第77話
俺にとっての理想は人類が自力で世界を救う事。
正直もう『外なるもの』とは戦いたくない。
他人に任せられるなら任せたいのが本音だ。
傭兵達が協力して事件解決に
ちなみにコロムさんは何も言わずに勝手に出て行った。
誰も何も言わなかったので、たぶんいつもの事なんだろう。
話し合いが続き、正午の鐘が町に響いた所で、一旦言葉が止まる。
「ひとまず、ここまでの話を纏めましょう」
メガネ傭兵が情報の整理を行うようだ。
「まず殺害方法は操作系か使役系の魔法と予測します。殺害に使われている凶器は小さく、大量で、簡単に隠せるもの。次に解明したいのは被害者の誘導、または誘拐方法。それと凶器の隠蔽箇所と方法。そのため、町の巡回の他に、下水道の調査を平行して行う。人員分けは昼食後にまた話しましょう」
誰も異論は無いようで、反対の声は上がらない。
俺は別の事で気になる事が出てきたが、まあ後で良いだろう。
「では、一旦解散という事で」
メガネ傭兵そう言うとわらわらと部屋から出ていく傭兵達。
何人かが俺に話しかけてくる。
一緒に飯食おうって感じのお誘いだが、一旦宿に戻りたいんだよね。
「いや、積木亭って宿で昼飯出るし、連れも居るんでな」
そう言って断ると、
「ああ、あの九割が当たりの」
なんて言う傭兵も居た。
一割外れが混じってるのか……。
しつこく言い寄ってくるような傭兵はおらず、普通にギルドから宿に戻れた。
食堂に向かうと、数人の従業員しか居なくて閑散としていた。
昼飯は俺の分と、番号的にソノヘンさんの分が残っている。
「(そんなに時間経ってないと思うけど、みんな食うの早いのか?)」
ギルドから宿まで三十分程度……まあ不思議ではないか。
昼飯を取って適当な席に座り食事をとる。
今回は全部美味しいようで、じっくり味わって食べる。
……食べ終わってもソノヘンさんは戻って来なかった。
夕飯まで戻らないつもりだろうか。
「(クタニアとアルシスカに情報共有するか)」
クタニアの部屋に向かい、ノックをするとアルシスカが出てきた。
そこまでは想像通りだったが、中にユーティが居たのは予想外だった。
「あら、アリド君」
「アリド? どうしましたか?」
ほんわかとした空気の二人がこちらに気付く。
「教会自治領への駅馬車の運行が一時停止するようだ」
俺は簡潔に情報を伝える。
三人は驚いたようで、それぞれ反応を示す。
「なぜだ?」
アルシスカが理由を聞いてくる。
守秘義務もあるし、警戒対象も居るし、今は伏せておくか。
「傭兵ギルドでそういう話があった」
「聞いているのは原因だ」
「今のところ確証となる情報は無い」
アルシスカは眉をひそめて、事務的に告げる俺を睨んでくる。
別の所で話しても良いが、ユーティの精霊とやらの性能が分からないんだよな。
「……何か隠してないか?」
「傭兵としての契約で、話せない事はあるな」
「……むぅ」
不満気に口を尖らせるが、ここは諦めて貰おう。
「まあ助力が必要になるまでは大人しくしててくれ」
クタニアとアルシスカという戦力は、俺にとっては切り札だ。
単純な正面戦力なら俺かもしれないが、クタニアの
「分かった。必要になったらちゃんと声をかけろよ」
不承不承といった感じであるが、アルシスカは頷いてくれた。
アルシスカも諜報要員として活動できるだろう。
俺が兎モドキに認知されているのを利用して奴らの目を引けば、気取られずに情報を探ってくれるかもしれない。
ただこの手札も今のタイミングで切った所で大して得るものはないだろう。
「じゃ、俺は出かけてくる」
「何か大変そうですね、気をつけてくださいね」
「アリド君、頑張ってくださいねぇ」
部屋からクタニアとユーティのゆるい感じの声が飛んできた。
アルシスカは「フン」と鼻を鳴らして扉を閉める。
しかしユーティが仲良くなってるのは意外だった。
警戒しているから見えるものもあるが、見えなくなるものもあるだろう。
後でクタニアから話を聞いてみても良いかもしれない。
まあ余程親密な関係にならなければ問題ない……と思いたい。
「(ギルド行くか)」
宿から出る前にチラッと食堂を覗いてみるが、やはりソノヘンさんは戻ってないようだった。
傭兵ギルドの「たみよ室」に戻ると、メガネ傭兵と他数名が居た。
みんな思い思いに行動を取っている。
折角なので気になった事を聞いてみよう。
相手はメガネ傭兵で良いかな。
「ちょっと質問あるんだけど、良い?」
机の地図を見下ろしていた所を、下から覗き込むようにして声をかける。
「んんっ!? あ、ああ、君か、なんだい?」
顔を赤くして驚いたように仰け反るメガネ傭兵。
ふっ、チョロイぜ。
「おいおい、そいつはまだ
横から別の傭兵が茶々を入れてきた。
「それは関係ないでしょう!? で、質問だっけ?」
ますます顔を赤くして叫ぶメガネ。
なるほど、異性に対する免疫がないのか。
メスガキムーブで遊べそうだが、それは別の機会にしよう。
「ジレンとかいう、後輩に飲み比べ勝負挑んで負けた敗北者が言ってたんだけど、死体の骨って傷だらけだったんじゃないの?」
「悪意ある言い方だね……ごほん、彼の言っていた事は嘘ではないけど、それは全体の一部なんだ」
あの野郎、俺に嘘吐きやがったのか。
「一部?」
「そう、例えば、背骨を見たことある? 動物のでも良いんだけど、複数の骨が連結してるような感じの構造のやつ……」
「知ってる」
「その沢山の連なっている骨の一つにだけ、虫食いみたいな傷があったんだ」
「全身にあるって聞いたんだけど」
俺がそう言うと、メガネは得心したように頷く。
「成程、だから君はあの手段を予測できたんだね」
「てか話盛ってた敗北者が言ってたぞ。全身虫に貪られたみたいって」
「そう言えば、彼はその骨についてやたらと固執してたね……」
もしかして「嘘から出た実」ってやつ?
