第71話


 馬車に揺られて半日。


 夕暮れ時より少し前に、森の中にある「ナッツィナ」という町に到着した。


 教会自治領に向かう駅馬車には乗り換えが必要で、それに乗るのは明後日になるそうだ。


「ソノヘンさん、どこか良い宿知ってる?」


「いえ、前回来たのは随分前ですから、もう記憶も曖昧でして……」


「まあそりゃそうか」


 そこらの人に声をかけて話を聞こうとしたが、横から声がかかる。


「私が馬車の中で聞いた宿であれば案内できますよ」


 白い杖を突き、両目を閉じた少女、ユーティが俺らにそう言ってきた。


 彼女とは駅馬車に乗り込む当日に、馬車の繋ぎ場で一緒になった。


 偶然ではないだろう。


 依然として怪しいと感じるが、何の証拠もないのでどうする事もできない。


「まあ楽できるならその方が良いな……みんなは?」


 行動を共にする三人に声をかける。


「ここは御厚意に甘えてもよろしいかと」


 ソノヘンさんが代表して答える。


 クタニアはその言葉に頷き、アルシスカは相変わらず不愛想で無反応だ。


 無反応だが、どうせクタニアと同じ意見だろう。


「じゃあ案内を頼む」


「ええ、ついて来てくださいねぇ」


 盲目を示す白い杖を突いているものの、ユーティの足取りはしっかりとしている。


 意思を持った魔力――精霊が彼女を先導していた。


 精霊達はクルクルと彼女の周囲を旋回し、常に周囲の様々な情報をユーティに届けている……らしい。


 しばらく歩き、日が沈む前には到着できた。


 洋館風で横に広い建物で、入口の看板には「積木亭」と書かれていた。


 扉を開けて中に入ると、受付の女性と男の客が話をしていた。


 こちらに気付いた男が俺達に……というよりユーティに話しかけた。


「ああ、ユーティさん! 僕の紹介したここに来てくれたんですね!」


「あら、その声は……」


「オイドリックです! 何かご不便があったら僕に言ってくれれば力になりますよ!」


 この男、宿の店員の前で良くこんな事言えるな。


 まあいいや。


 ユーティに積極的に話しかける男を無視して、受付の女性に声をかける。


「部屋四つほど空いてるのかと、値段がどの程度か聞きたいんだけど」


「いらっしゃいませ。当宿のお値段は一泊銀貨三枚です。銀貨一枚追加していただければ、昼食と夕食を、昼と夕暮れの鐘が鳴る時に食堂にてお出しします。食堂は皆様の右手側の通路の奥にありますので」


