第76話


 現実逃避してても迫る危機は待ってくれない。


「ギルドから俺に指名依頼をするって事で良い?」


「そうだね。上手くいけば報酬は弾むし、名声も高まるだろうさ」


「具体的には?」


「金貨千枚と、下位貴族に口出しできる程度の名声さ」


 正直、俺の金の相場に関する知識は浅いが、かなりの大金だというのは分かる。


 だが、それより気になるのは後者だ。


「例えば俺が下位貴族に指名されたとして、断れるくらい?」


「その程度なら余裕だよ……例えば、アリドが下位貴族をぶん殴ったとしよう」


「怒られないとか?」


「フフッ、そうだね。アリドに正当な理由と法的根拠があれば、怒られないどころか称賛されるだろうね」


 マジかよ……流石に驚いた。


 大金よりも、その立場の方が色々便利そうだな。


 たかが名声とどこかで思っていたけど、想像以上に重要なパラメータらしい。


「アリドは金貨よりも名声に価値を見い出すんだね」


 顔に出てたかな?


 俺が相手を観察してるように、あちらも俺を観察してるんだろう。


「金は道具であり手段の一つだ。目的にはならないよ、少なくとも俺は」


「成程、良い考え方だね」


 笑ってそう言うギルド長。


「さて、それじゃあ依頼の内容を話しても良いかな?」


「りょ」


 断る理由はないな。


 報酬的にも、対『外なるもの』的にも。


「目的は現在起きている殺人事件の解決。犯人は不明、殺害手段も不明。殺人犯の特定及び無力化をもって解決を見なす。それと、この事件の情報をいたずらに広めてはならない。何か質問は?」


「俺の役割は?」


「それはこれから決めるのさ……アリドは何ができる?」


 さて、これはどこまで話そうか。


 まだ完全に信用できないんだよな傭兵ギルド。


「魔術を少々。あと魔法で身体機能の向上」


 嘘は言ってない。


 機能増やせば向上したと言えるだろうし。


「そいつは素晴らしいね。それでどの程度、身体が強くなるんだい?」


「んー……」


 どの程度と説明するか……考えていると、後ろに居るコロムさんを思い出した。


 席を立ち彼の元へ向かう。


 怪訝な顔で見下ろしてくる彼の腰を掴み、持ち上げる。


「……むっ」


「ほう」


「あと二倍くらい重くてもいけると思う」


 そう言って持ち上げた彼を下ろす。


 こちらを見下ろす視線の鋭さが増している気がしたが、気のせいだろう。


 そういう事にして席に戻る。


「力は見た目によらないって事だね……継続時間は?」


「半日くらいじゃない?」


「ふむ、その言いよう……限界が来たことがないのかい?」


「魔力を直接削られなければ、そうだね」


 僅かにだが、ギルド長の顔に一瞬だけ驚きが浮かぶ。


 すぐに元の表情に戻ったが、人類的には異常な事なんだろうなと分かる。


 魔力尽きなきゃ実質無限に増強できるとは言えないな。


「思った以上にできるようだね……こいつは嬉しい誤算だよ」


「で、他には?」


 ギルド長は少し考える素振りを見せた後、口を開く。


「……機能の向上と言ったね、夜目は利くかい?」


「うむ」


「それじゃあ夜の町で調査活動をやって貰いたい」


「りょ」


 俺が了承すると、ギルド長は満足気に頷いた。


「コロム、アリドを作戦本部に連れていきな」


 コロムさんは黙って頷いた。


「アリドも、詳細はそっちで聞いておくれ」


「承知」


 俺はそう答えて席を立ち、応接室っぽい部屋から退出する。


 少し遅れてコロムさんも出てきた。


「こっちだ」


 それだけ言うと、こちらを一瞥もせず、またズンズンと歩いて行ってしまう。


 なんか嫌われるような事したかな?


 まあいいや、置いて行かれないようにしよう。




 少し歩いて、ある扉の前で足を止める。


 扉には「たみよ」というプレートが張り付けられていた。


「何コレ」


「情報隠蔽の一環で、中の奴らの案だ」


 確かに「たみよ室」とか意味不明すぎて何やってるか欠片も想像できないけど、逆に気になるんじゃね?


