第61話
俺が目覚めてから更に四日が経った。
健康状態も問題なくなったはずだが、ソノヘンさんが未だ目覚めず、どうすべきかをクタニア達と話していた。
教会に領主の遣いを名乗る者が訪れたのは、ちょうどそんな時だ。
「誰か居らぬか? 私はランゴーンの領主であるコージッド様の遣いである!」
聖堂に入ってすぐの所で声を張り上げている。
その姿を回廊の柱の影からそっと覗き見る俺達。
「……どうしましょう?」
クタニアが困ったように頬に手を当てる。
「拘束してから尋問しますか?」
「どうなんでしょう? ……アリドはどうしたらいいと思いますか?」
邪教に分類される二人の警戒心は理解できるが、まずは様子見で良いだろう。
「俺が出る。話を聞いてこよう」
「分かりました。気をつけてください」
「下手を打つなよ」
軽く手を上げて「大丈夫」とアピールしてから聖堂に向かう。
回廊から姿を見せた瞬間、遣いの者は俺に気付いた。
「む、そこの者。聞きたいのだが、教会の方々はどうされた」
さて、なんて答えよう。
「まず司教は死んだ。原因は眷属とか言われてる連中のせい。司祭は意識不明の状態が、かれこれ一週間続いている」
端的に相手が求めている情報を出す。
反応を窺い、それ次第でどう動くか決めるとしよう。
彼は眉間に深い皺を作り、口をぎゅっと噤んで唸る。
「他に聞きたい事は?」
俺が声をかけると、険しい顔を俺に向ける。
その視線が、一瞬傭兵ギルドの所属である事を示すドックタグに向けられる。
「すまないが、君の事を聞いても良いだろうか」
質問形式だが、有無を言わさぬつもりのようだ。
眷属と聞いて殺気立つなら、領主勢力は平気な可能性が高まったな。
傭兵ギルドの腐敗というか、汚染にも気付いていたように思える。
「名前はアリド。所属は傭兵ギルド。今から大体……十日くらい前かな。傭兵になったばかりの新人だ」
「そうか……司祭殿とはソノヘンニール殿で間違いないな?」
「合ってるよ」
そういや下水道で会った眷属も司祭とか呼ばれてたな。
ソノヘンさんの同格だと思いたくなくて「エラ」とか呼んでたけど。
遣いの人は軽く息を吐き、若干だが顔の険しさが薄れる。
「その眷属……という連中はどうした」
「大体殲滅したよ」
「なんとっ……いや、失礼。君は優れた傭兵のようだな。見ない顔だが、ひょっとして町の外から来たのかね?」
どこと敵対していたかは明確になったと判断して良いだろう。
今になって教会に来たのは、恐らく眷属と死霊術師の弱体化によって動きが制限されなくなったから。
ここまで分かれば探り合いはもういい。
「そうだよ。それと、その口ぶりからして傭兵ギルドが死霊術師の支配下にあった事は知ってる感じ?」
領主の遣いは驚きに目を見開き、息を止めて俺をまじまじと見つめてくる。
「――本当に驚いた……そこまで知っているなら、状況を説明して貰えるかね?」
「いいよ」
かくかくしかじかで一週間前の夜の事を、クタニア達や俺の正体を伏せたまま、所々に脚色を加えつつ教える。
例えば死霊術師の『外なるもの』の召喚は阻止した事にしておいた。
どうやって倒したとか聞かれたら面倒だし。
「………………」
領主の遣いはこめかみを指で押さえ、深く考え事をしているようだった。
数秒ほどの沈黙の後、深呼吸した遣いの人が口を開く。
「君の言葉が真実である事を確かめたいが……」
「証拠はなんも残ってないぞ。例の薬とか、残っていても危険だしな」
眷属の死体は全て『破壊』したし、死霊術師のゾンビはたぶん全部あの『外なるもの』に食われた。
俺の「薬が危険」という部分に頷く遣いの人。
「で、あろうな……すまないが、領主館に来てもらえるかな」
「ソノヘンさんの看護はどうすんの?」
「こちらから信頼できる医師を派遣しよう。費用は当然、全てこちらで負担する」
正直俺らの打てる手は全部打ったんだよな。
ここからは専門の医者に任せる方が良いだろうか。
「あと一応、連れが居るんだが」
「問題はない、迎賓館もある。滞在も私の権限で許可できる」
「いや、ここに残しておきたい。ソノヘンさんの傍に仲間を一人は置いておきたいんだ」
「ほう、君は実に仁義に厚いのだな。当然問題ない。医師には私から言っておこう」
的確にこちらの言いたい事を察してくれる人だな。
嫌味にならない程度に持ち上げてくるのもポイントが高い。
仕事のできる男って感じが伝わってくる。
「じゃ、ちょっと連れと話してくるから」
「分かった。教会入口で待っている事にしよう」
領主の遣いと別れ、クタニア達の所に戻る。
「という訳で、ちょっと領主の所行ってくる」
「え……?」