 ソノヘンさんから貰った前金で今日と明日の分は足りるな。


「アリドさん、私が払います……お代はこれで」


 そう言ってソノヘンさんが金貨一枚と銀貨十二枚を支払う。


 ありがてぇ。


 二日分、食事つきのお値段で四人分だ。


 受付が勘定を済ませている間に、ソノヘンさんが小声で俺に耳打ちしてくる。


「ユーティさんは放置していいのでしょうか……?」


「いいんじゃない? プライベートまで一緒に行動する理由が無いし」


「確かにそうですが……」


 ナンパ男に絡まれているのが気になるらしい。


 俺としては距離を置きたいので、あのナンパ男には頑張ってほしい。


 部屋番号が書かれた鍵を受け取り、それをクタニアとアルシスカにも渡す。


 ちなみにクタニアはフードを目深に被り、借りてきた猫のように大人しくなっていて、見ず知らずの人とは誰とも目を合わせようとしない。


 他人の目のある場所では喋る気が起きないようで、駅馬車からずっとこうだ。


 それぞれが割り当てられた部屋に向かう。


 部屋は特におかしな所はない。ごく普通な感じだ。


 荷物を整理……と言っても、俺に必要な荷物はほとんど無い。


 せいぜい傭兵ギルドのドックタグと金銭くらいなものだ。


「一応夕飯を食ってから情報集めに行くかね」


 たしかまだ鐘は鳴ってないはず。


 情報収集は念のために行う。


 明後日までこの町が無事である保証がどこにもないからな。


 どこで情報を集めるか考えていると、どこかの鐘が日没を告げる音を鳴らす。


「飯行くか」


 部屋から出て、一応仲間の部屋に向かって声をかける。


 ちなみにアルシスカはクタニアの部屋に居た。


 扉を開けて対応してきたのもアルシスカだったのだ。


 二人で一部屋でも良かったんじゃないかと思ったが、口にはしないでおく。


 四人で食堂に向かうと、途中でユーティが合流してきた。


「私もご一緒してよろしいですか?」


「他が良いなら良いんじゃない」


「私は問題ありませんよ」


 ソノヘンさんの一声で食事を共にする事になった。


 クタニアもユーティが相手の時はそこまで緊張していないようだ。


 眷属の夢から共に脱出した経緯があるからだろうか、仲間はユーティに対して友好的な姿勢を取っている。


 どうにも底が見えない彼女に安心できないのは俺の性分なんだろうか。


 食堂に到着すると、棚にトレーに乗った料理が並べられており、料理の手前には部屋番号のプレートが置かれている。


「部屋番号のものを取れって感じか」


「そのようですね」


「アリド君、私の番号の料理を取ってもらってもいいですか?」


 名指しで俺かよ。


 精霊で分からないのかね?


 分からないから聞いてんだろうけどさ。


「番号は?」


「二六番ですねぇ」


「りょ」


 自分のとユーティの料理を取り、テーブルが並んでいる方へ向かう。


 椅子が五個並べられた円形のテーブルを発見した。


「あそこで良いか」


「ええ、席も丁度人数分ありますねぇ」


 そういうのは精霊で分かるのか。


 他の三人も後からついて来て、同じテーブルを囲って席に着く。


「じゃあ、食うかー」


 前世で「いただきます」と言う習慣がなかったので、俺はそのまま食事を始める。


 この世界での傭兵も作法なんぞ気にしないだろう。


 ソノヘンさんとクタニア、アルシスカのコンビは聖印を結び、各々が信仰する神に祈りを捧げているようだ。


 ユーティは数秒ほどそっと両手を合わせていた。


 前世を思い出す動きだが、流石に偶然だろう。


 料理はパンとクリームシチュー、野菜炒め、サイコロステーキの四品だ。


 まずはシチューをスプーンで掬って一口。


 とろとろの濃厚な甘さが口の中に広がり、良い匂いが鼻から抜けていく。


 野菜も肉も柔らかく、舌と口蓋で挟むだけで崩れるほどだ。


 次にパンに手を伸ばす。


 そのまま食べると硬いのだが、シチューにつけると柔らかくなり、どういう仕組みかは知らないが木の実や麦の香りを感じるようになった。


 野菜炒めは色とりどりの野菜と、牛肉っぽい肉が光を反射して艶やかに輝いている。


 野菜はシャキッと、肉は程々に噛み応えがある。


 噛めば噛むほど、旨味が口の中に広がっていく。


 肉の脂っこさは野菜のさっぱりした味わいで相殺されるが、旨味は相乗効果を生んで、多様な野菜によって味は多彩であり飽きが来ない。


 サイコロステーキは普通だった。


 これだけ手抜いてない?


 いや、不味くはないが、何かパサパサしてるんだよね。


 黙々と食事を続け、俺が一番最初に食べきった。


 聖職者と邪教徒組はまだまだ残っている。


 ユーティはあと少しで食べ終わりそうだ。


 ぼんやりとみんなの食事風景を眺めていると、


「ねえアリド君、食べる所を見られると少し恥ずかしいなぁって」


 ユーティが頬に手を添えてそんな事を言ってきた。


「気にすんな」


「気になるなぁ」


 クスクスと笑ったあと、パンの最後の一切れを口に入れて完食した。


 普通に食ってんじゃねぇか。


 仕返しとばかりに、ユーティが俺をガン見してくる。


 両目を閉じてはいるが、何故だか視線を感じる。精霊か?


 居心地の悪さを感じ、視線を周囲に逸らすと、同様に俺をガン見しているナンパ君と目が合った。


 彼はすぐさま目を逸らして、自分の食事に戻る。


 ……ひょっとして感じた視線の正体、アイツだったのか?




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