 扉を開けて部屋に入ると、広い部屋の真ん中に円形のデカイ机があり、それを囲うように傭兵達が立って何かを話していた。


 傭兵達はコロムさんを見て、次に俺に目を向ける。


 知らない顔ばかりだが、一つ見知った顔があった。


「あっ」


「飲み比べ敗北者の先輩じゃん」


 ジレンが居た。


 俺がそう言うと、他の傭兵達の目がジレンに移る。


「お前あんなガキに負けたんか?」


「てか相手選べよ」


「子供に手を出そうとしてたとか、そういう趣味かよ引くわ」


「お前、ウチのチビ共に金輪際近付くなよ」


 散々な言われように、ジレンは何も言い返せずプルプル震えていた。


 見かねたのかコロムさんが割って入る。


「おい、状況を説明しろ」


 その言葉にメガネをかけた一人の傭兵が答えた。


「あ、はい……でも、そっちの子は?」


 俺が何者か分からないので、喋るのを躊躇っているようだ。


 これが普通の対応だよな。


「スイフォアが参加を認めた。夜警担当だ」


「ギルド長が……分かりました」


 中央の机に近付くと、大きな地図が広がっていた。


 たぶんこの町の地図だろう。


 昨晩、羽虫ドローンで空から見た光景と一致する部分が多い。


 ジレンの方から視線を感じるが無視だ、無視。


「では説明します。現在の被害者と思われる人は……三十八名です」


 結構……いやかなり多いな。


「思われる、というのは、被害者の遺体が骨と血と衣類の残骸しかないので、纏まって見つかると正確な数の把握が難しいためです」


「……一気に増えたな」


 コロムさんの顔が鬼のように歪む。


 強い憤りを感じているのか、オーラみたいなものまで見えそうだ。


「町のいたる所で、いつの間にか人がそんな惨状になっているのです。現在、殺人が行われている場面に遭遇できた者は居ません」


 地図の上に赤い駒のような物が置かれている。


 数えてみると、確かに三十八個ありそうだった。


 広範囲にまばらに置かれていて、法則性はほとんど見えない。


 分かる事は表通りのような人通りの多い場所に駒が無いという事くらい。


 そしてこれくらいなら既に分かっているだろう。


「進展は無し、か」


「残念ですが、その通りです」


 みんなが難しい顔をして黙り込んでしまう。


「一つ聞いて良い?」


 沈黙が満ちた部屋に俺の声はやけに大きく響いた。


 傭兵達の視線が俺に集まる。


「犯行にかかる時間て推測できる?」


 俺の質問に、さっきまで説明をしてたメガネ傭兵が言葉を返してくる。


「時間……人がなるまでにかかる時間ですか?」


「そうそう、確か肉も毛も無いんだよね?」


「そうです。ですが、時間ですか……」


 地図の上にある赤い駒の一つを指差して、質問を続ける。


「例えばココ。何時間毎に警邏が通る?」


「空白の時間は二時間も無いはずですが……」


「なら死体の肉削ぎは二時間未満……いや、血の臭いとかが広がるまでの時間を考えれば、大した時間はかかってないのかもしれないね」


 傭兵達は首を傾げている。


 ジレンが不思議そうに聞いてくる。


「……それが分かったとして、何になるんだ?」


「これが一分もかからないで行われる犯行だとしたら、その手段はどんな奴だったらできるだろうって思ったんだよ」


「いやいや、流石に一分はねえだろ」


「分からないよ。風のある日なら、鼻の良い人なら血の臭いなんてすぐ気付くでしょう? そういう日に見つけた人は居ない?」


 傭兵の一人が言葉を上げる。


「確かに俺なら血の臭いはすぐに気付ける。実際に気付いて、現場に着くまでに数分程度だったが、そこにはもう死体しかなかった」


 肉食獣の獣人と思われる、その傭兵の言葉を皮切りに議論が再燃する。


「じゃあ何だ? こいつは化け物の仕業とでも言うつもりか?」


「そうは言ってないだろう。手段が絞れるなら犯人像が浮かんでくるって事だろ」


「とは言えどんな手段なら数分で人をできるんだよ?」


「それを考えようって話なんだろうが」


「考えても分かんねえから行き詰ってんだろうがよぉ」


「うるせえな、思考停止してる奴は見回り行ってこいよ」


 ガイガイと盛り上がる傭兵達。


 面白そうなので彼らのレスバを眺めていたいが、時間は有限だ。


 一つの可能性を提示してみよう。


「例えば、大量の虫の使役をする手段があったら?」


 数人の傭兵が俺に目を向ける。


 その中の一人、ジレンがまた質問してきた。


「なあ、今なんつった?」


「大量の虫を使役する手段があったら、不可能じゃなくない?」


 いつの間にか静まり返った部屋に、俺の声が響く。


 全員の視線が俺に集まっていた。


 バッと地図に目を落とした数人が、指で何かをなぞっている。


「排水口が近いか?」


「下水か?」


 虫が犯行に使われたと聞いて、彼らはすぐに下水道が思い当たったようだ。


 てかさ、この町の下水道ってそんな物騒な虫が居るの?


「生物を使役する魔術はねえけど、魔法ならあるって話どっかで聞いた事あるわ」


「俺も聞いた事ある。ていうか知ってる」


「誰だよ?」


「大帝国の貴族だよ。こんな所にゃ居ねえ」


「虫じゃなくて鼠とかの小動物って可能性もあるんじゃね?」


「何なら生き物である必要もないんじゃねえか?」


「とにかく小さくて数が多い何かを自在に動かせれば不可能じゃねえって事だな」


 きっかけさえあれば、情報を出し合い議論が進む。


 優秀な傭兵が集まっているのだろうと良く分かる光景だ。


 誰かが別の地図を持って来て、赤い駒を倒さないよう机の上に広げた。


「下水道の地図だ」


「どう重なるんだ?」


「分かんねえ奴は邪魔すんな、分かる奴にやらせろ」


 一人の傭兵が町の地図と下水道の地図を交互に見比べている。


 しばらく誰も何も言わず、その傭兵を見守る。


 確認が終わったのか、口を開く。


「九割の事件現場が、下水道かそこに続く排水口が近くにあると思う」


「残りの一割は?」


「遠い。でも工房とかの施設が近くにある……関係ないかもしれないけど」


「分かんねえぞ? ある種の工房の排水処理は特殊って聞くぜ」


 俺が何も言わなくても話が進んで行く。


 これは進展が見込めるな。




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