第78話


 上に戻ると、傭兵達が集まっていた。


 メンツが変わっているのは、警邏けいらで入れ替わったんだろうか。


 地下から上がって来た俺らに視線が集まる。


「そいつは?」


 大柄で、爬虫類を思わせる鱗の生えた傭兵が、俺の事をメガネに問う。


「ギルド長が参加を認めた方です。今日から加わりました」


「そうか」


 縦に割れた瞳孔がこちらに向けられる。


「名前は?」


「アリド。ソロの傭兵。あんたは?」


「ガザキだ。傭兵団『快刃大牙』の団長をやっている」


 こちらを見下すでも見上げるでもなく、対等に接してくる感じだな。


 見た目で判断しないタイプか。


「事件解決までよろしく」


「ああ、よろしくな」


 頼りになりそうな人だ。


 この人が話している最中は、他の傭兵も大人しくしてるしな。


 人望のあるタイプだと思われる。


「で、何か進展があったそうだな」


 ガザキの目が再びメガネに向けられる。


「あ、はい。現場に法則性が見つけられました。それと殺害方法に関しての予測も……」


「詳しく」


「はい、まず現場の法則性についてですが……」


 そこからメガネの説明が始まる。


 途中で午前居なかった傭兵達がどよめくが、ガザキが手で制すと静かになった。


「……以上です」


 地下での発見も合わせて、報告が終わった。


「地上の警邏だが、最小限に抑えるべきかもしれんな。地下に力を入れた方が良さそうだ」


 ガザキがそう意見を出すと、他の傭兵達も口々に自分の意見や考えを話し出す。


「俺は賛成だな。現場に鉢合わせる可能性が低い以上工数は別に回すべきだ」


「でもよ、ジレンの奴が一度下水道を調べてなかったか?」


「あいつの団だけじゃ範囲が限られるだろ。人員を増やせばあるいは、だ」


「工房や工場も調べるべきじゃないか?」


「一理ある」


「だがどうやって中を調べる? 十中八九、技術漏洩を理由に断られるぞ」


「誰かツテのある奴は居ねえのか?」


 そういや兎モドキが消えた位置って工房の近くだったりするのかな?


 地図を見ても、土地勘のない俺には分からない。


 あとジレンが事前に下水道を調べてたらしいが、動機はあの骨なんだろうな。


 傭兵達の会話が事件から逸れて、個人的な話題にシフトし始めた辺りでガザキが手を叩き注目を集める。


「警邏の人数を減らし、下水道探索の班を結成する。異論は無いな?」


 彼が傭兵達をぐるりと見回す。


 誰も反対意見は無いようで、何も言わない。


 その反応に頷き、言葉を続ける。


「では夜目が効く者、魔術や魔法が使える者を出せる団、または参加できる個人は手を上げてくれ」


 ……面倒だし、他に行ける奴が居るなら、俺はいいかな。


 そう思って見回してみるが、思いのほか手は上がらない。


 これは面倒になりそうな予感が……。


「アリド……で良いんだよね? 君、コロムさんに夜警担当って言われてなかった? 暗くても大丈夫なんだよね?」


 黙れメガネ。


 そんな俺の念は届かず、その言葉のせいで俺に視線が集まる。


「よし頼むぞ」


 よしじゃねえよ。可否ぐらい聞けよ。


「臭い、汚い、メンドイ」


 やっと文明的な生活を送れるようになったというのに……。


「うちの団からも人を出すし、俺自身も探索に加わる」


 スルーされたんだけど。


 俺行かなくても別に平気じゃない?


