第73話


 ゴロツキ共は衛兵の詰め所で、窓のない部屋に一人ずつ叩き込まれた。


 俺は詰め所の出入り口で、衛兵さんから傭兵ギルドへの道を教えて貰っていた。


「……傭兵ギルドへの道筋は以上だ。他に何か聞きたい事はあるか?」


「ない」


 本当はあるけど、怪しまれたくないしな。


 衛兵全員が正義感の強い人物とも限らないだろうし。


「分かった。傭兵、君の協力に感謝する……息災でな」


「うぃ」


 衛兵さんから傭兵ギルドへの道を教えて貰い、歩いて向かう。


 まだ営業してるか知らないけど、行くだけ行ってみよう。


 先ほどのゴロツキ市中引き回しが効果的だったのか、誰も俺に目を合わせようとしない。


 ひそひそ話は聞こえるが、まあ別にいいかな。


 人の噂も七十五日、明後日に町から出るならすぐに忘れられるだろう。


 しばし歩いて傭兵ギルドに到着する。


 他の町でもそうだったが、訓練施設も兼ねてるのでやたらデカイ。


 だが高さ的には他の家と並んでいるので、空でも飛ばないと遠くからは発見できないだろう。


「(羽虫ドローン使えば分かったんだろうけど、万が一バレたら事だしなぁ)」


 スライム時代より気を遣う要素が増えて面倒に思う。


 その分、味方を増やせたり情報を集めやすくはなるんだが。


 この辺りはしょうがない。


 ギルドに足を踏み入れる。


 受付には傷だらけの強面に仏頂面を浮かべたおっさんが居た。


 背もかなり高く、側頭部から牛の角が生えていて、いっそ鬼に見える。


 丸太のように太い腕を組み、仁王立ちをしてギルドに入った俺を見下ろしている。


 あまりに接客に向かなさすぎて逆に面白い。


「……見ねぇ顔だな」


 眉間の皺が深まり、ぎろりと睨まれる。


「今日この町に来た。ここ最近の情報が欲しい」


「何の情報だ?」


「戦力の招集と、未確認または新種の魔物に関して」


 スッと目を細めて、刃物のように鋭い眼光が突き刺さる。


 あと威圧感が凄い。まあ『外なるもの』ほどではないが。


「そいつを貸しな」


 そう言って俺のドックタグを指差す鬼さん。


 特に断る理由もないので素直に渡す。


「ほい」


「ちと待ってろ」


 鬼さんが奥に行くと、狭く感じていた受付が一気に広くなった気がする。


 他にも傭兵がチラホラ居たので、適当に一人捕まえて声をかける。


「俺ここに来るの初めてなんだけどさ、受付っていつもあの人なん?」


 最初は面倒そうな顔をしていた傭兵の男だが、俺の顔を見て表情が緩んだ。


 やっと役に立ったな、この顔。


「いや、普段は女性職員なんだがな、今日になってから急にあの人……コロムさんが受付に立つようになったんだ」


「へぇ、なんでまた」


「まだただの噂なんだけどさ、何でも職員から行方不明者が出たとか……」


「興味深い話だね」


 俺の食いつきが良いと分かると、傭兵はにやりと笑う。


「ここで立ち話も何だしさ、この後一緒に酒場にでも……」


 目尻を下げながらそんな事を言ってくるが、別の声が割って入る。


「おい、そこのガキ、来い」


 鬼さん改めコロムさんの声が聞こえると傭兵はサッと顔を逸らして無関係を装う。


 傭兵のあからさまなビビり様に苦笑が漏れそうになるのを堪え、受付に戻る。


「お前の実績的に教えられる事はねぇな。それに今、仕事受けてるだろ」


「護衛の仕事だね。だから進路に問題とか異常が無いか聞きたいんだけど?」


 コロムさんの眼光に怯まず、真っ直ぐに見つめ返して言い返す。


「それならどこに行くかを言え。行き先までの安全性だけ分かれば良いんだろ」


 情報管理がしっかりしてんな、このおっさん。


 どう言いくるめるか……。


 受付に身を乗り出して、声を潜めて話す。


「教会自治領から任務を負ってる司祭様が護衛対象なんだが」


「それがどうした」


「彼と一緒に、人とも魔物ともつかない化け物と戦闘した経験がある」


「………………」


 俺の言葉にコロムさんの顔つきが変わった。


 行動は別々だったが、同一の作戦の中で共闘したので嘘ではない。


 数秒ほど目を合わせたまま時間が過ぎる。


「……お前、時間はあるか?」


「あるよ。出発は明後日の予定だし」


「明日の朝、日の出の鐘が鳴った後に顔を出せ」


「りょ」


 これは何か良い話が聞けるかもしれないな。


「じゃ、また明日来るわ」


「フン……」


 不愛想なおっさんの見送りを背に受け、ギルドから出る。


 町をぶらつきながらこの後どうするかと考えていると、後ろから声をかけられた。


「なあ、あんたちょっと俺と話しないか?」


 先ほどの傭兵の男が追いかけてきたようだ。


