第56話


 下水道を通って逃げていた眷属を吸収して、無事教会の前まで戻ってこられた。


 幸いな事に眷属は必死に下水道の地図を暗記していたようで、奴らの記憶に強くこびりついていて鮮明に読み取る事ができた。


「助かった……」


 教会に入ると所々に眷属の死体が転がっている。


「怪我でもして片付ける余裕もなかったか? もしくは終わったばかりかな」


 死体を辿って行くと、まだ息がある眷属が居たので、溶かして吸収しておく。


 ……エラが死神の聖女殺したみたいな事言ってたが、五年前の話のはずだよな。


 ここでの話ではないはず。


 ちょっと嫌な予感を感じつつ奥へ進んで行く。


 途中に穴に落ちてた眷属が身を寄せていたので、纏めて溶かした。


 漁などに使われる銛と思われる武器があちらこちらに転がり、いくつかには生乾きの血が付着している。


 これも危ないので吸収しておく。


 更に進んで行くと、アルシスカが見えた。


 こちらに背を向けている。


「よう」


 軽く声を掛けると、身体をびくりと震わせて勢いよく振り返った。


「……お前か」


 絞り出すように息を吐いて、緊張していた事を窺わせる。


「こっちは無事に終わったのか?」


 状況確認のため、アルシスカに質問を投げかける。


「いや……一人、犠牲が……」


 死体の数から察していたが、かなりの激戦だったのだろう。


 こいつが取り乱していないとなると、候補は一人しか居ない。


 最初に仲間になってくれた人が居なくなるとは……。


「正確に言えば、これから犠牲になる」


 という俺の考えを遮って、そんな言葉が続いた。


「どゆこと?」


「教会に攻めてきた眷属を全滅させる直前に、司祭が瀕死になる傷を負ったんだ……」


「今は生きてるけど、もう持たないと?」


「そうじゃない。クタニア様のお力で、死を遠ざける事はできている」


 そんな事もできるのか。


 即死系とデバフ系の専門かと勝手に思ってた。


「とはいえ、持って半時の命だ。その間に喋る事も動く事もできない」


 つまり持たないって事だと思うんだが、違うと言ってるし最後まで聞こうか。


「司祭の延命もあと僅かで尽きるという所で、司教が急に動き出して、クタニア様にある嘆願をした」


「動けたんだ」


「秘薬の影響で随分と酷い有様だったが、動けてたな」


「見たことないけど、骨と皮しか残ってなさそう」


「その通りだ……話を戻すぞ」


 俺の言葉にうんうんと頷いていたが、ハッとなるとキリッとした目つきに戻る。


「……司教の願いとは『彼の死を私が肩代わりできないか』というものだった」


「できるの?」


「できる。今は教会の祭祀場でその儀式を行っている」


「血が足りないとかなら俺が作れば解決するけど」


「いや、それで解決はしないだろう……そうだな……」


 アルシスカは視線を宙に彷徨わせて、考えを纏めているように見える。


「『死』というのは魂に強烈な衝撃を与えるらしく、魂に傷が入ると、肉体を再生して物理的な問題を無くしても、遠からず死んでしまうんだ」


「割れた皿をくっつけても割れ目が消えないみたいなもんか?」


「そうだな……更に言えば、魂は魔力の炉でもある。この活動は生きてる限り止むことはない」


「割れ目のある皿を酷使したら当然また割れる。しかし代替品は存在しない」


「まあ、概ねその認識で良い」


 皿で例えてみたが、どうやら合っているようだ。


「で、肩代わりってのはどういう仕組みだ」


「詳しい事は私にも分からない。不用意に奇跡の内容を伝えてはならないという教えもある」


「あー……作戦立てる時に面倒になる決め事ルール


「簡単に知られて良い力ではないんだよ。欲深い輩がどこからでも湧いてくる」


「まあそうだね。それは分かるんだが……ままならないねぇ」


 儀式の邪魔をしないよう、ここでアルシスカと話を続ける事にしよう。


 ざっと見渡す限り、この場に生き残りは居ないようだ。


「で、そっちはどうだったんだ?」


 今度はアルシスカから俺に質問が飛んでくる。


 聞いているのは死霊術師ネクロマンサーの事だろう。


「まず死霊術師の儀式の阻止は失敗。呼び出された『外なるもの』は撃退。本体と思われる個体は無しで、遠隔で動かされてる死体だけだった」


 まず阻止は失敗の辺りで目を大きく開いて尻尾がピンとなり、撃退の辺りで目をパチパチさせ、遠隔の辺りで普通の目つきに戻り尻尾がしなりと垂れ下がる。


 目元以外、顔隠してんのに面白いくらい感情が伝わってくるんだが。


「ちょっと待て、情報が……」


「そんな多くないと思うぞ」


「濃いんだよッ!?」


 しばらく尻尾つきの百面相をしていたアルシスカだが、とりあえず情報を飲み込めたようだ。


「その後にな、眷属から司祭って呼ばれてた偉そうな魚面が居たんだが、死霊術師の振りをして殺した。あと、あえて一匹眷属を逃がした」


 ここで追加情報をひとつまみ。


「…………は?」


 宇宙猫みたいな顔をしてるのが黒頭巾越しにも分かる「は?」だった。


 一応、ちゃんと理解できるよう順序立てて説明するか。


