第80話


 一旦宿に戻り、手に入れた被害者の日記を読む事にする。


 書き出しは、画家としての作品を初めて売り出した時のようだ。


 気になる記述として、魔力視にも視力があるという情報があった。


 なんでも詳細に魔力が見えるようになって、肉眼のように先天的なものとは違い、後天的に技術によって視力を上げれるんだとか。


 そっからは成り上がりストーリーがしばらく展開される。


 読み物としても割と面白い気もするが、今は事件に関する情報を探す。


 日付が最近のものになって、ようやく手掛かりになりそうな記述を見つけた。


 書かれている内容を簡潔に纏めると、「人の魔力が小さい個別の魔力の集合体になっていた」というものだ。


 不気味に思ったようだが、その日は見間違いが何かだと思い家に帰ったらしい。


 それ以外に不自然な程に濃い緑色の魔力の人が居たとかいう情報もあった。


「虫の群れが人に化けている? 緑の方は兎モドキ?」


 日記を閉じ、再度体内に仕舞っておく。


 あの夜、見つけた兎モドキの魔力は確かに緑だった覚えがある。


 どちらにせよ、厄介な事に変わりはない。


「人への擬態能力を持っている可能性が出てきたかぁ」


 ますます傭兵ギルドの内通者を疑う必要が出てきた。


 魔力視の視力を鍛える方法、誰か知らないかな?


 今使えたら傭兵ギルド内の内通者を見分けられるだろうに。


 一朝一夕で身につくものでもなさそうだが。


 日記を読んでいたら、それなりに時間が経っていたようで、窓から差す光は朱に染まっている。


 ほどなくして日没の鐘が鳴った。


 宿の食堂に行こう。


「(ナンパ君か一人か)」


 どうも他には誰も居ないようだ。


 料理を確認すると、あの三人の食事がなくなっている。


 部屋にでも持ち込んでるのだろうか。


 あのナンパ君にウザ絡みでもされて、平和に食事を取りたいと思ったのかもしれないな。


 自分の分を取り、素早く食事を済ませる。


 食べ終わった辺りでソノヘンさんが戻って来たようだ。


 目が合ったので手を上げて挨拶を交わす。


「ん? なんかお疲れ?」


 ソノヘンさんの顔に疲労が浮かんでいるのが見て取れた。


「いえ、ご心配なく。大した事ではありません」


「そう? じゃあ俺から話せる事を話すから、食いながら聞いといて」


「分かりました」


 まずは駅馬車の運行停止の話、次に町の下水に潜んでいるかもしれない脅威について、最後に暫定眷属が人に化けてる可能性を話す。


「あとはあの魚面みたいな感じの兎面が居たね。深夜に見かけた。逃がしたけど」


 俺の話が終わって、ソノヘンさんも食事を終えた。


「……では、まず宿泊の追加料金を払う必要がありますね」


「あ、そっか」


「問題ありませんよ。五年ほど貯蓄し続けたので」


 頼もしい事を言ってくれる。


 ちなみに食堂には俺とソノヘンさんしか残ってない。


 じゃなきゃ眷属の話なんてしないけどね。


「じゃ、続きはソノヘンさんの部屋で」


「そうですね。追加料金を支払いに行くので、先に戻ってください」


 鍵を手渡され、俺はソノヘンさんの部屋に向かう。


 部屋の中に入ると、旅の荷物が几帳面に並べられていた。


 こういうのって性格出るよね。


 適当に椅子に座って待つこと数分。


「お待たせしました」


「はいおかえり。で、教会で何か分かった?」


「確証はありませんが、気になる事はありました」


 そう前置きをして、ソノヘンさんが語り出す。


「推測の結論ですが、教会では一部の者が犯罪行為に加担してる可能性があります。内容は誘拐と、違法な何かの取引だと思われます」


 そういや俺を誘拐しようとしてたっぽいゴロツキ居たな。


「根拠としては、教会の内装です。異様に裕福であったり、高価な物を身に付けていたりと、清貧とは程遠い状態でした」


「それだけだと単に経営が上手く行ってるだけか分からなくない?」


「そうですね……しかし教会への寄付や御布施の量に対して、豪奢すぎるのです。以前教会の書庫に案内したと思いますが、あそこにはそういったものの記録も収められているのです」