「おい、医師が来るとかどういう事だ」
クタニアは良く分かっていない顔をしていて、アルシスカは部外者が増える事に不満を感じているようだ。
「ソノヘンさんの症状だが、物理的にも魂的にも問題ないが、現状の俺達では打つ手がない。専門の医者を呼んで原因究明をしてもらうべきだと判断した」
「むぅ……もっともな言い分だが……まあいい」
俺の考えを告げると、アルシスカは不満を隠そうともせず、だが理解を示した。
クタニアは首を傾げている。
「あの……領主の所に行くとか、医者が来るとか、何の話でしょう」
どうも彼女は俺と遣いの会話を聞き取れていなかったようだ。
「領主の遣いが来て、眷属とか死霊術師と敵対してた。だから今回の件についてちょっと話してくる」
「なるほど……あ、でも私達の事は……」
「ちゃんと伏せておいたよ。俺も正体ばれると面倒だしな」
「あ、そうですよね」
小動物のように小さく何度も頷くクタニア。
割と好奇心が強いようで、ここ数日で前世知識を披露してたら懐き度が上がった気がする。
共闘に同意してから、本来の性格が出てきてるように感じた。
「じゃ、いつ戻るか分からんが、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
「……まあ情報が多いに越した事はない。しっかりやれよ」
それぞれの性格が良く出る返事を貰ってから、領主の遣いと合流する。
立派な馬車に揺られて移動し、領主館に到着した。
見上げるほど大きな館だ。
階数は窓から判断するに四階立てで、屋上もありそうだ。
「こちらだ」
「了解」
領主の遣いが扉を開き、後に続いて中に入る。
金銀煌めく豪華絢爛……などなく、木造の質素で落ち着いた雰囲気の内装だ。
燕尾服やメイド服を着た人が忙しそうに動いている。
好奇の視線を受けたり受けなかったりしながら、三階の一室の前に到着した。
領主の遣いは三回のノックをして、伺いを立てる。
「コージッド様、至急お伝えした事があります」
「入って、どうぞ」
なぜか妙に軽い口調で入室許可を出す領主。
チラッと遣いの人の顔を見ると、ものすごく渋い顔をしていた。
「……すまないが、少しここで待っててくれ」
「あっはい」
先に入る領主の遣いさん。
部屋の中で何が起きているのか、真相を知った方が良いのだろうか?
別に知らなくても良い気がしてきたので、大人しく待つ事にする。
時間にして数分後、部屋の扉が開き中から遣いさんが出てきた。
「悪いな、少々領主としての自覚が緩いお方でな……」
「まあ良いんじゃないですね、親しみとか感じる人が居るかもしれませんし」
「そうか……ところでどうして急に敬語になった?」
「いやぁ……何でですかねぇ」
そっと目を逸らしておく。
しばしの無言タイム。
「まーだ時間かかりそうですかねぇー?」
領主の方が痺れを切らして声をかけてきた。
遣いさんが小声で「また……」とかキレ気味な声で言ってたのが聞こえた。
当然聞こえない振りをした。
俺は面倒が嫌いなんだ。
「アリド君、入りたまえ」
「はい」
結局遣いさんが俺を入室させる。
部屋の中は執務室のようで、書類が積み上げられている机の向こうに領主の姿があった。
熊の獣人のようで、丸い耳と毛深くてガタイの良い体が特徴的だった。
「コージッド様、こちらが先ほど話した傭兵のアリドです」
「オッス領主のコージッド・タウロッコだ」
オッスの辺りでなんか凄い目になった遣いさん。
「アリド。傭兵だ」
「あ、クールな感じだね。嫌いじゃないよそういうの」
「そっちは領主って言うには随分と軽妙だな」
人懐っこい笑みを浮かべる領主、コージッド。
後頭部を搔きながら、どこか気恥ずかしそうに答える。
「いやぁ、領主っても継いだだけだしなあ~」
「コージッド様……もう少し領主としての威厳を出していただきたいのですが?」
「出そうと思えば」
「じゃあ出せよ」
主従コンビの漫才のようなやり取りに思わずツッコミを入れてしまった。
すいません遣いさん「もっと言ってやれ」みたいな目でこっち見ないでください。
「ところで二人はどういう関係で?」
めっちゃ雑な話題逸らしに走った俺は、たぶん悪くない。
「なんでそんなこと聞く必要あるんですか」
「領主とその執事という関係です」
遣いさん改め執事さんと呼ぶことにしよう。
ところで、なんで領主は焦って……いや、余計な詮索はやめよう。
でもこの性格で眷属とか死霊術師と繋がってる感じはしないな。
ある意味で安心でき……できるか? 領主だぞ?
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