第72話


「という訳で外歩いてくる」


「何がどういう訳かは知りませんが、分かりました」 


 一同の食事が終わった所で俺が声をかけ、席を立つ。


 ついでに近くに居た宿の人に質問をする。


「食べ終わった後の食器とかどうすればいい?」


「その場に置いていってもらって構いませんよ」


「把握」


 他の面々も席を立ち、各々が自由行動を始める。


 俺は一度部屋に戻り、貴重品だけ持って夜の町へ繰り出した。


「(まずは傭兵ギルド目指すか)」


 既に日は沈んでいるが、所々にある街灯のおかげで表通りは明るい。


 石畳で舗装された表通り歩いていると、時々嫌な視線を感じる事があるが、胸元のドックタグに気付くと途端に興味を失ったように目を背けられる。


「(ところで傭兵ギルド……どこだ?)」


 どこかに看板とか案内板とか無いかな。


 当てもなく適当に歩き回ってみるが、時間ばかりが過ぎる。


「聞くか」


 適当な路地裏に入る。


 石畳の道から、土がむき出しになった道になる。


 表通りから見えなくなる場所まで歩き、かなり暗い場所で足を止めると、後ろから足音が近づいてきた。


 振り返ると強面の男が四人、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。


「よお、迷子かい?」


 先頭に立つ男が嫌らしい笑みを浮かべ、無駄にフレンドリーに声をかけてくる。


「ああ、傭兵ギルドはどこだ?」


 俺が淡々と答えると、男達は顔を見合わせる。


「坊やか嬢ちゃんか分からないが、それはどっかで拾ったのかい?」


「自前のだ」


「そいつぁたまげたなぁ」


 残る三人がゆっくりと、道を塞ぐように広がる。


「案内してあげよう、こっちおいで」


「信用できん。場所を言え」


「まあまあ、そう言わずに……」


 服装は一般的で、ドックタグを付けてないから同じ傭兵でもないだろう。


 四人全員に共通して、清潔さを感じられないし、凝った装飾品を身に付けていたりもしない。


 消えても誰も気にしないタイプの人種だろう。


 吸収して情報に変えるか。


「(狙うなら一番後ろに居る奴だな)」


 こちらに伸ばしてきた男の手を掴んで止め、足元から地面の下を通してスライムの体を伸ばす。


 男は俺に掴まれた手を押したり引いたりするが、ビクともしない。


 なんとなく分かっていたが、普通の人と比べるとかなり高性能な体してんな俺。


「なっ、なんで、こんな力が……!?」


 愕然と呟く男が上下左右前後、頑張って手を動かそうとする。


 それを見かねてか、後ろの奴らが声を上げる。


「おいおい、何遊んでんだよ」


「早くしろよ。いつまでも人が来ねぇとは限らねぇんだぞ」


 そういやそうだな。


 ありがとうゴロツキその三、君の言う通りだ。


 羽虫ドローンで周囲の偵察もしておこう。


 スライムでの吸収を他人に見られる訳にはいかない。


「(誰も近付いて来てないな)」


 一番後ろの男を足元から頭まで一瞬で覆って『圧縮』で潰し、すぐにスライムは地下に戻す。


 音も鳴らさず、誰にも気付かれず、完璧な暗殺に成功した。


 サクッと溶かして吸収してしまおう。


「クソッ、離しやがれ!」


 俺に手を掴まれていた男が、振り払うのを諦めて蹴りを放ってきた。


 逆の手で足首を掴んで蹴りを止め、握力テストを開始する。


「あがっ、い、いてえ! 離せ! 離してくれ!」


 骨の軋む音が路地裏に響く。


 その音に、後ろの二人の男が言葉を失って後ずさる。


「悪かった! ちょっとした出来心だったんだ!」


 テンプレな命乞いを聞き流して、込める力を増していくと、枯れ木が折れたような音が鳴る。


 出力的には最大の半分程度で折れた。人の骨の硬さ、覚えておこう。


 今後やりすぎる事ができないタイプの対人戦が発生した際の参考になるはずだ。


「――ぎゃああああああああああ!!!」


 登場の仕方から悲鳴までテンプレだな。


 こいつの事は今日からテンプレ君と呼ぼう。


 生きていればだが……なんて思っていたが、呼ぶことになりそうだ。


