第74話
酒とおつまみを楽しみながら、例の噂話について聞き出す。
「……ああ、その噂な。いいぜ、教えてやるよ」
「誰に対して口を聞いている」
「新人相手にだけど!? たまに無駄に偉ぶるなお前!?」
打てば響くタイプだなこの人。
おちょくりがいがある。
「はぁ、まあいい。話すぞ」
一呼吸置いてから傭兵、ジレンが話し始める。
「これは噂なんだが、行方不明者はな、実際にギルドから居なくなっているんだ。他の連中や、この町にずっと居る傭兵に聞いても、辞めるって話も病気なんかに罹ったって話もなかったそうだ。誰に聞いても、そいつの行方を知る奴は居なかった」
こいつはずっとこの町に居るタイプじゃない感じか。
「その噂、誰が元なんだ?」
「そいつは分からねえのさ。というか、出所を特定するとそいつが危ねえ」
「なるほど」
出所は職員だとしたら、特定するのはギルドへの利敵行為になるのかな?
「犯罪に巻き込まれたか、ギルドから何か盗んで夜逃げしたか、許されない関係を結んで逃避行でもしたか……色々憶測が飛び交っているが、一つ恐ろしい憶測があってな……」
声を潜めて、いかにも秘密の話といった雰囲気で続きを話す。
「以前、町中で信じられねえ事件があったのさ。人が『何か』に喰われたって事件がな。俺は調査に参加したんで知ってるんだが……」
そこで言いよどんで、欲深そうな目を向けてくる。
「金か?」
「ねぇんだろ?」
「じゃあ勝負でもするか? 飲み比べとか」
「いいねえ、俺が負けたら情報を出すとして……お前が負けたら?」
少しもったいぶってから、掛け金を乗せる。
「……一つ、できる範囲で何でもしてやろう」
口笛を吹いて、顔を紅潮させる男。
残念だが、俺がスライムって時点で出来レースだ。
「よし、じゃあ……おい!! エールを追加で頼む!!」
「かしこまりー!!」
ソワソワと落ち着かないジレンを眺めながら、噂について考える。
恐らく、その事件は大っぴらに公開されていない。
そしてこいつは「情報」を出すと言った。噂の続き、ではなく。
高確率で何かを掴んでるのだろう。
酔っ払いは口の滑りが良くて助かる。
噂の出所の安全というのも、実はコイツ自身の安全の事を指すのかもしれないな。
守秘義務もあるのだろうが、その辺の意識は薄そうだ。
「お待ちー!!」
「おっ、来たな!」
「で、量で勝負できるほど金あんの? 無いなら早さで競う?」
「はっはー、先輩舐めるなよ! ……先に五杯飲んだら勝ちって事にしよう」
ジレンはちょろっと腰に手を回して、何かを確認してから早さ勝負に切り替えた。
「シケてんな貧乏人が」
「その減らず口もここまでだからな!? エールあと四杯ずつ持ってこい!」
「御注文あざー!!」
笑顔で応対した店員がカウンターへ舞い戻って行く。
「合図は?」
「この串を投げて、机に落ちたらスタートだ」
「コインの一枚も出せないの? 本当はお金ない? 無理してない?」
「何で急にそんな心配すんのお前!? 絶対わからせてやるからな!?」
ジレンが喚いている間に、元気の良い声と共に追加で八つのエールジョッキが机に並ぶ。
「よし、もう後戻りできねえぞ……大人の本気を教えてやる」
「先輩って年下に向かって言うと威厳の下がる台詞吐くの得意だね」
「こ、こいつ……まあいい、始めるぞ!」
こめかみに血管を浮かべながら、口の端を引き攣らせる。
会話のペースは完全にこっちが掴めてるな。
細く長く息を吐いて、心を落ち着けようとしている先輩。
「はよ」
べしべしと音を立ててテーブルを叩いて催促する。
落ち着かせねえよ。
「ああ、分かったよ! 投げるぞ!」
投げられた串はクルクルと回転しながら宙を舞い、結構高い位置まで行く。
当然目線はジレンに向けたままだ。
向こうもこっちを見てるし、ジョッキを持ってない方の手が後ろに回ってるし、まあ警戒するよね。