 そういや気になる噂話を知ってるんだっけか。


「良いよ。俺、金持ってないけど」


 本当は持ってるけど。


「大丈夫さ、根性ある新人……新人だよな?」


 なんか途中で不安になったようで、俺に聞いていた。


「この道十年のベテランだが」


「嘘だろ?」


「嘘だよ」


「嘘かよ!」


 ツッコミを入れた後ケラケラと笑い出す。


 ノリの良い傭兵だことで。嫌いじゃないよ。


「傭兵になってそろそろ二、三週間くらいかな」


「ガッツリ新人じゃねぇか……ついでに年齢は?」


「今年で成人した」


「じゃあ十五か。そりゃそうだよな。成人してんなら大丈夫だな……」


 何がどう大丈夫なのか……まあ手を出されないなら別に何でも良いけど。


 俺の性別設定は……まあ伏せたままにしとくか。


 何となく、その方が面白そうだという理由で。


「気の良い先輩として後輩に奢ってやるからよ、酒場行こうぜ」


「よきにはからえ」


「どこ目線だよ!?」


 雑談を交えながら、自称気の良い先輩の案内で酒場に到着した。


 足を踏み入れると、うるさいほどの喧騒と食器の鳴る音、そして肉の油やアルコールの匂いが俺達を出迎える。


「いらっしゃーせ!!」


 喧騒に負けない大声で来店を歓迎してくれる店員さん。


 数人の少年少女が忙しなく店内中を歩き回っている。


「二人で座れる席頼むわ!!」


「こちらへどーぞ!! 二名入りまーす!!」


 元気いっぱいの少女が俺達を案内する。


 歩いている途中で横から声がかけられる。


「おうジレン、どこで捕まえたんだその子をよぉ!!」


「聞いて驚け!! 何と新米傭兵で、コロムさんのメンチ切りを受けても平然と返してたんだぜ!!」


「流石に冗談だろう!!?」


「いやいや、これがマジなんだって!! だからこうして先輩の俺が傭兵のイロハを教えてやろうとだな……!!」


 髭もじゃで、小柄だが筋骨隆々とした身体。


 話に聞くドワーフだろう。


 実物は初めて見た気がする。


「おい嬢ちゃん!! こいつは手を出すのも早けりゃ飽きるのも早い野郎だぜ!! 注意しな!!」


「ちょっ! 何言ってんだテメェ!!?」


「ホントの事だろうが!!」


「なあ新米、酔っ払いの言う事なんて信じねぇよなぁ!!?」


 急に話を振られた。


「酔っ払いって誇張はするけど嘘はつかないよね」


 せっかくなので油を注ぐとしよう。


「おいいいいい!!??」


「ガッハハハ!! 酔っ払いの事よく分かってんじゃねぇか!!」


「いやいやいやいや、嘘つくからな!? あることないこと吹聴して回るなんて日常茶飯事だからな!?」


「そりゃテメェがそうってだけだろう!! なあ嬢ちゃん、こっちの席に座んねぇか!? おめぇさんほどの花が添えられりゃあ飯も酒も美味くなるってもんよ!!」


「ふざけんなよ!? 喧嘩なら買うぞクソドワーフ!!」


 いやー乱世乱世。


 こういうのって遠巻きに見る分には楽しいね。


 前世でも火種だけ撒いてレスバ眺めるのとか良くやったわ。


 ヒートアップして行く二人だが、喧嘩になる前に水を差しておく。


「まあ今日はこの人が奢ってくれるって話だから、この人に付き合うよ」


 聞いておきたい情報もあるしな。


「フン、この馬鹿が見栄で自滅するまで食ってやりな嬢ちゃん! でも酒は飲みすぎんなよ!」


「一々嫌味を挟まねぇと喋れねぇのかクソが!! んっん……じゃあ気を取り直して席に向かうか」


 今更優男を気取っても手遅れ過ぎると思うが、まあいいか。


 そう言えば案内役だった少女がいつの間にか居なくなっていた。


 店内を見回すと、少し離れた所で給仕を再開していた。


 たくましいなぁ。


 ジレンと呼ばれたこの男も、案内がいなくなった事を気にした様子もなく、空いていた席に目を付けて向かう。


 たぶんこういった出来事は日常的な風景なんだろう。


 まさに傭兵って感じだな。


 席に座ると、店員が寄って来て注文を聞いてくる。


「じゃあエールを二つ……それと適当に摘まめるモンを頼む」


「分かりましたー!」


 すっごい雑な注文だが、特に文句もなく店員は受け入れる。


 こういう文化なんだろう。


「成人してんなら飲めるよな? まあ下戸なら無理にとは言わねぇけど……」


「余裕」


 本体はスライムだしな。


 注文から一分と経たずに早速酒が運ばれてくる。


 噂話も聞きたいが……まずは酒と料理を楽しんでからでも良いだろう。


 初の異世界酒場料理、楽しみだねぇ。




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