「薬撒いてる眷属だけどさ、この町だけに居るとは限らないだろ? 五年もあればこの町以外にも手を広げてる可能性もあると思うんだ」


「……まあ、それは……そうかもしれない」


「んで今回、眷属を夢に帰還させる事なく殺しただろ? 当然原因究明に動くと思わないか?」


「……そうだな」


「そこで数少ない帰還者が『死霊術師が裏切った』って情報を持ち帰ったどうなると思う?」


 眉をしかめて、半目になりながら見つめてくる。


 まるで俺を悪人みたいに見るのはやめて欲しいね。


「仮にだが、万が一ここでクタニアの情報が眷属に持ち帰られていたとしても、捜査対象が多い方が良いだろう?」


「……お前が敵じゃなくて良かったと思えばいいのか?」


 複雑そうな感情を、揺れる尻尾と何とも言えない視線が物語っている。


「あと、その『万が一』は無い。クタニア様の情報を持ち帰れた眷属は居ない。クタニア様はこの倉庫に居る眷属からしか見られてないし、ここのは全滅させた」


「なら捜査の目は当分、死霊術師に向くだろうな」


 勝手にいがみ合ってくれるなら、暗躍するのも難しくなるだろう。


「ところで、まったく関係ない話していいか?」


「まあいいが……何だ?」


 不審そうに見てくるアルシスカ。


 本当に警戒心が強い。


「アルシスカって語気が強くなる時、最後の一言がめっちゃ強調されるよね」


「本当に関係ないなッ! あとそれがなんだッ!」


「いや暇だからなんでもない話しようかなって」


「せめて関係のある話にしろッ!」


 目を吊り上げて、尻尾をブンブンと振りながら不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 しょうがないにゃあ。


「じゃあ関係ある話するわ」


「勝手にしろッ!」


「クタニアって一度死んでるのか?」


 尻尾がピタリと止まり、目が見開かれる。


 呼吸も止まっていたようで、しばらく硬直した後、細く息を吐いて、吸った。


 感情的な不意打ちが見事に刺さったようだ。


「その反応、正解って事でいいのかね」


「……どこで知った?」


「眷属の司祭から五年前の事を聞き出した」


「……そうか」


 アルシスカは俺から視線を外し、近くの壁に背を預け、俯いた。


「儀式が長くなりそうなら、聞いておきたいんだが」


 ゆっくりと顔を上げ、目を合わせてくる。


「……断ると言ったら?」


 上目遣いでじっと俺を見つめてくる。


 手を後ろに回している事から、最悪の事態を想定しているのだろう。


 まあそんな事態にはしないし、させないんだが。


「こっちから先に秘密を明かそう」


 右手をスライムに戻す。


「それはもう見た」


 アルシスカの言葉に答えず、自分語りを始める。


「俺はな、人がスライムになってるんじゃなくて、スライムが人になっているんだ」


「……信じられない」


 そう言うなら仕方がない。


 全身をスライムに戻して見せる。


 半透明で表から裏側まで見えちゃう低反発ボディです。


「……本当に……何なんだ、お前」


 アルシスカは愕然としたように言葉を零す。


 とりあえず話はできそうなので、人の姿になる。


「あー、あー……よし、話を続けよう」


「聞きたくなくなってきた」


 そんな事を言いながら、アルシスカは力なく首を横に振る。


 安心させるよう微笑んでみると、サッと目を逸らされた。


 ……続けよう。


「まあそう言うな。実は俺、前世の記憶を特別製のスライムの体に突っ込まれて生まれた転生者ってやつなんだ。ちなみに前世は人間で、こんなことをしてくれたのは、もちろん混沌神」


 まあ文字にして四十字足らずで受け入れたんだけどね。


 アルシスカからは先ほどの緊張感は失せ、また宇宙猫みたいな理解が追い付かない顔になっていた。


「ちなみに俺に寿命とか老化とか、たぶんそういうのが一切ないから、別にクタニアがどんな不死性を持っていても欲しがったりしないぞ」


「……お前が『外なるもの』に負けず劣らずの化け物なのは分かった」


 今までにない視線を向けられる。


 たぶんアレ、理解できないものに向けられる目だわ。


 どうやらアルシスカは俺を理解する事を諦めたらしい。


 哀しいね。


「という訳で、そっちの話も教えて。今後も行動を共にしたいし」


「私は、別に……」


「真面目な話、眷属とか『外なるもの』はお前らを放っておかないと思うぞ。聖女の権能は、隠すには大きすぎる。まあそれは俺にも言える事で、その点で俺はお前らと共闘できると思ってるんだが、どうだ?」


 再び俯き、黒頭巾で完全に表情は見えなくなる。


 しばしの沈黙の後、アルシスカは言葉を絞り出す。


「……クタニア様と話をさせてくれ……私一人で決めるには、その判断は重すぎる」


「分かった……あ、ところで他にも秘密っぽい事あるんだけど聞く?」


「いらんッ!」


「じゃあ話すね」


「やめろと言ったッ!?」


 深刻そうな雰囲気は長く続かず、適当な話で時間を潰す事にした。




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