第82話


 ギルドでガザキ率いる傭兵団と合流し、一緒に下水道入口に到着した。


 ガザキの傭兵団からは、彼含めて総勢三十九名が参加するようだ。


「よし、全員居るな。事前に決めた班分けに従って行動しろ」


 その声に熱量のある返事で答える団員達。


 素早く五人組を作り、下水道調査に向かって行った。


「アリド、お前は俺と行動を共にして貰う」


「りょ」


 面倒だが、仕方ない。


 だらけるにも安心してだらけられる場所が必要なのだから。


「親父、こいつ誰?」


 ガザキの服を引っ張って俺を指差す少女が居た。


 夜でも輝いて見える金糸のような髪と、長い耳に整った容姿……たぶんエルフ。


「協力者だ。事前に言っていただろう」


「そうだっけ?」


 なかなか図太い性格のようだ。


 翡翠のような大きな瞳が俺に向けられる。


「おい、ちゃんと言う事聞けよ?」


「道理に適っていればな」


「……なんだ? お前も難しいこと言う奴か?」


 顔をゆがめて不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 小難しい事が嫌いなようだ。


 それでも愛嬌があるのだから、見た目というのは重要だよな。


「イナーシャ、彼と我々の関係は対等だ。あまり無茶を言うんじゃない」


「でも、こいつ一人でしょ」


「一人で大抵の仕事ができるという事だ。能力は相応にあるのだろう」


 そう言ってこちらに目を向けるガザキ。


 これはアレか、「実力はあるんだろ? ちゃんと働けよ」って言われてんのか。


 もしくは実力を把握させろって事かな。


 まあ後者だよね。見える範囲の性格と人望的に。


「ま、何でもいいけど……それで、そっちが俺に求める役割は?」


 肩を竦めて質問を投げる。


「正直に言うと、我々だけでも大抵の事はできる。だから得意な事があるなら、それを聞きたい」


「うーん……それじゃあ戦闘力か光源係か荷物持ちで良いよ」


 この身体の性能なら一番楽できるのは荷物持ちだな。


 けれど理想と現実が一致しないのは世の常だ。


「では戦闘員として控えていてくれ」


 何か問題あった時に一番苦労する所じゃん。


 でもまあ、考えてみれば普通の事だ。


 誰も自分の財産を、信頼の浅い相手に託すような危機感に欠ける行動はしない。


 光源係もいざという時に冷静な対応ができないと、全員を危機に晒しかねない。


 信用も信頼も無いのだから、ガザキの選択には納得がいく。


「りょ」


 特に断る理由も無いので受け入れる。


「勘違いするなよ!」


 エルフ少女が突っかかってきた。


 俺より結構背が低いけど何歳なんだろうか。


「信用ないから余計な事するなってんだろ? 分かってるよ」


「え?」


「ん?」


 ガザキを見ると、やれやれといった感じで額に手を当てていた。


 他の団員も苦笑したり肩を竦めたりしている。


 俺の反応が思った事と違ったようで、困惑したように少女が口を開く。


「え、お前、人間なんだろ?」


「そうだよ」


 この世界において、前世のような普通の人間というのはかなり少ない。


 ソノヘンさんから聞いた時は随分驚いたが、先天的のみならず、後天的にも成人までに何かしらの因子が目覚める事がほとんどらしい。


 だから「人間」というのは、この世界において未熟な人を差す言葉として使われる事があるそうだ。


 たぶんこの少女はそういった意味で俺に言ったのだろう。


「でも一生人間のまま生きてる人だって居るだろ」


「そうなの?」


 少女が振り返ってガザキを見上げると、彼は頷いて肯定する。


「う……で、でも、アタシより弱そうだし、変な事するなよ!」


 今度はこちらに振り返り、指を突き付けて警告をしてくる。


 実に子供らしい反応でほっこりする。


 心配とか先輩としての見栄とかがごっちゃになってる感じだ。


「一応聞きたいんだけど、この子って成人してる?」


 ガザキの方を見て聞いてみる。


「そんな見た目と性格だが、イナーシャは二十歳を超えているぞ」


「なるほど」


「お前は傭兵になったばかりなんだろ! アタシの方が年季も歳も上だぞ!」


 ふんすと踏ん反り返る少女は、どう見ても小学生かそこらの子供だ。


 演技でないのなら、という但し書きがつくが。


 でも前世で鍛えられた感覚的には演技じゃなくてガチっぽいんだよね。


「とりあえず、我々も調査に向かおう。アリドは中央に」


「りょ」


「『りょ』って何だ?」


「了解の略」


「りょー」


 何が楽しいのかケラケラ笑うエルフ少女。


 二十歳超えにしては精神年齢が幼すぎる気がするが、エルフの特徴なんだろうか。


「イナーシャ」


「りょ!」


 ガザキの言葉に返事をするが、早速覚えた言葉を使い出した。


 ちょっと非難めいた視線をガザキから感じたが、そっと目を逸らす。


 子供とはそういうものだと諦めて欲しい。


 二十何歳児かは知らんけど。


「……イナーシャ、灯りを」


「うん、じゃなくて、りょ」


