第62話


 ※ 三人称視点



 領主達とアリドの対談は、ちょうど日が沈む頃に終わった。


「じゃあ俺、教会に帰るから」


「え、泊まってかない?」


「コージッド様、彼の仲間が教会で待っているようですので」


「あっ、そっかぁ……仲間だもんね、しょうがないね」


 宿泊を提案してみるものの、すげなく断ってアリドは帰って行った。


 部屋に残る二人は、顔を見合わせて話を始める。


「一応、監視を派遣しますか?」


「必要ないでしょ。ああいう手合いには逆効果だよ」


 執事の言葉を即座に否定する領主。


 彼は続ける。


「話してる途中、こっちの反応をガッツリ観察されてたじゃん? 監視してるのバレたら『あの話を聞いてこう返してくる相手』ってこっちの事を判断されちゃうよ」


「私には普通に話をしていたように見えましたが……いえ、コージッド様が言うならそうなのでしょうが」


 この領主、性格には問題を抱えているものの、能力的には優秀であった。


 特に人を見る目には高い評価があり、偏見なしに彼の実績を見れば、その目を疑う者は少ない。


「教会の司祭と仲良くできてたんなら人格的に問題ないでしょ。下手な事やって不信感募らせる方が悪手。頭も回るし腕も立つみたいだし、誠実に付き合うのが一番だよ」


「分かりました。では、そのように」


「まあ人柄も動機も良いんだけど、一つ分からないんだよな~」


 椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げる領主。


「何がでしょうか?」


「いやさ、俺のセンサーが反応しなかったんだよね? あの見た目で男の子なら絶対ビンビンに来ると思うんだけど」


 聞いて損したと顔にありありと浮かぶ執事。


 しかし確かにアリドは見目麗しい少年だったと執事は思い返す。


「……つまり、アリド君ではなくアリド嬢であったと?」


「そうでもなさそうなんだよね。それなら別のセンサーが萎えっスンッてなるし」


 領主の言葉に首を傾げる執事。


「それではまるで、アリドは男女のどちらでもないかのように聞こえますが」


「そうなんだよね~……もしくは両性なのかな?」


「実物は見たことがありませんが、エルフの中には両性具有の子が現れる事があると聞いたことがありますね」


「でもどう見てもエルフじゃないじゃん」


「そうは、そうですが……」


 ではアリドは何者なのか、と二人して考えを巡らせる。


 ひょんな所からアリドの秘密に迫る二人だが……。


「いえ、考えても分かりませんし、信頼関係を築く前に、繊細かもしれない部分への詮索は止めましょう。コージッド様の言う通りの性格なら、尚の事です」


「ん~……まあそうだね」


 できる男である二人は、軽率に詮索する事を止めた。


「あの見た目で男の子だったら是非仲良くなりたいんだけどな~俺もな~」


「コージッド様、町の問題が解決したらお見合いの日程を決めるという話を覚えてますね?」


 言葉的には疑問形だが、発音的に断定する執事。


「えっそれは……」


「タウロッコ家の為、国の為、子孫を残すのは貴族の義務ですから」


「自分の性癖に従って生きれないとか……辞めたくなりますよ~貴族」


 こんな話をしているが、領主達はアリドの話を元に、眷属と死霊術師ネクロマンサーの撤退を確信する為の調査を即座に行った。


 それと教会自治領と連絡を取り合い、今後への備えを素早く整え始める。




 一方、教会の方はと言うと……。


 クタニアとアルシスカは領主からの頼みでやって来たという医師の姿に困惑の表情を浮かべていた。


 深い藍色のフードを被り、黄色い乱杭歯と、ワシの嘴のように曲がった鼻が特徴的なしわくちゃの老婆が、手に籠をぶらさげてやってきた。


 まるで童話に出てくる魔女のような見た目ではないかと二人は思った。


「カッカッカ、アタシが医者に見えないかい?」


「あ、いえ、その……」


「すまんが、見えない」


「アルシスカ!?」


 正直な感想を言うアルシスカに、機嫌を損ねてないか心配になるクタニア。


 老婆の方は特に気を悪くした様子はなく、むしろカラカラと笑う。


「まったくさね。アタシも医者なんてガラじゃないよ、まったく」


「え、でも……」


「コージッドの坊やに頼まれて医者の真似事をしてるのさ。普通の怪我や病気じゃない、特殊な症状を診てくれってね」


 そこまで聞いて、成程と頷くクタニア。


「魚面の連中が撒いてる薬を飲んじまった奴も、何度かは薬抜きに成功したさ」


「何度か……失敗した時はどうなった?」


 アルシスカが不穏に思った部分を問うが、老婆は飄々と言葉を返す。


「さあねぇ? そっから先はアタシの管轄じゃないから知らないねぇ、カッカッカ」


 邪悪に笑う老婆の姿に、一抹の不安を感じてしまうのは無理もない事だろう。


 本当に大丈夫だろうかと二人が視線で会話を交わしていると、老婆が口を開く。


「で、患者はどこに居るんだい? こんなか弱い婆をいつまでも立たせてんじゃあないよ。さっさと案内しな」


「えっと、あの……はい、こっちです……」


 先導するように歩き出すクタニア。


 ちょくちょく後ろを見て、自称か弱い老婆を確認するが、しっかりとした足取りで歩いている。


 アルシスカはこの老婆を警戒して、いつでも動けるよう心構えをしつつ、クタニアと老婆の中間くらいに立つ。


