第66話


 人の破片になったブツを壊して消し去る。


 クタニアとアルシスカは少し離れた所から様子見をしていて、粉砕した扉がこうなった事を不気味がっているようだった。


「アリドさん、すいません、慎重に確認も取れず」


 申し訳なさそうにソノヘンさんが謝ってくる。


 割と殺意高めの攻撃だったし、心配されてるのかな。


 現実への道は健在で、精神的にもまだ余裕はある。


 でも気にするなと言っても気にするだろうし、何かやってもらうか。


「過ぎたことはいいよ。それより、その部屋はどういう仕組みだったん?」


 俺以外閉まっている事に、あるいは扉がある事自体に気付かなかったみたいだし。


「すいません、私にも分かりません……部屋に居る協力者のおかげで、眷属の目が欺けたので」


 そう言って振り返り、部屋の中へ目を向けるソノヘンさん。


 部屋の入口に向かい、中を見ると、一人の少女が居た。


 黒い髪と透き通るような白い肌で、精緻せいちな人形のように容貌の整った少女だが、何より目を引くのは彼女の瞳だ。


 白く濁った瞳が、俺に向けられている。


「はじめまして、貴方が司祭様のおっしゃっていた方でしょうか?」


「ソノヘンさん、何か俺の事言ったの?」


 ちょっとジト目になってソノヘンさんを見る。


「頼りになる傭兵とだけ……少々私事を話ましたが、それだけです」


 ソノヘンさんの言葉にくすりと笑みを零す少女。


「自分の運命を変えてくれた人だとおっしゃっておりましたよぉ」


 ゆったりとした口調でソノヘンさんの話した内容を証言してくれた。


「へぇー」


 なんか随分持ち上げてくれてんじゃん。


 ソノヘンさんが何とも言えない表情で口を引き結ぶ。


 まあ大して情報は漏らしてなさそうだし、いいか。


「で、君は? 名前と職業と、ついでに隠蔽に関する方法を教えてくれると嬉しい」


 顔を白い瞳の少女に向けて、問いかける。


「ユーティと呼んで下さい。精霊を信仰する祈祷師シャーマンです。方法は、少し説明が難しいのでぇ……」


「精霊?」


 そういうのも居るのか。


「自然に宿る意思を持った魔力の塊を、一般ではそう呼ぶ事があります」


 知らないと思われたのだろう、ソノヘンさんが説明してくれた。


 一般常識を教えて貰う程度には異世界世の中を知らないからね、俺は。


 ともかく、精霊はイメージ通りの存在のようだ。


「精霊は自然の代弁者であり、代行者なんです。私は彼らの力の一端を借りれるんですよぉ」


「ここは夢の世界だと思うんだが……」


「個人の夢なら居なかったでしょう。ですが、ここは違いますからねぇ」


「なるほど?」


 よく分からんが、ここなら精霊が湧く条件が整っているという事だろうか。


 それを何やかんやして隠蔽したと。


「私からも質問です。貴方の名前を教えてくれませんか?」


「俺はアリド。新米傭兵」


「アリド君って呼んでも良いですか?」


「良いよ」


 この環境下で随分とおっとりとした様子の少女だな。


 俺のそっけない返事にも気を悪くする素振りはない。


 普通に考えると、このくらいの少女が殺意満々の眷属に追われてたなら、精神に強い負担がかかると思うんだが、目の前の少女からはそんな気配が微塵も感じない。


 至って自然体で、落ち着いている。


 見た目通りの年齢ではないのか、余程精神が鍛えられる生活を送って来たのか。


「アリド君は、これからどうするのでしょう?」


 観察をしていると、対象の少女から声をかけられた。


「現実への帰還――この夢の世界からの脱出を目指す」


 そう告げると、少女は驚くこともなく頷いた。


「私もご一緒してもいいですか?」


「ちょっと待て。考える」


 その言葉にすぐさま頷くことはできず、時間を貰う。


 この後は安全を確保してから、先にクタニアとアルシスカが帰還して、リセイジアの薬をソノヘンさんに投与する流れになっている。


 無関係な第三者の保護と救助は視野に入れていない。


「アリドさん、私からもお願いできませんか? 可能性が少しでもあるなら……」


 ソノヘンさんが遠回しに彼女の救助を支持する。


 助けると言っても、精神が入る器と、その器の座標へと夢の世界から繋がる道を用意しなければならない。


「あの、アリド……一旦私達が戻った後、あの魔女の方に何か案がないか聞くのはどうでしょうか?」


 クタニアも助けるのに賛成らしい。


 となれば、アルシスカも当然そちらに傾くだろう。


 無理矢理見捨てるような流れにすると今後に支障が出るな。


「分かった。一応確認するが、ユーティはその目、見えるのか?」


「はい、この世界でなら……ですけどねぇ」


 現実では盲目だと暗に告げられた。


 ソノヘンさんは元からだったのだろうが、クタニアも同情的になっている。


 アルシスカは無表情だが……尻尾的に同情寄りだな。たぶん。


 俺はこの少女をまだ少し疑っているが、多数決だし、仕方ない。


「見えるなら問題ないな、ここはいつ眷属が戻って来るか分からんし、脱出して距離を取ろう」


 俺の言葉に全員が頷き、ひとまず眷属の拠点から離れる事になった。




 拠点から離れる途中、眷属と遭遇する気配すらなかった。


 無人となった拠点は、廃墟のような静けさと空虚さに満ちていた。


 ここが唯一の拠点なら、眷属はほぼ壊滅したと思って良いだろう。


 拠点が見えなくなるまで離れてから、クタニアとアルシスカが現実へと帰還する。