「いつも通りの返事で良い」


「はーい」


 エルフの少女が魔術で光源を作り出し、暗い下水道へと足を踏み入れる。


 先頭は団長であるガザキ、後ろにイナーシャと呼ばれた少女、続いて俺、後ろに団員の傭兵二人がつく。


 少し歩いた所で後ろの傭兵から声をかけられる。


「今日はよろしくな」


「よろ」


「それとなんだが、できればウチのお嬢の前で変な言葉は言わんでくれると助かる」


「承知」


 どうもあのエルフ少女は傭兵団では大層愛されているようだ。


 大事にされている感じが伝わってくる。


「(ある意味では急所か)」


 俺が敵なら間違いなくそこを狙う。


 一応、注意は払っておこう。




 水の音と足音だけが暗い下水道に反響する。


 探索を開始してから、体内時計で三時間は経ったが、誰も呼吸は乱れていない。


 エルフの少女も、欠片も疲労を浮かべる事無く探索に従事している。


 実力の程は不明だが、守られるだけの存在ではなさそうだ。


「この辺りのはずだ」


 不意にガザキが声を上げる。


 団員達は知っているのだろうが、俺は知らないので聞いておく。


「何が?」


「ここらが被害者が出た家の近くだ」


「把握」


 なら一つこちらから情報を出そうか。


「あの家は画家の家だった。流し台に生乾きの絵の具がへばりついてて、そこから這い出たのか流し台の外にも絵の具が伸びていた」


「本当か?」


「事実だ。だから絵の具を見つけたら、何か痕跡を見つけられるかも」


「なるほど、情報に感謝する」


 どうやらガザキは知らなかったようだ。


 まあジレンとも情報を共有してないからな。


 知ってたら知ってたで、情報の入手経路が気になっていただろう。


 ここからは慎重に調査しながら歩みを進めるガザキ達。


 しばらくして調査を続け、ついに絵の具が染み込んだ排水管を見つけた。


「これか」


 排水管の周りに集まり、調査を開始するガザキ達。


 俺は一歩下がった所で魔力を操り、万が一に備える。


 歩いている最中に思い付いた事があったので、ここで試す。


 概念『精密』を魔力視の魔力に付与。


「(おお、良く見える)」


 肉眼とは違う色合いに満ちた世界に心を動かされるが、すぐに落ち着ける。


「(これなら見逃さず捉えられるか?)」


 体内で脳を増やし、演算能力を強化する。


 三百六十度、全方位の視界に映る情報全てを処理する。


 視界の中で、異質な小さな魔力が動いた。


 それは真っ白な魔力。


 彩に溢れたこの魔力視の視界内で、そこだけが漂白されたように白い。


 彼らの頭上、排水管と天井の僅かな隙間から、小さなソレが顔を覗かせた。


「下がれ」


 俺の短く告げると、ガザキはイナーシャを連れて即座にその場を離れた。


 他の二人も素早くその場から飛び退く。


「魔力視、排水管の天井の隙間」


 必要な情報のみを素早く伝える。


 だがあの白い魔力はすぐさま引っ込んでしまった。


「なんだ? 何も見えないぞ?」


 イナーシャが首を傾げて、他の二人も怪訝な表情を浮かべる。


 ただガザキだけは認識できたようで、表情が引き攣っていた。


「いや、一瞬、何かが……」


 ガザキは排水管の方を睨む。


 全員がそちらに集中していると、俺の後方の排水管からもソレが出てくる。


 一匹や二匹どころではない。


 何千、いや何万でも足りない程の量が溢れ出てくる。


「(やっべ、どうしよ)」 


 スライムになれば対処は簡単だろう。


 だが殲滅できなければ情報を奪われる。


 それがどう転ぶにしろ、好転だけはしないと予測できる。


 どうするもこうするも、逃げるしかねえわ。


「後ろ。たぶん他の排水管からも湧く」


 ガザキと俺を除く三人が後ろを振り返り、一様に驚いた表情を浮かべる。


 来た道が埋まるほど、白い何かが溢れて来ていた。


「逃げを提案」


「同意する……撤退だ! アレに捕まるな!」


 ガザキの号令によって、驚きで固まっていた三人は素早く各々の役割をこなすよう動き出す。


 イナーシャの魔術が水流を操って白い何かの群れを押し流す。


 二人の傭兵の内、片方が荷物から謎の球体を取り出してガザキともう片方に渡す。


 二人は魔力を込めて、その球体を放り投げた。


 球体はイナーシャの操る水流に呑まれ、一瞬遅れて球が発光すると、同時に周囲を凍らせる。


 水流を氷らせてアレを閉じ込める事に成功し、道が開けた。


「走れ!」


 その号令に従い、全員で入口を目指して走り出した。


 画家の家の排水管と天井の隙間からもアレが溢れ、追いかけてくる。


 だが足は遅いようだ。


 道を間違わなければ問題なく逃げ切れるだろう。


 こちらは最後尾に居た案内役の傭兵が先頭を走り、俺達を誘導してくれる。


 たぶん逃げる事も最初から選択肢に入っていたんだと思う。


 有能で助かるね。




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