 特に何事もなく部屋につくと、老婆が手早くソノヘンニールの状態を確認する。


 何をどのように確認したか、二人には分からなかったが、診察はすぐに終わった。


 鷲鼻の頭の皺を深めて、不愉快気に鼻を鳴らす。


「フン、こいつは薬じゃあないねぇ……もしかして魚面共の血なり肉なり口に入れたかい?」


「それは……」


「もしくは……中々あり得ん話だろうが、奴らの精神や魔力が、この男に混じったかのように見えるね」


 それを聞いたクタニアは、顔が真っ青になる。


 混入したと思われる、薬に汚染された精神や魔力……ひいては魂について、心当たりがあったためだ。


 そう、司教である。


 クタニアが震えているのを見たアルシスカが、肩に手を添える。


「アルシスカ……私は……」


「大丈夫です、きっと」


「おや、心当たりがあんのかい? だったら早く吐いちまいな。その方が楽になれるってもんさ。嬢ちゃんも、コイツもね」


 ぎょろりと目を向けられたアルシスカの体が跳ねる。


 その視線を遮るようにアルシスカが割って入った。


「治るのかどうか、治す方法があるのかどうかだけ言えば良い」


「カッカッカ、なんぞ秘密がありますって言ってるようなものじゃないか……ははあん、さては聖女か、その候補かってところかい?」


 アルシスカは短剣を抜き放とうとし、しかし手は空を切った。


 いつの間にか短剣がなくなっていた。


「ッ!?」


「探し物はこれかい?」


 いつの間にか老婆の持つ籠の中にアルシスカの短剣があった。


「か、返せッ!」


「ほいよ、次はしっかりと持っておくんだよ? カッカッカ」


 二振りの短剣を投げて返し、ニタニタと笑みを浮かべながら二人を眺める老婆。


「カマをかけたんだが、その反応からして当たりみたいだねぇ……だが安心しな。別に言いふらしたりはしないさ。領主の坊やにもね」


「お前……何者だ?」


「昔は『岬の魔女』なんて呼ばれてたさ。今ではもう古い、魔法使いってやつさね」


 魔法使い。


 それは生まれ持った魔力の性質を引き出し、摩訶不思議な現象を引き起こす者だ。


 不安定で代わりのきかないその存在は、文明の発展と共に軽視されていった。


 何より戦闘、戦争に置いて、魔法は魔力に抵抗を持つ相手には効果が発揮され難く、対策をされると無力になる事が多かった。


 代わりに発展したのが消費魔力コストに対して安定した結果パフォーマンスを出せる「魔術」なのだが、それはまだ別の話。


 ともかく、この老魔女は、領主が暗躍する眷属や死霊術師に抵抗するために集めた人材の一人であり、その中でも指折りの実力者であった。


「どんな魔法を使った……?」


「おやおや、お嬢ちゃんはそこの男が治るかどうかだけ聞きたいんじゃあなかったかい?」


「ぐッ……」


 言葉に詰まるアルシスカの脇から、クタニアが前に出る。


「あの……彼は治りますか? どうすれば治せますか?」


 まだ僅かに震えが残っていたが、その目に宿る意思は強い。


 彼女を見た老婆はニンマリ笑って答える。


「理論上は治るさ……だが簡単じゃないよ? 少なくともアタシだけじゃあ無理さ」


「教えてください。手伝える事があるなら、私も頑張ります」


 老婆の目がアルシスカに向けられる。


「こっちのお嬢ちゃんはこう言ってるが、そっちはどうするさね?」


「…………手伝う」


 老婆に対する不満を抑え込み、アルシスカはクタニアの意思を尊重する。


 そんな様子を見た老婆は「若いねぇ」と笑い、籠の中から一つの瓶を取り出す。


 透明なガラス瓶の中には血のように赤く、粘着質な液体が入っていて、しかも時折勝手に動いている。


「こいつは魚面の薬を改造したもんだ。現実と夢を繋ぐ道を一時的に作れるのさ。まあまだ実験段階だが、それなりに効果は安定してるはずさね」


「………………(飲みたくない)」


「………………(飲みたくない)」


 この瞬間、二人の心は完全に一致した。


 あの不気味で怪しくて悍ましくて勝手に動いてる薬を飲みたくない。


 必死にあの薬を飲まない方法を考えた二人は、ここでアリドの事を思い出す。


 彼は三日間眠っている間、どうも夢の世界で『外なるもの』と戦っていたそうじゃないか。


「……私達の仲間で、夢の世界での戦闘経験がある方が居るのです」


 クタニアの口からそんな言葉が零れた。


 完全に告げ口だった。


「確認するが、効果から察するに、そこで寝ている司祭の夢に入って直接救出を試みるって事でいいのか?」


 アルシスカが追従した。


 クタニアの意思を尊重するのは彼女にとって当然の事だから、何も不自然はない。


「ああ、そうさね、それで大体合ってるよ。しかしお嬢ちゃん達……」


「付き合いが長い奴や、仲が良い奴の方が良いんだろう?」


 老婆の追及を遮って、飲むのに適した奴が居ると、暗に告げる。


 それを聞いた老婆はニッコリと笑う。


「大丈夫さね。ちゃんと薬は複数用意してあるよ」


 そう言って蠢く赤い薬を追加で取り出した。


 表情が死に、心の中だけで悲鳴を上げる二人。


 その後、救出確率を上げるという名目理由で、アリド道連れを待つ事にしたのだった。




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