ともすれば、さっきの間は小細工の準備だったかもしれんな。
串が落ちてきて、机に当たってカツンと鳴り、早飲み勝負が始まる。
お互いに一気飲みをして、一息にジョッキを空ける。
ジレンは息継ぎをするが、俺には必要ない。
即座に二杯目に手を付けてジョッキを空にする。
そのまま差を開け続けて、最終的には一杯と半分の差で俺が勝った。
ちなみに飲んでる最中も後ろに回された手から目を逸らさなかった。
「はい俺の勝ち。なんで負けたか明日までに考えてきてね」
「ぢ、ぢぐじょう……うヴ……」
酒が回った
ドヤ顔でジレンを見下ろしておく。
そして机に突っ伏して目を回してる敗者に声をかける。
「情報はよ」
空ジョッキで机をガンガン叩いて催促する。
「分かった、分かったから……くそ、こんなはずじゃ……」
頭を押さえて重そうに体を起こし、苦しそうに話し出す。
「どこまで話したっけか……ああ、捜査で知った事だな。ありゃ酷いもんだったぜ。皮も肉も毛も、一片だって残っちゃいなくてな……血と骨だけが残っていて、骨には小さな噛み痕が無数に刻まれてたんだ。まるで小さい虫に全身を貪られたみたいな感じだったぜ……で、衣服の残骸から、そいつが行方不明者かもしんねえって話だ」
「先輩、約束守れたんだね」
「ったりめぇだろぉ……これでも結構名の知れた傭兵団の団長なんだぞ俺ぁ」
酔い潰れかけていて元気はなくなっているが、ツッコミは健在だ。
「先に言っておくね。新人だから知らない」
「俺に先輩風吹かせる気が一切ねえな、お前ホントマジでさあ……」
「で、なんて傭兵団?」
「この流れで聞くのかよ……『
なんかダンジョンアタックとか得意そうな傭兵団だな。
この世界にダンジョンなさそうだけど。
「話は戻るけど、噂のそれに類似する事件てあるの?」
「あぁ……いや、やっぱ秘密だ」
「あるんだ」
「秘密だってんだろぉ」
「で、犠牲者に共通点は?」
「知らねえ」
「見られないと」
「だから知らねえって……ホント見た目以外可愛げがねえ」
ジレンは再び力なく突っ伏してしまった。
「見た目で侮るとこうなるって失敗例を見せてくれたんだね、ありがとう先輩」
「お前、後で、憶えて、おけよ……」
「もう勝負ついてるから」
顔を少し持ち上げて、上目遣いで恨めしそうな目を向けてくるジレンに、ニコリと笑顔を返して席を立つ。
「じゃ、支払いよろしく」
返す言葉もないのか、ガックリと額を机に落とし、そのまま動かなくなってしまった。
酒場を出ると、冷えた夜の空気が体温を奪っていく。
「(火照った人の体なら丁度いい感じなんだろうな……)」
酒に酔う事のないこの体が、少しだけ寂しく感じる。
あるいは、もっと人に近付けたら酩酊を得られるのだろうか。
だがその餓えも渇きも、それが満たされるのも、疑似的な偽りの感覚に過ぎず、本物を得ることはできないと分かっている。
「(いかんな……少し感傷的になってる)」
酒場の喧騒を背に受けて、宿へと戻る道を歩く。
手に入れた情報の整理でもしよう。
「(あの話を聞いて、この町でも『何か』が起きている可能性が高いと分かった……明日のギルドでの会話で確信まで持って行けるかな)」
もし『外なるもの』関連の問題が起きていたとして、どう動くべきか。
暫定、人食い虫が実在するとして、その生態を知るべきだろう。
個体か、群体か、群体なら数はどの程度か、大きさは、町中に入り込んだ手段は、繁殖方法は……などなど。
情報は少なく、考える事は多い。
「(明日、俺はギルドで、ソノヘンさんは教会で情報収集して貰うかな)」
今はまだ、探索と調査に力を込めよう。
願わくば、この町の人に任せて解決できる程度の問題であってほしい。
俺は面倒が嫌いなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます