第65話


 小声でこの後の動きについて話す。


「第一目標はソノヘンさんの発見と保護。第二目標は敵の殲滅。ただし敵は現実の空の器に緊急避難できるため、この場から撤退させる事でも妥協する」


「ない」


「私も、問題ありません」


「迅速に動きたいが、討ち漏らしには気をつけるように」


 頷く二人から視線を外し、地下広間の眷属に焦点を合わせる。


 数は三匹。


 一撃必殺を狙って『破壊』の魔力を纏って突撃する。


 眷属達は俺が魔力を纏った瞬間にこちらに気付いたようだ。


 なるほど、魔力の気配を眷属は察知できるんだな。


「敵――」


 声を上げられる前に頭を破壊する。


「――襲ゥ!」


 首から上が無くなっても喋りやがった。


 夢だからって言っても限度ってもんがあるだろ。


 続いて胴体を半分ほど破壊すると、眷属は黒ずんだ砂になって散っていく。


 残る二匹が俺をめがけて手に持った銛を振るう。


 身体を変形させて無理矢理回避して、反撃で二匹とも壊して黒い砂にした。


 広間からは扉が三つ見える。


 その内の一つから水を掻き分ける音が近づいてくる。


 いつの間にかアルシスカがその扉の手前の天井に張り付き、奇襲の準備をしていて、クタニアは後ろで何かを魔力で描いていた。


 扉が勢いよく開かれると、銛を構えた眷属が飛び出してきた。


 数は四匹……結構少ないな。


 飛び出してきた勢いのままに俺目掛けて雄叫びを上げながら眷属が突撃してくる。


 クタニアの魔力が異様に白い手を象り、無数に枝分かれしながら伸びていき、眷属達を拘束した。


 眷属達の首をアルシスカが綺麗に刈り取っていく。


 四つの首が水中に浮くが、まだ殺せてはいない。


 更にアルシスカの双剣が閃き、頭や拘束された身体を刻んで解体していく。


 二匹の眷属が砂になった所で、残る二匹は光になって、天井を通り抜けて飛んで行ってしまった。


「あの光……」


 アルシスカが光が飛んで行った方向を見上げて呟く。


「たぶん逃がしたな」


「……すまん」


「問題ない。活きが良いのは始末できたしな」


 心を強く保てない奴が逃げる分には都合が良い。


 きっと死霊術師のせいにしてくれる。


 それはともかく、二人の戦闘力は少数の眷属相手なら十分だと分かった。


「俺はさっき眷属が来た道を行く。二人は別の部屋を調べてくれ。アルシスカが居るなら先制されたり不意を打たれたりはしないだろう?」


 制限時間がある以上、あんまりのんびりとはできない。


 ここは手分けをして捜索する事にしよう。


「当然だ。今ので奴らの気配の掴み方は学んだ」


「分かりました。要らぬ心配かもしれませんが、アリドも気をつけて」


「ソノヘンさんが居そうな場所を見つけたら合流を優先してくれ。俺も見つけたら合流に来る」


 二人と別れて、眷属が来た通路に突入する。


 通路は長く、左右均等に無数の扉が見えるが、そのほとんどが開け放たれている。


 所々に浮かぶ緑の光が通路を照らしているが、壁や天井が黒いのか妙に暗い。


 足の裏を変形させて、床を滑るような動きで奥へと進んで行く。


 開かれた扉の中は、手術台のようなものと、謎の器具が並んでいた。


 ろくな事に使われてないと一目で分かる。


「(眷属はここで何かを探していた? ソノヘンさんが脱走でもしたのか?)」


 そんな事を思いながら進んでいると、錠前の壊されている扉を発見した。


 やはり脱走だろうか。


 部屋の中に肉片が転がっていて、たぶんアレが元錠前だったのだろう。


 俺が扉に注目していると、後ろの扉の影から眷属がゆっくりと出てきた。


 手に持っているのは歪な螺旋状の刃物。


 苦痛を与える以外の実用性に乏しそうだが、この夢世界では強いのかもしれない。


 逃がさないよう、足をスライム化して股下から脳天までを貫く。


 貫いたスライムから直角に薄い羽のようなものを生やし、回転させる。


 ミキサーみたいなものだが『破壊』のおかげか飛び散ったりせず、砂のように崩れていく。


 眷属の砂が黒くなって、消えていった。


 それと同時にいくつかの部屋から光が一瞬漏れて、消えた。


「(まだそれなりに潜んでいたのか)」


 死霊術師が無視できず、それでいて返り討ちにされそうな程度の戦力が眷属に残れば良いと思っている。


 まあ仮に眷属を弱体化させ過ぎても問題はない。


 異形の『外なるもの』が健在でいるのなら、削りすぎても良いくらいだ。


「(混沌神が『対策された』って言っていた以上、まだ生きてると思うんだよな)」


 念のため、夢と現実を繋ぐ道へと意識を向けて状態を確認する。


 道は未だ健在で、危うさの欠片も感じない。


 万が一に備えつつ、探索を続ける。


 体感で数分進み続け、長い通路にもようやく突き当りが見えた。


 突き当りの壁には何もない。


 ちょっと壊してみたが、謎の血と断末魔が流れただけだった。


 ここまでの部屋で開けられていた部屋は眷属が探索済みだろう。


 閉まっていた部屋は少ない。


「(戻って探すか)」


 来た道を戻る途中で、別の部屋を探し終えた二人と合流した。


「別の部屋は倉庫と詰め所みたいな場所だったぞ。探したが何もなかった」


「分かった。こっちは今から扉が閉まってる部屋を探す所だ」


「こっちでも手分けして動くか?」


「いや、纏まって動こう。ソノヘンさんは俺らがここに来てることを知らないだろうしな」


 確かにと頷くアルシスカ。


 一方クタニアはどこか落ち着かない様子で居る。


「クタニアはどうかしたか?」


「あ、えっと、なんだかここ、何というか、生き物の中に居るような気がして……」


 流石は聖女、気付けるものなんだな。


 ……さっき俺が壁壊したせいじゃないよね?


 なんか断末魔っぽいの聞こえたし。


「何か意図的に隠されてるとか感じる?」


「いいえ、そのような感じではなくて……いえ、何でもないです。今は別の事を優先すべきですよね」


 上手く説明するのに時間がかかると判断したのか、話を打ち切ってきた。


 しかし考え方としては悪くないと思う。


 この建物が人の精神や魂を建材としているのなら、何らかの手段で意図的に何かを隠したりできるのではないだろうか。


「いや、違和感を感じたなら、ちゃんと聞いておきたい」


「その、はい、分かりました。上手く言えないのですが……」


 そう前置きをしてクタニアが感じた違和感を話す。


「誰かに見られてる感じがあって、好奇心とか、好意や悪意とかでもなくて、測られてるような、そんな視線なんですが」


 俺はそんなものは感じなかったが、クタニアだけなんだろうか。


 アルシスカに目を向けるが、首を振って「自分は感じてない」と暗に言う。


「それが、地下の広間で聖女の力を使った時からなんです」


「威圧感というか、強い存在感を感じるとか?」


「いえ、そんな圧のようなものは無くて、本当に、見られてるだけというか……」


 話ながら道を戻る途中、閉まっている扉があったが、二人は気付かずに通り過ぎてしまう。


「ちょっと待て」


「あ、はい」


「何だ?」


 振り返る二人に、閉まっている扉を指差して言う。


「閉まっている部屋の探索だ」


「え?」


「……今その部屋を探してるんだろ?」


 クタニアは差された指の先を見るが、不思議そうに首を傾げる。


 アルシスカは怪訝な表情をしていた。


「……見えてない?」


「そこに、閉まっている扉が……あっ!」


 クタニアは驚いたように声を上げた。


 少し遅れてアルシスカも驚きの表情になる。


 気付いたら見えるようになったようだ。


 これは恐らく眷属達も見えていなかったのだろう。


 隠蔽された扉の先は、何があるのか予測ができない。


 鬼が出るか蛇が出るか、しかし足踏みしている時間は無い。


「開けるぞ」


 二人は武器を構え、何が起きても動けるような体勢になる。


 ゆっくりと扉を開ける。


 その途中で扉が吹き飛び、部屋から跳び出した何者かの拳を喰らう。


 通路の反対側の扉を壊しながら壁まで吹き飛ばされた。


 体内で魔力の波が反響し、共鳴している。


 この波は攻撃と共に叩き込まれたものだろう。


 波が大きくなっていくと、全身が綻んでいくような感覚を覚える。


 嫌な予感がしたので『破壊』を纏い、体内の波を全て壊す。


 粉砕された扉の欠片が水中に浮いていて確認しづらいが、間違いないだろう。


「やあソノヘンさん、思ったより元気そうだね」


 起き上がって普通に言葉をかけてみる。


 ちょっと……いや、かなり痛かったけど。


「……アリド……さん?」


 拳を構えた姿勢のまま硬直し、驚愕に目を見開く探し人――ソノヘンニールさんと再会できた。


 ちなみに感動の再会とはならなかった。


 なぜかと言えば、砕かれた扉の欠片が、人の断片になって断末魔上げたり、蠢いたりしてたから。


 空気読んでくれ。




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