 能力足りてるでしょ、優秀な人材揃ってんだからさぁ。


「俺は団員の調整に入る。お前らは法則に当てはまる場所の特定と、警邏ではなく監視に切り替えて対処しろ」


 傭兵達は気合いの入った声でガザキの言葉に応える。


「アリド、日没の鐘が鳴ったらギルドで合流しよう」


「ちな拒否権は?」


「ギルド長から依頼を受けたなら、この件に関しては無いと思え」


 ですよねー。


 ああ、でも鐘の鳴った直後は予定的にあまり良くないな。


「夕飯食ってからで良い?」


「そうだな、英気を養う必要はあるか……では、鐘の音から二時間後くらいにしておこうか」


 よし、ソノヘンさんと情報交換はできるな。


「後で会おう」と言葉を残してガザキが部屋から出て行った。


 俺はどうするかな。


 悩みながら盛り上がる傭兵達を眺めていると、扉が勢いよく開かれた。


 全員の視線がそっちに向けられる。


 入って来たのはジレンだった。


「また被害者が出たぞ!」


「場所はどこだ!?」


 一気に張り詰めた空気になった。


 小走りで机の上の地図に向かい、赤い駒を手に取る。


「……ここだ」


 言って、地図上に駒を置くと、みんなが一斉に覗き込む。


 俺はどうせ見ても分からないので、一歩下がって全体を観察する。


「これは……」


「当てはまるか?」


 何やら不穏な雰囲気が漂う。


「ここは住宅地だ、道に下水に繋がる場所は少ねえ……」


 どうやら当てはまらないらしい。


「ちょっといいか?」


 ジレンが口を挟む。


「落ち着いて聞いてくれ。現場はな……家の中だったんだ」


 それを聞いた誰もが驚愕を顔に浮かべ、開いた口が塞がらない者も居る。


 一瞬の沈黙の後、傭兵達のざわめきが部屋を満たす。


 その中で、メガネがジレンが質問を投げかける。


「ジレンさん、虫食いの骨はありましたか?」


「いや、なかったが……何で今になってそんな事を聞くんだ?」


「地下の遺体置き場で、計四つ、同じ傷がついた骨がありまして……」


 メガネがジレンに地下で気付いた事を教える。


「だから俺言ったろ? 絶対妙だって」


 ジレンの顔はさっきまで真剣なものだったが、若干ドヤ要素が混ざった。


 どうしてああも三枚目なんだろうか、あの男は。


「ええ、そうでしたね……アリドが居なければずっと気付かないままでした」


「アリド? 誰それ?」


「あの子ですよ」


 そう言ってメガネが俺を指差した。


「やあ、嘘吐き先輩」


「お前かよ! ……てか誰がいつ嘘吐いたよ!?」


「酒場でボロ負けした後、全身の骨に傷がついてるみたいに言ってたじゃん」


「……いや、そうだったか? あー思い出せねえなー」


 目を逸らしながらそんな事をほざきよる。


「俺が調査に加わる前に話してたから情報漏洩だもんね。守秘義務違反だもんね。誤魔化せると思うなよ」


「ちょっと黙ってくれない???」


 メガネのジト目がジレンに突き刺さる。


 誰かの盛大な咳払いが響き、ジレンの体がビクリと跳ねる。


「おい、他に情報はねえのか?」


 若干ドスの利いた声がジレンに向けられる。


「あー……うん、でも一大事だろ?」


「その一大事に子供とじゃれ合ってるのは、どこのどいつだ?」


「……じゃあ俺、現場に戻るから!」


 ジレンはそう言い残して、逃げるように部屋から立ち去って行った。


 傭兵達は呆れたように溜め息をつく。 


「……だが実際、これは一大事だ」


 誰かがポツリと呟く。


「現場が室内にまで及び出した。安全地帯がなくなったようなものだ」


「誰か、この話をコロムさんかギルド長に伝えろ」


「俺が行ってくるわ」


 自発的に一人の傭兵が深刻化した問題を上に伝えに行った。


 俺は机の地図に近付き、近くに居たメガネに質問をする。


「室内で事件が起きた場所ってどこ?」


「ん、ああ、ここだよ」


 メガネが一つの駒を指差す。


 ……どこだか分からねえ。


「ギルドからどう行けばいい?」


「あ、えーっと……ここがギルドで、この道を……こう……」


 地図の上を指でなぞるが、いまいち分かりづらい。


「ギルドから出て左に進め。突き当りを右、しばらく進むとコーラス商会の商店がある。でけえからすぐ分かるはずだ。その対面の道を行けば左手側にその家がある」


 見かねた別の傭兵が教えてくれた。


「おお、分かりやすい」


「だろ?」


「ありがと、ちょっと行ってみる」


 嘘吐きなジレンの言葉を鵜呑みにする気はない。


「ああ、行っちゃうんだ……」


 何だメガネ、寂しそうな声を出して。


 俺がパーソナルスペースに侵入しまくってたから感情がバグったか?


 まあいいや。


「ジレンの言葉が嘘でなくとも、誇張された表現で正しく伝わってない可能性」


「うーむ……あり得る」


「あいつはそういう所ある」


「アリドちゃん賢い。俺らの光だね」


 傭兵達は頷き、俺の懸念に理解を示す。


 あと最後の奴は普通にキモイ。


 普段何してたら初対面の相手にそんな言葉吐けるんだよ。


「そうだね……一応、気をつけてね」


「大丈夫だ、問題ない」


 名残惜しそうなメガネに適当に返事をし、ギルドの外に出る。


 では、現場に向かうとしよう。 


 実物を見ないと分からない情報もあるかもしれないしな。




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