦げる臭いが漂ってきた。


 次は切ってみよう。


 無手だと怪しまれるという理由で用意したナイフを抜き、虫に近付く。


 するとのみのように跳ねて飛び掛かって来たので、その内の一匹を両断。


「む?」


 半分になった虫の断面には何もなかった。


 厳密に言えば白いゴムのような塊でみっちり詰まってるのだが、生物的な血や筋肉、そして内臓も見当たらない。


「(何だコレ?)」


 精密魔力視で見てみるものの、特に何かがあるわけでもない。


「(やっぱ非生物? でも魔力で動いてる感じも無い)」


 となると、未知の力、未知の法則が働いている事になる。


 虫の波から適度に距離を取りつつ、再び『火熾』で炎の壁を生成する。


 猪突猛進に突っ込んでくると踏んで、地下へ『隆起』を使い落とし穴を作る。


 予想通り肉の盾で突破してきたので、虫はそのまま落とし穴に落ちた。


「(まず『赤熱』、次に『固定』、最後に上から『火熾』)」


 熱に弱い事は分かったので、とりあえず焼く。


 ヒトモドキ一人分の虫の焼却ができたが、日記によれば複数人分居るのが確定している。


 ふと下水道入口に逃げ込んでいく一匹の虫を見つけた。


 即座に追いつき、捕まえる。


「(わざわざ一匹残して撤退させようとした……?)」


 遠隔操作なら逃がす意味は無いはずだ。


 操作者は無傷で情報を得られるはずだし、裏取りや不意打ちするにも一匹でそこまで効果を得られるとは思えない。


 虫が共通の知覚……例えばテレパシーなんかを持っている場合も同様。


「(つまり、一匹一匹がそれぞれ別の個体なのか)」


 捕獲した虫を観察する。


 気持ち悪い見た目をしていた。


 弾力のある米粒サイズの楕円形の白い体に、赤い目が点々とある。


 人みたいな手足がモップのように生えていて、裏側に口っぽい穴が空いてた。


 体の一部を自切して、虫の口元に落としてみる。


 虫はそれに喰らい付き、白い魔力が俺と同じ混沌としたものに変わる。


 それを確認した所で潰し、指の間で『溶解』と『破壊』のコンボを決めて消滅させた。


「(喰ったものに変化する能力か?)」


 もしかして、犠牲者と町から消えた人の数って一致してないのでは?


 犠牲者の何割かは虫と入れ替わってる可能性がある。


「(……誘拐とか言ってたな)」


 ソノヘンさんの話を思い出す。


 犠牲者と虫が入れ替わり、犯罪者が人攫いをしたとすると、犠牲者の誤認が起こるのではないかと思い付く。


 そこに何の意味があるかは不明だが……。


 関係してそうなものは、不信な教会、犯罪組織、兎モドキ、虫、入れ替わり、衛兵とギルドと領主の関係図、暫定二体の『外なるもの』の所在と能力、それぞれの勢力の向いている方向と目的。


「……あ、メンドイ」


 考える事が多すぎて嫌になる。なった。


 いいや、大丈夫そうな人にこの案件投げよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る