「詳しく調べなかったの?」
「いや、その後に発見された遺体の骨を調べたんだけど、他の遺体からはそういった傷が見当たらなくてね……だから偶然だろうって結論になったんだよ」
「そっかー」
あいつ、自分が見つけた手掛かりがないがしろにされて、腹いせか何かで無関係な第三者に話を盛った噂を流したのか?
だとしたら小物過ぎないかね。
まあそれはそれとして、一部にしかない虫食いの傷……本当に偶然か?
逆に他の骨が綺麗だったなら、偶然ではないかもしれない。
ジレンは恐らく、そこに違和感を見い出したんだろう。
「遺体って全部保管されてる? それと、どこで発見されたか分かる?」
「遺体は全部回収されてるはずだよ。ただ一か所に纏められていて、どれがどこかまでは分からないかな」
「案内して貰って良い?」
「ああ、この部屋の奥に、地下に入れる階段が床下に隠されてるんだ」
そんなものあんのかよ。
普段なら好奇心を刺激されてワクワクする所だが、遺骨が纏めて置いてあると分かっているので、そんな気分にはなれない。
メガネの後に続いて行くと、床に取っ手の金具があるのが見えた。
それを捻って持ち上げると、確かに地下への階段が続いている。
「ここだよ」
「イクゾー」
「何か急に凄い棒読みだね?」
「なに、気にする事はない」
メガネを置いて先に階段を下りる。
後ろでメガネが焦ったような声を出しているが、気にせず進む。
地下室に入ると、酷く冷たい空気を感じる。
冬の寒さだけでなく、精神を凍り付かせるような冷たさを。
「待って……えっと、ここに魔導灯のスイッチが……」
後ろから追いついてきたメガネがスイッチを入れる音が響くと、地下室が冷たい魔力の明かりに照らされる。
そこにあったものは無数の骨、骨、骨。
「三十八だっけ」
「そうだね……」
山のように連なる骨に近付き、一つ一つを入念に観察する。
「……あまり傷がないね」
「うん。だから凶器が分からなかった。刃物でも魔術、魔法でも、人を殺傷する程の攻撃をしたなら、何かしら痕跡が残るはずだから」
それが常識なのだろう。
だが『外なるもの』は非常識の塊だ。
俺はそれを知っている。
背骨に虫食いの傷があったという話なので、背骨だけを集中して探す。
「……あった」
「え? 何が?」
メガネの質問に答えず、骨の山からそれを取り出す。
脊椎の一つに、虫食いの痕がある骨だ。
「ジレンが見つけた虫食い骨ってコレ?」
「いや、ごめん、見分けがつかないかな……」
まあそうか。
それなら他にもないか探してみる。
メガネも加わり、一緒にしばらく探すと計四つの虫食い骨を見つけた。
「これだけか」
「けれど、これは偶然じゃない……」
一つでは偶然でも、似たような痕跡が重なれば必然だろう。
「少ない事例ではあるが、これにも原因があるがあるはずだ」
「少ない……ああ、そうか」
メガネが何かに気付いたように呟く。
「何か分かった?」
「下水近くという法則から外れた位置と、この虫食いの骨の数が一致する」
「原因は?」
「いや、それはまだ……けど、何かあると思う」
俺も少し考えてみるが、何にも思い付かない。
「上に居る傭兵達にも考えて貰おう。頭数は多い方が良いだろう」
「そう……だね、上に戻ろうか」
上から聞こえる音も賑やかになっていて、人も戻っているだろう。
この調子で俺以外の傭兵達だけで解決できたりしないかな。
そうすりゃ兎モドキの方にも何かしら行動できるし。
まだあっちがフリーなの事に一抹の不安を覚えるが、やれる事は限られている。
できる事を一つずつこなしていくしかない。
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