「過去の平均的な収入では説明つかないほど肥えていると」


「はい。ここ数年で急激に富を得ているようなのです。そしてその方法は不明」


 それは確かに異常な状態だと思われる。


 だが根拠としては少し弱い気もする。


 例えば「寄付」ではなくて、個人的な「謝礼」を受け取ってるとか言われたら詰め切れないんじゃないかな。


「礼拝に来てる人の特徴は確認した?」


 俺がそう問うと、ソノヘンさんはハッとなったような顔になる。


「……すいません、見落としてました」


「まあ五年もそういう人を見てないなら仕方ないね」


 別に責めるつもりはないんだよ。


 ただ問題点を洗い出して次にすべき行動を明確にしたいだけなのだ。


「犯罪行為に加担してると仮定して、誰が中心人物かは予測できてる?」


「恐らくは司祭でしょう。実際に会って話をしましたが……何というか、一番強く、欲に溺れた気配を感じました」


「じゃあ次に司教ならできる犯罪行為の予測」


「司教ならできる事……すいません、思い付きません」


 まあ無理か。


 真面目にやってきたソノヘンさんじゃ悪意が足りない。


「俺が思い付くのは『洗礼』とかの名目で個室に監禁して、各種暴行を加えて弱みを握ったり何だりで無理矢理命令に従わせるとか……もしくは『外なるもの』への生贄にしてるとか」


「それは……もしそうなら、許されない事です」


 口調が荒くなる事は無いが、強い憤りを感じているような顔になる。


 たぶんそういった行為をやっていてもおかしくない連中なんだろうけど、思い込みは良くない。


「ただの予測だよ。魔術でも魔法でも感知できない場所があったら、そういう疑いを持てるって程度。思い込みで現実を正しく認識できなくなったらソノヘンさんが悪者にされちゃう可能性もあるよ」


「……はい、仰る通りです」


「俺はそいつらを見てないから何とも言えないけど、調べるなら慎重にね。誘拐された人を見つけたとしても、その場ですぐに行動しないように」


「人質に取られないように、万全を期す……という事ですね」


 ソノヘンさんも理屈は分かっている。


 だが感情が抑えられるかは、その時にならないと分からないだろうな。


「明日も俺はギルドで動くけど、ソノヘンさんはどうする?」


「私も明日は教会を探ります」


「顔を覚えられて警戒されてる可能性もあるから、アルシスカに変装させて貰ったらいいかもね」


「彼女にそんな技能があったのですか?」


「いや知らん。できそうって勝手に思ってる」


 無責任な俺の言葉に苦笑するソノヘンさん。


「じゃあ今から聞きに行くか」


「私も同行した方が良いでしょうか?」


「こういうのは早い方が良いでしょ」


「確かにそうですね」


 善は急げという事で、早速クタニアの部屋に向かう。


 ノックをすると案の定のアルシスカが出てくる。


「今日は何だ……司祭もか」


「中で話したい」


「……分かった。妙な真似はするなよ」


 部屋に入ると端の方にごちゃついた荷物が纏められていた。


 こういうのって性格出るよね……。


「まずアルシスカに聞きたいんだが、ソノヘンさんに変装って施せる?」


「理由を話せ」


「それについては私から説明します」


 ソノヘンさんがアルシスカと話を始める。


 ベッドに腰を掛けてぼんやりとこちらを眺めているクタニアに目を向ける。


「クタニアに聞きたい事があるんだが」


 声をかけると驚いたように目をパチクリさせた。


 半開きのままの口からは言葉にならない声を漏らしている。


「あー……えっ、あ、はい。なんですか?」


「死者の記憶を見ることができると前に聞いたけど、それって例えば死体があった現場に行けば見れるものなのか?」


「えーっと、必要な要素は、えっと、『その死者と深い縁のある場所』と『死者の死体の一部』が必要なんです」


「血でも行ける?」


「あっ、はい。大丈夫です」


 よし、これなら行ける。


 だがクタニア一人だと不安しかないのでアルシスカとソノヘンさんに目を向ける。


 丁度あちらも話が終わったようで、ソノヘンさんが感謝しているのを見るに変装を手伝ってくれるようだ。


「という訳でクタニアとアルシスカに頼みたいんだが、今日起きた暫定『外なるもの』絡みの事件で出た被害者の記憶を見て貰いたいんだ」


「何がどういう訳だ」


 アルシスカがジト目で睨んでくる。


 面倒だが、かくかくしかじかで昼間の事件を伝える。


「今回の暫定眷属は人に擬態できる可能性が高い。ギルドも教会も完全に信用できないから、ここに居る面子で協力しないとヤバイかもしれん」


「まあ話は分かった」


「アリドと共闘すると約束しましたからね」


「私も出来る限り協力します」


 いやー、一人じゃ絶対詰んでたわ。


 ホント仲間を増やして良かったって思うわけ。




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