「流石に悲鳴を上げさせたのはマズったかな……ちゃんと口塞げばよかった」


 羽虫ドローンが駆けつけてくる衛兵っぽい人を捉える。


 魔術を使い、地面を元に戻しながら足の裏から生やしたスライムを体内に戻す。


「全員動くな!」


 槍の穂先を突き付けてこちらを威嚇する衛兵さん。


 お一人だが、ゴロツキ共は完全に委縮しているようだ。


「喋るのは良いかな?」


 衛兵さんの鋭い目が俺に向けられる。


「君は……傭兵か?」


「そ」


「……肯定と受け取る。ここで何があったか話してくれ」


 俺の短い返事に一瞬疑問符が浮かんだようだが、意味は伝わったようだ。


 吸収した男の記憶を漁ると、やはり良からぬ事を考えていたようだった。


 前科もある。くれてやる慈悲は無いな。


「俺が道に迷って、こいつらが俺を拉致ろうとしてきて、返り討ちにした」


「成程、協力に感謝する」


 俺に目礼をした後、鬼のような形相でゴロツキを睨みつける衛兵さん。


「貴様らの言い分は詰め所で聞く。逃げたら重罰だ」


 言葉を荒げる事は無いが、重みのある低音で威圧感が凄まじい。


「そ、そんな……」


「俺達の話も……」


 言い訳を始めようとする男達の顔に、交互に槍が突き付けられる。


 そうなるとゴロツキは声も出せなくなってしまった。


「いてぇ……助けてくれぇ……」


 足首の骨が砕かれて嗚咽を漏らすテンプレ君。


「あ、そうだ。俺迷子なんだけど、衛兵さん、傭兵ギルドの場所知ってる」


「ああ、それなら詰所の近くにある。ついてくると良い」


 呻くそれを無視して会話をする俺と衛兵さん。


 ゴロツキ共に手錠を嵌めたタイミングで彼が口を開く。


「……む、貴様ら、後一人はどこへ行った?」


 おおっと、衛兵さんこいつら知ってる感じか。


 でもそこはあんまり深掘りしないで欲しい。


 下手に逸らすと怪しまれるかもしれん……誘導するか。


「こいつら常習犯か何か?」


「いや、以前から目を付けていたが、証拠が出てこなくてな……」


「じゃあ後ろ盾でも居るんかね。まあ切り捨てられそうだけど」


「あり得ん話ではないが……まあいい、尋問すれば分かる事だ」


 逸れたな、ヨシッ。


「善良な傭兵として足の折れたこいつは俺が運ぶよ。案内してくれ」


「すまんな、助かる……貴様らはいつまで座っている、立て」


 ゴロツキの片方が、槍の石突きで脇腹を突かれて空気と唾を吐きながら地面に転がった。


 あばらが折れたような音が聞こえたな。


 蹲るばかりで動けないゴロツキの足に、槍が軽く刺さって血が流れる。


「立てんのか? なら足は要らんな」


「ひぃ……」


 短く悲鳴を零し、足を震わせながらも立ち上がった。


 なんかヤクザみてぇな衛兵さんだな。


 まあ味方してくれるなら頼もしい。


 この世界、前世に比べるとかなり命が軽いし安い。


 こいつらのやってた事が明るみに出たら、ここで俺がゴロツキ共を皆殺しにしても正当防衛が成り立つだろう。


 郷に入っては郷に従えとも言うし、倫理感はこの世界基準に合わせる事にした。


 それはそれとして、この町では『外なるもの』関連の事件は起きてなさそうだ。


 普通のまっとうな悪人による悪人のための犯罪集団が居るってだけだ。


 いや、普通のまっとうな悪人て何だよ。


 でもまあ『外なるもの』よりはマシか。


 そんな事を考えながら衛兵さんの後ろに続いて表通りを歩く。


 ゴロツキ共は「あいつめ裏切りやがった」とか「なんでこんな目に」なんて言葉を衛兵さんの耳に入らないよう超小声で呟いていた。


 俺が善意で引き摺ってるテンプレ君は呻き声の一つも上げなくなった。


 確認すると、所々に擦り傷ができていて、白目を剥いて気絶してる。


 石畳の段差が原因だろう。死なれても俺の責任ではない。


 ちなみに掴んでいる場所は足だ。当然折った所。


「ここだ、入ってくれ」


「りょ」


「傭兵、君の返事は独特だな……」


 サーセン。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る