「ではアリド、私達は先に戻ります」


 クタニアが言い終わると同時に、アルシスカと共に光になって空へと昇って行く。


 それを見届け、ソノヘンさんとユーティ、俺の三人が残る。


 お互いに言葉はなく、しばらくの間、沈黙が場を支配する。


 自分の精神が作った道の確認を行っていると、ソノヘンさんの体が光る。


「これは……」


「現実に繋がる道みたいなのを感じない?」


 俺の言葉を受けて、ソノヘンさんは目を閉じて意識を集中させる。


「……はい、恐らくですが、それらしいものを感じます」


「それに乗れば現実に戻れると思うよ」


 現実に帰れるはずだが、ソノヘンさんは浮かない顔をしている。


 その表情からは、困惑や葛藤のような感情を読み取れた。


「ソノヘンさんや、『自分は助かって良いのか?』とか思ってんだったら、それこそ俺らに対して失礼だと言っておくよ」


「はい、それは、その通りですが……」


 彼の視線が一瞬ユーティの方へと向く。


「司祭様、私の事はお気になさらず。助けられたのはお互いさまだったでしょう?」


 貸し借りはないと彼女は言うが、ソノヘンさんの性格的に、だからこそ自分より割を食う人の居る事が辛いのかもしれない。


 その献身は素晴らしいと思うが……。


「……分かりました。何か良い方法があるようなら戻ってきます。その方法はあるんですよね、アリドさん?」


「見るからに魔女って感じの婆さんが居ると思うから、そいつに聞けばいいよ」


 ソノヘンさんも光になって空へと飛んでいく。


 残るは俺とユーティだけ。


 疑問は沢山ある。


「質問していいか?」


「いいですよアリド君」


「いつからこの世界に居た?」


「二週間ほど前からですねぇ」


 二週間前……丁度、眷属に死霊術師ネクロマンサーの手駒が情報を渡してた辺りか。


 夢と現実とで、時間の速度に差異が無いなら違和感は無いが……。


「現実の肉体が無事じゃないなら戻れんかもしれんぞ」


「そうですねぇ、ちょっと精霊に聞いてみましょうか」


 言葉から察するに、現実の肉体について知る方法があるのだろう。


 軽い口調と態度からは、現実に帰れなくても良いと思ってそうな空気を感じる。


 そうでないなら、帰れないかもしれないと聞いても、現実の肉体に何の不安も感じてなさそうな態度に説明がつかない。


「この夢の世界って現実と同じ速度で時間が流れてると思うか?」


「どうなんでしょうねぇ? 精霊は時間の概念に囚われない存在ですからぁ……」


 首を傾げるユーティ。


 どこか超然としていて、その性格は掴み所がない。


 見た感じの年齢に対して、不相応な落ち着きぶりを見せる。


 俺も人の事を言えない見た目だが、この際それは置いておく。


「無事のようですねぇ。精霊が保護をしてくれていました」


「随分万能だな、精霊」


 そんな何でもアリな存在なのだろうか。


「ええ、なぜか氷漬けにされてるようですが、戻れば大丈夫そうですねぇ」


「そんな方法で保護になるんだな」


 知らない風体を装うが、SFで良くあるコールドスリープってやつだろう。


 本人は知らないようだが、精霊はそういうのを知っているようだ。


「それはそれとして、肉体の場所が分かるなら、実はいつでも現実に帰れたのか?」


「いいえ、大きな存在が夢の世界の出入りを見張っているらしいのですが……あらぁ?」


 ユーティの言う大きな存在とは、恐らく『外なるもの』の事を指すのだろうが、何か気になる事があったようで首を傾げる。


「すいません、いつの間にか大きな存在が居なくなっているようですねぇ」


 奴の不在は混沌神のおかげだと思うわ。


「それも精霊が?」


「はい、教えてくれますねぇ」


 本当に万能だな、精霊。


「じゃあ、帰ろうと思えば今すぐ現実に帰れるのか」


「そうみたいですねぇ」


「じゃあやってみてくれ。見送ったら俺も現実に戻る」


 俺がそう言うと、柔らかな微笑みを見せるユーティ。


「アリド君は優しいですねぇ」


「何がだ?」


「あんなに私を疑ってたのに、見捨てもせず、今は私の言葉を信じてくれてます」


 疑念を抱いていた事がバレていた。


 随分と鋭い感性を持っているようだ。あるいは精霊か?


「信じれるかを判断する為の行動だが」


「ええ、それは信じたいという心がなければ、できない行動ですから」


 ユーティは妙に優しい目つきで俺を見つめてくる。


 その目は止めて欲しい。どうにも落ち着かない。


「まあ、お前がどう思うかはお前の自由だ」


「アリド君は優しい子ですねぇ」


「一々言わんで良い。はよ帰れ」


 何が面白いのか、鈴が鳴るような笑い声を零した後、その体が光に変わっていく。


「現実でもまた会いましょうね、アリド君」


 そう言い残し、ユーティも消えた。


 本当に自力で帰れたらしい。


 ……何だか得体の知れない奴だったな。


「はぁ……俺も戻るか」


 現実に戻ると、何やら話し込んでた女三人と、手に持った赤い薬を青い顔で凝視するソノヘンさんが居た。


 ユーティは精霊を使って自力で帰れた事などを話して、ようやく一段落ついた。


 これで世界の滅亡は少しでも遠ざかっただろうか?


 そうであってくれれば、頑張った甲斐もあったと言える。


 報酬は理想のヒモニート生活で頼みたい。




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