第79話


 事件現場に到着した。


 ギルドの傭兵の説明の通りに歩いていたら、分かりやすく人だかりができていた。


「(これは面倒だな……)」


 中はどうなっているのか、ここからでは分からない。


 強引に突っ切るかと考えていると、見覚えのある人がやって来た。


「道を開けてくれ!」


 以前に路地裏で会った、怖い顔の衛兵さんだ。


 海が割れるように人が左右に分かれる。


 そっと後ろについて、さり気なく同行して中に入ろう。


 そう思ったが、すぐ衛兵さんにバレた。


「関係者でないなら……君は、いつぞやの傭兵か」


「うむ、関係者だから問題ないぞ。ギルド長からの依頼受けてるし」


 しゃーないので上からの命令ですアピールをしておく。


「……まあいい、中の傭兵に聞けば分かる」


 ジレンが嘘を言っていなければここに居るはずだし、問題ないだろう。


 玄関の扉に何となく違和感を感じ、よく観察してみるとヤスリで削ったような傷がついていて、そこだけ微妙に色が変わっていた。


 傷はひとまず置いておき、家の中に入ると血の臭いが充満していた。


「酷い臭いだね」


「無理そうなら出ていろ」


「俺がゴロツキをどうやって運んだか覚えてる?」


「……強がりでない事を祈るよ」


 相変わらず怖い顔をしているが、こちらを気遣う優しさはあるようだ。


 奥に進むと、描きかけの絵や、布を被せられた額縁などがある部屋到着した。


 部屋の中央には血溜まりと人骨、それと壊れた画材などが見える。


 傭兵は二人居て、どちらとも面識がないと思う。


「衛兵のキヨマサだ。状況説明を求める」


 なんか前世で聞いたような名前してるね衛兵さん。


「あ? なんで衛兵が?」


 ここに衛兵さんが居るのが不思議だと言うように首を傾げる傭兵。


 あれだけ大事になれば普通来るだろうに。


「外に居る民間人から通報があった。場合によっては領主様への報告の必要がある」


「あー、そうか……つっても、俺達も別に話せる事はねえよ」


「そうそう、ウチの団長が血の臭いを辿って家に入ったら既にこの有り様だ」


 発見者はジレンか?


 その割には姿が見えないが。


「では、君たちの団長は今どこに?」


「知らねえ」


 この傭兵達は真面目に答える気がなさそうに見える。


 へらへらとした態度で、どこか緊張感がない。


 俺が代わりに声をかけてみよう。


「その団長って、ジレンて名前で合ってる?」


「ああ、合って……って誰だ?」


「見ての通り傭兵。ギルド長から依頼受けてる。ジレンとは顔見知り」


「ああ、そうなのか」


 特に疑問に思われず、二人の傭兵は普通に頷く。


 なんだかぼんやりとした傭兵だな。


 衛兵さんを見ると、眉間に刻まれた皺が深くなっていた。


 まあ彼のような役職の人には、この態度は不快に感じるだろうな。


 不穏な空気が流れ始めた時、玄関から大きい足音が聞こえてくる。


 走って来たのはジレン。


 それと、その後ろに大きな袋を抱えた傭兵が二人。


「はぁ、はぁ、遺体を、回収しに、来たぞ」


「体力無いね」


「なんで、居んだよ……結構な、時間、全力疾走、したんだぞ」


「ふーん」


 ジレンは両手を膝に当てて、息を整えている。


「すまない、君が発見者か?」


「衛兵か、ふぅー……悪いが、この件の調査はギルドが預かっている。あんたらの役割は、事件の調査じゃなくて住民の保護だろう」


「だが、内容を把握できなければ保護も難しい。何が起きているかの情報を求む」


「ギルドに問い合わせてくれ。俺の権限じゃ何とも言えねえんだ」


 ジレンも酒が入らなければ、まともに仕事ができるようだ。


 俺は遺体の運び出し作業を確認するため、そちらに近付く。


 血溜まりから遺骨を一つ一つ拾い集め、袋の中に放り込んでいく。


「(頭蓋骨、腕、足、骨盤、脊椎、肋骨……大体全部あるか)」


 次に傷がついていないかを確認する。


 彼らが手に持った骨をじっと観察して、僅かにでも違和感がないかを探る。


 ……観察を続けたが、結局最後まで、これといった違和感は感じなかった。


「(当てが外れたか? いや、まだこの家は確認しきってない)」


 部屋の中には様々な画材、完成した絵、してない絵、作業机、台車、小さい本棚など、画家のアトリエらしいもの一式が揃っている。


 魔力視を含めてざっと見回すが、怪しい所は見当たらない。


「(この部屋が位置的に行き止まりである事を考えると、最終的に追い詰められたのがここって感じなのかな? 別の場所……下水に繋がってそうな場所を探すか)」


 他の部屋を見て回る事にしよう。


 この事件に関する情報が欲しい衛兵さんと、「ギルドに聞け」一点張りのジレンを横目に、家の探索を開始する。


 部屋から出た時、玄関の扉が削られていた事を思い出し、何となくアトリエの扉も確認する。


 すると下の方に小さな傷があるのを見つけた。


 経年劣化とは思えない、トンネルのような隙間が床との間にできていた。


「(……虫食い、か)」


 これは覚えておくとして、別の部屋に向かう。


 次はリビング。


 使われていなさそうな埃まみれの台所キッチンと、絵の具の色が染み付いた極彩色の流し台シンクが目に入る。


 良く見てみると、流し台に染み付いた絵の具から、小さい点が続いている。


 生乾きの絵具の上を歩いた虫が、足跡を残したような感じだ。


「(侵入経路はここの可能性が高いな)」


 糸触手を伸ばそうとしたが、ぼんやりしてた傭兵が部屋に入って来た。


 慌てて触手を引っ込める。


 奴は覇気のない顔で、ぼんやりとこちらを見つめてくる。


「何?」


 距離を詰め、見つめ返し、声をかけて反応を窺う。


 こいつはなんの感情も浮かべる事なく、口を開いた。


「ああ、団長がお前の事、見とけって」


 あの野郎、邪魔すんじゃねえよ。


 人が折角やる気を出して調査してるってのに……。


 溜め息を飲み込み、気を取り直して他の部屋も漁りに行こう。


 リビングから続く扉を開けると、寝室に到着する。


 めぼしいものを探すと、枕元に置かれた冊子を見つける。


 枕と一緒に手に取って確認。


 どうやら日記のようで、素早く流し読みをすると画家の半生について書かれている事が分かる。


 後でじっくり確認するとして、今は体内に仕舞っておこう。


 枕だけを布団に投げて戻す。


 後ろには監視者の如く、亡羊とした顔の傭兵が突っ立ってこちらを見ている。


 俺が日記を持ち出した事に気付いているのか、いないのかも分からない。


「(なんか気味悪いなコイツ)」


 言いようのない不快感を感じつつ、他の場所も探す。


 トイレ、特にめぼしいものは無し。


 浴室、特にめぼしいものは無し。


 各所が下水とどう繋がっているかを確認したいが、不気味な傭兵のせいで今はできない。


 現場に戻ると、衛兵さんは帰ったのか、既に姿は無かった。


 遺体回収をしていた傭兵も居らず、ジレンだけが立っている。


「よう、なんか見つかったか?」


「なに? ずっと待ってたの? 暇なの?」


 とりあえず煽る。


「何なの? お前煽り以外の言葉出せねえの?」


「出せるに決まってるじゃん。午前中何聞いてたの?」


「じゃあ何で俺にだけ当たり強いんだよ!?」


「相手を選んだ結果」


「……知ってるか、正直な言葉って時に人を深く傷つけるんだぜ?」


「安心して、知ってるから」


 ジレンはガックリと脱力したように肩を落とす。


 後ろの傭兵は相変わらず何の感情も顔に浮かんでこない。


 こいつが不気味すぎて、ジレンもどこまで信用できるか分からなくなる。


「ったく、俺はお前一人残す訳にはいかないから残ってたってのによお」


「何で?」


「犯人は現場に戻るって法則知らねえのか? 危ねえだろうが」


「へぇ、そんな法則あるんだ」


 この世界にも。


「その割にジレンは現場に一人で突っ立ってたよね」


「ホントお前、俺の事舐めてんな? 伊達に団長やってねえぞ?」


「口喧嘩弱いじゃん」


「今それ関係ないでしょお!」


 喚くジレンと一緒に家から出る。


 既に人だかりは無くなり、周囲は閑散としていた。


「じゃ、俺は宿に戻るから」


「そうか、せいぜい路地裏なんかには気をつけろよ」


「頭が高くない?」


「俺、団長。お前、新人」


「職歴の長さでマウントとる人って中身なさそうだよね」


「あー! ホンッット顔以外に可愛げがねえー!」


「じゃあの」


 手をひらひらと振ってジレン達と別れる。


 煽りトークで茶化したが、色々懸念事項が増えてしまった。


 情報の共有をする傭兵を選別する必要があるな……。


 面倒だが、やるしかない。


 傭兵達の会議が進行したタイミングで、敵は手口を変えてきたのだ。


 勿論、偶然の可能性もあるが、そうでない場合が問題だ。


 傭兵ギルド内に内通者が居る事を疑わねばならなくなった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る